せめて契約に愛を

水城ひさぎ

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別離までの距離

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***


 沙耶と一緒に飲みに行かない?


 珍しく届いた純のメールを読んだ瞬間、俺の胸には複雑な思いがわいた。

 沙耶さんの立場や、湊先輩の嫉妬心。何も知らない純の浅はかな誘いが乱す俺の気持ちは、迷いを生んだ。

 すぐに返事は出来なかったが、結局、悩んだ挙句に決めた俺の返事は、純粋に沙耶さんに会いたいという思いから来るものだった。

 純に返信した後、後悔や罪悪感に襲われながらも、沙耶さんに気兼ねなく会える喜びを同時に感じていた。

 沙耶さんと湊先輩の暮らすマンションの前を通るたび、彼女の姿を探してしまう。二人は惹かれあっているのだから、俺の入る隙などないとわかっていながらも。

 今日もまた、マンションの前の道につながる角を、期待をふくらませながら曲がった。

 出勤前に沙耶さんに会えたことは一度もない。だから期待はしていても、期待が現実になるとは思っていないから、気持ちの準備は出来ていなかった。

「あ、朔くんっ、おはよう」

 角を曲がり、マンションの前に視線が行くよりも先に、紙袋を抱えた女性が俺に駆け寄ってくる。

「沙耶さん……」

 あまりの驚きで、喉を詰まらせる俺の前で立ち止まり、にこっと微笑む沙耶さんは可愛らしい。

「おはよう、朔くん。会えるかなぁって待ってたの」
「……そうですか。おはようございます、沙耶さん」

 嬉しいと思う気持ちを隠すのに必死で、冷静を装う俺に気づきもしない沙耶さんは、無邪気に話しかけてくる。

「今日はバレンタインデーでしょ。朔くんに渡したいものがあって待ってたの」
「俺に?」
「朔くん、チョコが好きだって聞いたから」

 そう言って、彼女が俺に差し出すのは胸に抱えた紙袋だ。

「いいんですか? 湊先輩は……」

 受け取りを躊躇すると、沙耶さんは首を横に振りながらクスクス笑う。

「湊くんのことは気にしなくて大丈夫だよ。今度純ちゃんと朔くんと飲みに行ってもかまわないって言ってくれたし」
「湊先輩に話したんですか……。よく許してくれましたね」
「うん」

 と、うなずく沙耶さんの頬はわずかに赤らむ。ああ……と俺はなぜだか気づいてしまう。

 沙耶さんはもう、湊先輩を安心させる方法を覚えたのだ。
 一緒に暮らしているのだし、女性関係が華やかな湊先輩が彼女に指一本触れないはずはないとわかっているのに、俺はチクリと痛む胸を押さえずにはいられない。
 それでも平静なふりをして、ありがたく紙袋を受け取った。

「朔くん、呼び止めたりしてごめんね。また今度ゆっくりお話しようね」
「いえ、沙耶さんも遅刻するといけないから」
「うん。じゃあ、行くね」

 沙耶さんは慌ててもいたのだろう。すぐにマンションの方へと走っていく。

 俺はその背中を見送った後、紙袋の中をそっと覗いた。

 豪華なリボンがかけられた、有名ブランドのロゴが入ったおしゃれな箱が入っている。手作りを期待することはないにしても、義理だと言われているようでため息が出た。
 もらえるだけでもありがたいのにがっかりするなんて、俺も結構ずうずうしいなと苦笑いしながら、会社へと向かった。
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