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別離までの距離
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「山口くんも隅に置けないね。俺がもらったチョコとは違うから、意外に本命からかな?」
「あ、篭谷先輩……」
デスクの上に乗せて眺めていたチョコの箱を、すぐに机の下に隠そうとしたが遅い。篭谷先輩にひょいと持ち上げられてしまう。
もう全員帰ったと思っていたから油断していた。沙耶さんからもらったチョコを、改めて眺めたりするのではなかったと恥じ入る。
篭谷先輩は俺の隣のデスクに寄りかかると、明らかに同僚の女子社員からもらったものとは違うチョコの箱を裏返したりして眺めた。
「義理チョコのわりに高級だけど、本命チョコっぽくはないね」
「まさしくその通りですよ」
俺は苦笑いする。沙耶さんは純の兄である俺に敬意を示してこのチョコを選んだはずだ。しかしそこに愛情は存在していない。
「彼女のことはずっと遠い存在だと思ってたんですけどね……」
「というと?」
篭谷先輩はチョコの箱を俺のデスクに戻すと、親身に話を聞こうとするかのように椅子に腰掛け直し、俺の方へ体を傾けた。
「ただちょっと可愛い子だなって思って見てただけなんです」
「うちの社員?」
「違います」
俺はゆっくり首を横に振り、チョコの箱に両手を添えた。
「俺とは家柄も格差があって、友達にすらなれるとは思ってもなかったんです」
純が沙耶さんと仲良くなれたのは同僚だから特別なことで、彼女が有名な大病院である上條病院のご令嬢と勘違いしていた当時は、口を利くことすら難しい存在だと思っていた。
「今は友達なんだね?」
「俺と話すと元気が出るとか……、また会いたいとか……、そんな風に言われたら、勘違いしたくなりますよね」
「彼女は山口くんのこと好きなんじゃないの?」
「それはないです」
きっぱりと答える俺を、篭谷先輩はちょっと笑う。
「自信を持つのも大事だよ、山口くん。湊くんを少しは見習うといい」
「自信がないのとは違いますよ。彼女、恋人がいるんです」
「へえ、それなのに、君に思わせぶりな態度を取るのかい?」
「純粋なんですよ、きっと。自分の気持ちに正直で、可愛らしい人なんです」
そういう純粋さが、容姿の可愛らしさに現れている女性だと思う。
「少なくとも、山口くんに好意はあるんだね。だったら、もしかするかもしれないよ。恋人とうまく行ってないのかもしれない」
「それはないですよ。恋人のこと、すごく大切にしてるみたいで。そう、恋人だから、もしかしたらって気持ちになるんです……。残酷だな」
薄笑いを浮かべて前髪をくしゃりとつかむ。
いっそのこと、湊先輩と結婚していたら良かった。それなのに、実は入籍していないと聞かされて。しかもいずれは別れることになるのだと聞いたら、性悪にも希望を持ってしまったんだ。
「本気で好きなら奪い取ってやりたいぐらいの気持ちを持っても、誰も君を責めないよ」
「奪い取るっていうか。俺はただ……」
もし湊先輩と別れることがあるなら、俺はやっぱり沙耶さんを支えたいと思うだろう。
そう思ったら、ため息が出た。
「やっぱり、彼女が欲しいです」
「君は静かな情熱を見せるんだね。自然な流れで、君が幸せになる道が見つかるといいけど……」
「別れを願ったりはしませんよ。彼女はきっと、いま幸せだから。それを無理に壊したいなんて思いません」
「本気なんだ?」
「何も知らなきゃ良かったです」
沙耶さんが上條病院のご令嬢だと勘違いしたまま、湊先輩と結婚したのだと勘違いしたままでいたら、これほどの気持ちは持たなかっただろう。
以前と同じように、純の友達には可愛い子がいるんだなと、ただそれだけの気持ちでいられただろう。
「もう少し話、聞こうか?」
「いえ、大丈夫です。今日はもう帰ります」
「また話聞くよ。どうにもならなくなる前に相談するんだよ」
「ありがとうございます。その時はお世話になりますよ」
笑顔を見せると、篭谷先輩も安堵の息を吐く。そんなにせっぱつまった表情をしていただろうか。
「帰るか」
短く言うと、先輩は椅子から立ち上がる。俺もまた、帰り仕度を始める先輩に置いていかれないように、慌ててチョコを紙袋に戻し、鞄をつかんだ。
「山口くんも隅に置けないね。俺がもらったチョコとは違うから、意外に本命からかな?」
「あ、篭谷先輩……」
デスクの上に乗せて眺めていたチョコの箱を、すぐに机の下に隠そうとしたが遅い。篭谷先輩にひょいと持ち上げられてしまう。
もう全員帰ったと思っていたから油断していた。沙耶さんからもらったチョコを、改めて眺めたりするのではなかったと恥じ入る。
篭谷先輩は俺の隣のデスクに寄りかかると、明らかに同僚の女子社員からもらったものとは違うチョコの箱を裏返したりして眺めた。
「義理チョコのわりに高級だけど、本命チョコっぽくはないね」
「まさしくその通りですよ」
俺は苦笑いする。沙耶さんは純の兄である俺に敬意を示してこのチョコを選んだはずだ。しかしそこに愛情は存在していない。
「彼女のことはずっと遠い存在だと思ってたんですけどね……」
「というと?」
篭谷先輩はチョコの箱を俺のデスクに戻すと、親身に話を聞こうとするかのように椅子に腰掛け直し、俺の方へ体を傾けた。
「ただちょっと可愛い子だなって思って見てただけなんです」
「うちの社員?」
「違います」
俺はゆっくり首を横に振り、チョコの箱に両手を添えた。
「俺とは家柄も格差があって、友達にすらなれるとは思ってもなかったんです」
純が沙耶さんと仲良くなれたのは同僚だから特別なことで、彼女が有名な大病院である上條病院のご令嬢と勘違いしていた当時は、口を利くことすら難しい存在だと思っていた。
「今は友達なんだね?」
「俺と話すと元気が出るとか……、また会いたいとか……、そんな風に言われたら、勘違いしたくなりますよね」
「彼女は山口くんのこと好きなんじゃないの?」
「それはないです」
きっぱりと答える俺を、篭谷先輩はちょっと笑う。
「自信を持つのも大事だよ、山口くん。湊くんを少しは見習うといい」
「自信がないのとは違いますよ。彼女、恋人がいるんです」
「へえ、それなのに、君に思わせぶりな態度を取るのかい?」
「純粋なんですよ、きっと。自分の気持ちに正直で、可愛らしい人なんです」
そういう純粋さが、容姿の可愛らしさに現れている女性だと思う。
「少なくとも、山口くんに好意はあるんだね。だったら、もしかするかもしれないよ。恋人とうまく行ってないのかもしれない」
「それはないですよ。恋人のこと、すごく大切にしてるみたいで。そう、恋人だから、もしかしたらって気持ちになるんです……。残酷だな」
薄笑いを浮かべて前髪をくしゃりとつかむ。
いっそのこと、湊先輩と結婚していたら良かった。それなのに、実は入籍していないと聞かされて。しかもいずれは別れることになるのだと聞いたら、性悪にも希望を持ってしまったんだ。
「本気で好きなら奪い取ってやりたいぐらいの気持ちを持っても、誰も君を責めないよ」
「奪い取るっていうか。俺はただ……」
もし湊先輩と別れることがあるなら、俺はやっぱり沙耶さんを支えたいと思うだろう。
そう思ったら、ため息が出た。
「やっぱり、彼女が欲しいです」
「君は静かな情熱を見せるんだね。自然な流れで、君が幸せになる道が見つかるといいけど……」
「別れを願ったりはしませんよ。彼女はきっと、いま幸せだから。それを無理に壊したいなんて思いません」
「本気なんだ?」
「何も知らなきゃ良かったです」
沙耶さんが上條病院のご令嬢だと勘違いしたまま、湊先輩と結婚したのだと勘違いしたままでいたら、これほどの気持ちは持たなかっただろう。
以前と同じように、純の友達には可愛い子がいるんだなと、ただそれだけの気持ちでいられただろう。
「もう少し話、聞こうか?」
「いえ、大丈夫です。今日はもう帰ります」
「また話聞くよ。どうにもならなくなる前に相談するんだよ」
「ありがとうございます。その時はお世話になりますよ」
笑顔を見せると、篭谷先輩も安堵の息を吐く。そんなにせっぱつまった表情をしていただろうか。
「帰るか」
短く言うと、先輩は椅子から立ち上がる。俺もまた、帰り仕度を始める先輩に置いていかれないように、慌ててチョコを紙袋に戻し、鞄をつかんだ。
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