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寝室までの距離
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「秀人さん、朔くんは何も関係ないんです。ご存じかもしれないですが、お友達のお兄さんで、今日はたまたま一緒にお食事をすることになっただけなんです」
朔くんの当惑顔を見ていたら、居てもたってもいられなくなる。彼は純粋に私との会話を楽しんでいただけなのだ。秀人さんの心証を悪くしたのだとしたら私のせいだ。
「だから?」
秀人さんは冷たい目をする。煩わしい話が嫌いなのだ。そういうところは湊くんに似ているかもしれない。だけど、秀人さんには周囲が震えあがるような冷たさがある。
「朔くんを帰してあげてください」
懇願する私から目をそらし、秀人さんは朔くんに顔を寄せた。
「だそうだ。沙耶ちゃんは健気で可愛いだろう? 君を守ろうと必死さ。なあ朔くん、守られてばかりいる男は情けないとは思わないかい?」
「情けないですね」
朔くんは意外にも正義心あふれる真っ直ぐな目で秀人さんを見つめた。
「だろう? 君は物分かりがいい。沙耶ちゃんが苦しむことになっても、君がいれば俺は安心だよ」
「どういう意味ですか?」
「俺だって人間らしい感情は持ち合わせているつもりさ。父さんは無慈悲なことをするとあきれもする。けどね、俺はすべてを守ることは出来ないんだ。最優先に守るべきものを守り、結果的に沙耶ちゃんが傷つくのだとしたら、仕方ないと諦めることが俺にはできる」
朔くんはジッと秀人さんを見つめ、眉をあげる。
「沙耶さんはあなたにとってその程度の女性ですか?」
「愚問だね。俺は結城を将来背負って立つ男だよ。沙耶ちゃんの苦しみはほんの小さな出来事だよ」
「俺に何をしろと?」
「へえ、君は思ったより気骨があるね。君に何かを望んだりはしないよ。ただ欲望に忠実に生きたらいいとアドバイスしたいだけさ」
「アドバイスは必要ありません。守るべきものは守ります。俺は出来ることをするだけです」
朔くんは凛としてる。そんな彼すら、秀人さんは楽しそうに眺めてる。
「そう、君は真面目だ。だから利用されてしまう。哀れなことだよ。しかし、君みたいな青年がいるから、俺の良心は救われるのさ」
「あなたを救いたいとは思っていません」
「結果的にそうなると言ってるんだよ。真面目も度を過ぎるとただの馬鹿だな。いや、君を愚弄するつもりはないんだ。ただね、今から俺は沙耶ちゃんを傷つけるようなことを言うかもしれないが、君の存在が痛む俺の心を癒す存在になるかもしれないと思えば、俺は救われる……そう言いたかっただけなんだ」
わざとらしく、秀人さんはやるせない表情を見せる。心の中に動揺はない人だ。そんな気がする。
「沙耶さんを傷つけずに済む方法を模索して頂きたいです」
「それは無理なんだ。いくらか考えたが、沙耶ちゃんは湊に惚れてるようだから、無理だろうと思う」
「いくらか? もっとお考えになったらどうですか?」
「暇じゃないからな、俺も。湊のわがままに付き合うのも疲れるんだ。だから、そろそろ単刀直入に言わせてもらうが……」
秀人さんはゆっくりと私に顔を向け、申し訳なさげでもなく、笑みを浮かべるでもなく、無表情で唇を動かす。
その表情は秀人さんの優しさだったのか……。それとも、本当に関心のないことでしかなかったからなのか。
朔くんの瞳は驚きで開く。そして、すぐに眉をひそめていく朔くんを、私はぼんやりと見ていた。
「沙耶ちゃんは湊と結婚なんてしてないんだ。婚姻届を提出したというのは、全部湊を納得させるための嘘さ。いつか湊は沙耶ちゃんに飽きて捨てるだろう。その時、君たちはこの処遇に感謝するだろう」
朔くんの当惑顔を見ていたら、居てもたってもいられなくなる。彼は純粋に私との会話を楽しんでいただけなのだ。秀人さんの心証を悪くしたのだとしたら私のせいだ。
「だから?」
秀人さんは冷たい目をする。煩わしい話が嫌いなのだ。そういうところは湊くんに似ているかもしれない。だけど、秀人さんには周囲が震えあがるような冷たさがある。
「朔くんを帰してあげてください」
懇願する私から目をそらし、秀人さんは朔くんに顔を寄せた。
「だそうだ。沙耶ちゃんは健気で可愛いだろう? 君を守ろうと必死さ。なあ朔くん、守られてばかりいる男は情けないとは思わないかい?」
「情けないですね」
朔くんは意外にも正義心あふれる真っ直ぐな目で秀人さんを見つめた。
「だろう? 君は物分かりがいい。沙耶ちゃんが苦しむことになっても、君がいれば俺は安心だよ」
「どういう意味ですか?」
「俺だって人間らしい感情は持ち合わせているつもりさ。父さんは無慈悲なことをするとあきれもする。けどね、俺はすべてを守ることは出来ないんだ。最優先に守るべきものを守り、結果的に沙耶ちゃんが傷つくのだとしたら、仕方ないと諦めることが俺にはできる」
朔くんはジッと秀人さんを見つめ、眉をあげる。
「沙耶さんはあなたにとってその程度の女性ですか?」
「愚問だね。俺は結城を将来背負って立つ男だよ。沙耶ちゃんの苦しみはほんの小さな出来事だよ」
「俺に何をしろと?」
「へえ、君は思ったより気骨があるね。君に何かを望んだりはしないよ。ただ欲望に忠実に生きたらいいとアドバイスしたいだけさ」
「アドバイスは必要ありません。守るべきものは守ります。俺は出来ることをするだけです」
朔くんは凛としてる。そんな彼すら、秀人さんは楽しそうに眺めてる。
「そう、君は真面目だ。だから利用されてしまう。哀れなことだよ。しかし、君みたいな青年がいるから、俺の良心は救われるのさ」
「あなたを救いたいとは思っていません」
「結果的にそうなると言ってるんだよ。真面目も度を過ぎるとただの馬鹿だな。いや、君を愚弄するつもりはないんだ。ただね、今から俺は沙耶ちゃんを傷つけるようなことを言うかもしれないが、君の存在が痛む俺の心を癒す存在になるかもしれないと思えば、俺は救われる……そう言いたかっただけなんだ」
わざとらしく、秀人さんはやるせない表情を見せる。心の中に動揺はない人だ。そんな気がする。
「沙耶さんを傷つけずに済む方法を模索して頂きたいです」
「それは無理なんだ。いくらか考えたが、沙耶ちゃんは湊に惚れてるようだから、無理だろうと思う」
「いくらか? もっとお考えになったらどうですか?」
「暇じゃないからな、俺も。湊のわがままに付き合うのも疲れるんだ。だから、そろそろ単刀直入に言わせてもらうが……」
秀人さんはゆっくりと私に顔を向け、申し訳なさげでもなく、笑みを浮かべるでもなく、無表情で唇を動かす。
その表情は秀人さんの優しさだったのか……。それとも、本当に関心のないことでしかなかったからなのか。
朔くんの瞳は驚きで開く。そして、すぐに眉をひそめていく朔くんを、私はぼんやりと見ていた。
「沙耶ちゃんは湊と結婚なんてしてないんだ。婚姻届を提出したというのは、全部湊を納得させるための嘘さ。いつか湊は沙耶ちゃんに飽きて捨てるだろう。その時、君たちはこの処遇に感謝するだろう」
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