せめて契約に愛を

水城ひさぎ

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別離までの距離

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 沙耶は先ほどのようには抵抗しなかった。いや、もう抵抗できる力など残っていなかったのかもしれない。

 ゆっくり閉じたまぶたにキスを落とす。俺の想いを受け入れてくれる用意が出来たのだろう沙耶を抱きしめたら、俺の心にも余裕ができる。

「沙耶……、俺たちは結婚してなかったなんて、絶望する必要はなかったんだよな」
「湊くん……」
「もう恋人にはなれたんだから、結婚を認めてもらえるように二人で努力したら良かったんだ」
「……うん、そうだね」

 沙耶は笑顔を見せてくれた。彼女の気持ちに近づけた気がする。

「でもさ、やっぱり父さんが反対するなら、簡単にはいかないからさ」
「……うん」
「君が上條病院の娘だったら、簡単だったのかな」
「きっと……関係ないよ」
「そうかな。どうして沙耶じゃダメなんだろうな……」

 沙耶は何も言わずに俺の胸に顔をうずめた。

「いや、君を責めてるわけじゃないよ。君じゃダメな理由なんて見つからないって話をしてるんだよ」
「湊くんがそう思ってくれるだけで幸せだよ。湊くんの気持ちが嬉しいの」

 沙耶は俺から離れようとしないで、俺の背中に腕を回したまま言う。

「あの時のこと、ちゃんと覚えてる。湊くんだって気づいてたら、もっと早く会えたのに」
「そうか? 久しぶりに会った時、君は意地悪な俺におびえたじゃないか。俺だって気づいてたら、逃げ出してたんじゃないか?」
「そんなことないよー」
「どうだか」
「本当だよ。だってあの時、教科書を拾ってくれた男の子とちゃんとお話がしたくて、何日か探したの」
「へえー、何日か……ね」

 たった?と俺は笑うが、沙耶は真面目な顔で「ちゃんと探したんだから」とムキになる。

「で、どうして探そうと思ったわけ?」
「それは……だって。お友達にその時のこと話したら、『また会いたい』なんて言われたなら告白じゃないの? って言われて」
「で? 告白だったら、ちゃんとお断りしようって思って探した?」

 俺は卑屈だ。こんな言い方しかできない。でも沙耶だけが、こんな俺を許してくれると信じている。

「そういう気持ちはあんまりなかったんだけど……、ちゃんとお話はしようと思ったの。私、あの時メガネしてなかったから、道ですれ違っても気づかないかもしれないけど、無視したわけじゃないって話さなきゃと思って」
「メガネ?」
「あの日は学校でコンタクトをなくしちゃって、メガネもなかったからお父さんに迎えに来てもらう予定で」
「だから、珍しく一人でいたんだ?」

 めったにないチャンスだった。それなのに、そんな小さなことで俺たちはすれ違った。

「うん。湊くんだって気づいてたら、ちゃんとお礼することも出来たよ」
「でも付き合えないって、君は俺をふったんだろうな」
「それでも、時間をかけて湊くんとお話したりして、こんな風に過ごしてたかもしれないよ」
「結果は同じでも、経緯によっては確かに違うこともあったかもしれないね」
「ごめんね、いつも気づけなくて」
「いいさ。俺はただ、ずっと好きだった気持ちを君にわかってもらえたらそれでいいんだ」

 沙耶はまだ何か言いたげだったが、言葉にはしなかった。気持ちがすれ違ってきたことを全部話す必要はないと感じたのかもしれない。

 今までどんな誤解があったのだとしても、俺たちは気持ちを確かめ合うには十分な時間を持てた気がしたから。

「私もずっと好きでいる」

 それだけは確かなことだと、沙耶は唇を寄せる俺を求めて、自ら唇を重ねてきた。
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