55 / 119
別離までの距離
9
しおりを挟む
*
「沙耶、ごくろうさまー。全員渡せた?」
バレンタインデーのチョコレートを同僚に配り終えた私がデスクに戻ると、隣の席の純ちゃんがねぎらいの声をかけてくれた。
「あと、浅田主任だけだよ。今日は遅刻みたい」
「遅刻? 珍しいね」
「病院に行ってから来るみたいだよ。赤ちゃん生まれるんだって」
「本当ー? 浅田主任も心配で仕事どころじゃないね」
「無事に生まれるといいね」
「そうだね。男の子かなぁ、女の子かなぁ、楽しみだね」
情報通の純ちゃんでも知らないみたい。私はチョコを配りながら耳にした情報を話す。
「女の子じゃないかなって話は聞いたよ」
「女の子かぁ、すごい溺愛しそうだね。でも可愛いだろうなぁ、赤ちゃんって」
「うん。きっと可愛いよー」
「沙耶もすぐにママになれるかもね。沙耶とミナトくんの赤ちゃんだったら、絶対美男美女になるよね?」
「……どうかなぁ」
ちょっと苦笑いして、純ちゃんから目をそらす。その態度の意味を、入籍していない事実を知らない純ちゃんは誤解したようだった。
「大丈夫だよ、沙耶。来年には正式な結婚発表あるんでしょ? その時に赤ちゃんがいたって、誰も何も言わないよ。作らないようにしなきゃとか、変なストレス抱え込まないようにね」
「ありがとう、純ちゃん。でもね、まだ赤ちゃんとか考えてないの」
「そっか……、そうだよね、新婚なんだから、まだ二人でいたいよね」
「うん、そうだね」
私が笑顔を見せると、純ちゃんもちょっとホッとした表情をする。そして、私のデスクの上にある水色の紙袋に目を移した。
「さっきから気になってたんだけど、その紙袋何が入ってるの?」
「あ、これね。純ちゃんにだよ」
「やっぱり? そうじゃないかと思ったー」
現金に笑う純ちゃんに、申し訳なくなりながら紙袋を差し出す。
「チョコを作ろうと思ってたんだけど、時間がなくて、ケーキなんだけど……」
「チョコレートケーキ?」
「うん、四つあるから、おうちで良かったら食べて」
「わあ、本当? ありがとう、嬉しいー」
あんまり喜んでくれるから、ホールケーキを6等分した残りだなんて言えない。それも、一切れは私で、もう一切れは湊くんが食べた残りだなんて。
紙袋を覗き込む純ちゃんの嬉しげな横顔に罪悪感を覚えながら、「また時間がある時に、クッキー焼いてくるね」と言えば、純ちゃんはますます笑顔になる。
「沙耶はお菓子作り上手なんだね。練習でたくさん作って困ったら、私が全部もらうから遠慮なく言って」
「う、うん、ありがとう」
うなずいた時、純ちゃんはふと何かを思い出したような表情をした。
「そう言えば、お兄ちゃんには? お兄ちゃんにチョコ渡した?」
「あ、うん。出勤前に渡したよ」
「受け取ってくれた?」
「うん」
「よく受け取ったね」
「どうして?」
「妹からのチョコなんていらないって言いそう」
純ちゃんがそう言って思い出す。そうだった。私と純ちゃん、二人で購入したチョコだった。それを朔くんに伝え忘れていた。
そのことを純ちゃんに申し訳なく話すと、彼女は納得いったように笑った。
「いいのいいの。お兄ちゃんも沙耶だけからのプレゼントだって思ってた方が幸せでしょ。どうせ、毎年義理チョコしかもらわないんだから」
「そうなの? 朔くん、優しいし、カッコいいのに」
「そうかなぁ、でも彼女はいないでしょ」
「好きな人はいるのかなぁ」
何気なくそう言うと、純ちゃんも首をかしげる。
「さあ、どうだろうねー。今度あったら聞いてみる? あ、それより飲みに行けそう?」
「うん、行けるよー。湊くんが行ってもいいって言ってくれたから」
「へえ、ミナトくんは理解があるね。まあ、お兄ちゃんじゃ、なんの心配もいらないけどね。じゃあ、お店どこにする?」
矢継ぎ早にそう言った純ちゃんが、スマホでオススメのレストランを検索し始めた時、休憩時間の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
続きはランチの時ね、と純ちゃんが口パクで言うのを見て、私は笑顔でうなずいた。
「沙耶、ごくろうさまー。全員渡せた?」
バレンタインデーのチョコレートを同僚に配り終えた私がデスクに戻ると、隣の席の純ちゃんがねぎらいの声をかけてくれた。
「あと、浅田主任だけだよ。今日は遅刻みたい」
「遅刻? 珍しいね」
「病院に行ってから来るみたいだよ。赤ちゃん生まれるんだって」
「本当ー? 浅田主任も心配で仕事どころじゃないね」
「無事に生まれるといいね」
「そうだね。男の子かなぁ、女の子かなぁ、楽しみだね」
情報通の純ちゃんでも知らないみたい。私はチョコを配りながら耳にした情報を話す。
「女の子じゃないかなって話は聞いたよ」
「女の子かぁ、すごい溺愛しそうだね。でも可愛いだろうなぁ、赤ちゃんって」
「うん。きっと可愛いよー」
「沙耶もすぐにママになれるかもね。沙耶とミナトくんの赤ちゃんだったら、絶対美男美女になるよね?」
「……どうかなぁ」
ちょっと苦笑いして、純ちゃんから目をそらす。その態度の意味を、入籍していない事実を知らない純ちゃんは誤解したようだった。
「大丈夫だよ、沙耶。来年には正式な結婚発表あるんでしょ? その時に赤ちゃんがいたって、誰も何も言わないよ。作らないようにしなきゃとか、変なストレス抱え込まないようにね」
「ありがとう、純ちゃん。でもね、まだ赤ちゃんとか考えてないの」
「そっか……、そうだよね、新婚なんだから、まだ二人でいたいよね」
「うん、そうだね」
私が笑顔を見せると、純ちゃんもちょっとホッとした表情をする。そして、私のデスクの上にある水色の紙袋に目を移した。
「さっきから気になってたんだけど、その紙袋何が入ってるの?」
「あ、これね。純ちゃんにだよ」
「やっぱり? そうじゃないかと思ったー」
現金に笑う純ちゃんに、申し訳なくなりながら紙袋を差し出す。
「チョコを作ろうと思ってたんだけど、時間がなくて、ケーキなんだけど……」
「チョコレートケーキ?」
「うん、四つあるから、おうちで良かったら食べて」
「わあ、本当? ありがとう、嬉しいー」
あんまり喜んでくれるから、ホールケーキを6等分した残りだなんて言えない。それも、一切れは私で、もう一切れは湊くんが食べた残りだなんて。
紙袋を覗き込む純ちゃんの嬉しげな横顔に罪悪感を覚えながら、「また時間がある時に、クッキー焼いてくるね」と言えば、純ちゃんはますます笑顔になる。
「沙耶はお菓子作り上手なんだね。練習でたくさん作って困ったら、私が全部もらうから遠慮なく言って」
「う、うん、ありがとう」
うなずいた時、純ちゃんはふと何かを思い出したような表情をした。
「そう言えば、お兄ちゃんには? お兄ちゃんにチョコ渡した?」
「あ、うん。出勤前に渡したよ」
「受け取ってくれた?」
「うん」
「よく受け取ったね」
「どうして?」
「妹からのチョコなんていらないって言いそう」
純ちゃんがそう言って思い出す。そうだった。私と純ちゃん、二人で購入したチョコだった。それを朔くんに伝え忘れていた。
そのことを純ちゃんに申し訳なく話すと、彼女は納得いったように笑った。
「いいのいいの。お兄ちゃんも沙耶だけからのプレゼントだって思ってた方が幸せでしょ。どうせ、毎年義理チョコしかもらわないんだから」
「そうなの? 朔くん、優しいし、カッコいいのに」
「そうかなぁ、でも彼女はいないでしょ」
「好きな人はいるのかなぁ」
何気なくそう言うと、純ちゃんも首をかしげる。
「さあ、どうだろうねー。今度あったら聞いてみる? あ、それより飲みに行けそう?」
「うん、行けるよー。湊くんが行ってもいいって言ってくれたから」
「へえ、ミナトくんは理解があるね。まあ、お兄ちゃんじゃ、なんの心配もいらないけどね。じゃあ、お店どこにする?」
矢継ぎ早にそう言った純ちゃんが、スマホでオススメのレストランを検索し始めた時、休憩時間の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
続きはランチの時ね、と純ちゃんが口パクで言うのを見て、私は笑顔でうなずいた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
39
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる