72 / 119
別離までの距離
26
しおりを挟む
俺の寝室に行こうと沙耶を誘い、肩を抱く。沙耶は話の続きが聞きたそうに俺についてきた。
「高校生の時に湊くんに会ったことないと思うよ。人違いじゃない?」
「君はそうやって気づきもしなかったんだ。いくら幼稚園以来会ったことがないと言っても、少しぐらいは覚えてるもんだと思ってた」
「そうじゃないよ。その時はわからなかったかもしれないけど、今思い返しても、湊くんに会った記憶はないよ」
「それだけ君にとっては小さな出来事だったわけだ」
沙耶は少しだけ考え込む。
「でも……、湊くんみたいなカッコいい男の子に会ったら覚えてると思う」
「カッコいい男ね。男に会うこと自体、そんなになかっただろ?」
「うん、女子校だったし……。男の子とは無縁だったから」
「その数少ない男が会いに行ったのに記憶にも残ってないんだから、俺に対する関心の低さに驚くよ」
「……でも本当に」
「いいさ、別に」
寝室のドアを開け、沙耶の背中を押す。促されるまますんなりと寝室に入る彼女とベッドに並んで座り、身体を寄せ合う。
「君は中学時代からちょっとした有名人だったよ」
「有名人?」
「俺はずっと円華と同じ学校だったからさ、円華の噂はすぐに耳に入った。美人だって騒がれてた円華は人気者だったし、近くの私立中学に通う円華のいとこも、さぞ可愛いんだろうって有名だったんだ」
「円華のいとこって、私だよね」
本当に私なの?って、沙耶は半信半疑だ。
「君以外にはいないよ。だから俺も興味があって、君を見に行ったことがある」
「それが高校生の時?」
「そう。中学時代から君を知ってたけど、会いに行こうと思ったのは高校三年の冬だった」
「どうして会いに来てくれたの?」
「もちろん、君を恋人にしたかったからだ」
「……恋人って」
沙耶は恥ずかしそうに目を伏せて、両手を胸元に当てる。その手を握り、ちょっと顔を寄せる。上目遣いで俺を見上げる彼女に愛おしさが込み上げる。
「君のことはずっと可愛いって思ってたよ」
「でも……、他に好きな人はいたんでしょ」
「そういう可愛げのないことは言うもんじゃないよ。幼稚園時代からひとすじに君だけを好きでいてもおかしいだろう?」
「う、うん……」
うなずいて良いものかと首を傾げる沙耶を、そっとベッドに倒す。
「み、湊くんっ?」
「あの時、君は学校帰りで、珍しく一人だった。声をかけるなら今しかないって思って、勇気を出して近づいたんだ。そうしたら君は……」
俺はちょっと笑って、沙耶のパジャマに手をかけた。
「後ろから声をかけたからか、君はひどく驚いて、持ってた鞄を落として、中に入ってた教科書をぶちまけて……、ひどくドジな女だと思った」
沙耶の目に戸惑いが浮かぶ。
「思い出した?」
「そうじゃなくて……」
「そうじゃない?」
真っ白な肌に指を落とす。
「湊くん……話してるよ」
「だから?」
「まだ話……、してるよ」
「そうだな」
と言いながら、柔らかな肌に唇を落とす。
「湊くん……っ」
「君の教科書を一緒に拾ったんだ。君は真っ赤になって……、でも俺に可愛い笑顔で『ありがとう』って言ってくれた」
沙耶は昔のことを思い出す余裕などない様子で、俺の手を握る。
「俺のこと覚えてるか? って聞いたら、君はわからないと言った。また会いたいと言ったら、今度会ってもわからないと言われた」
思い出したのか、そうでないのかもわからない潤んだ目で、沙耶は俺を見上げる。
「そんな遠回しに振ることはないのになと思ったよ」
ベッドの中央に移動し、シャツを脱ぎ捨てると、彼女にかぶさる。
「そのうちに秀人が円華と結婚すると言い出して、俺は君を諦めたんだ」
そう彼女の耳元で囁いて、首すじに鼻先をうずめる。
「湊くん……、あの時は私……」
「思い出した? でも今更だよ。過去のことは忘れてやるから、俺を受け入れろよ」
「待って……っ。あの時は……」
「もう待てない」
沙耶に触れると独占欲がわく。誰にも触れさせたくないと、彼女に甘い息を吐かすことが出来るのは俺だけだと。
「湊く……んっ」
「あれから何年だと思う? 秀人と円華の縁談がダメになり、俺にもチャンスが巡ってきた。ただ君を遠くから見ている日々は終わったんだ。だから俺は、君に交際を申し込んだんだ」
沙耶は声にならない声を発し、ただ首を横に振る。
「君がずっと好きだった。いや……、君に会うと、どんな女よりやっぱり君がいいと思ったんだ。なぜだか君に会うたびに惹かれた」
次第に俺も話す余裕がなくなる。
「言い訳は後で聞くから……」
あの日のことを思い出したのだろう沙耶の言い分は後回しで。
沙耶は俺を知ることで、ますます魅力的になった。懸命に俺を受け入れる姿に、つい俺もムキになる。
「今夜も……、簡単には終わらせないよ」
彼女から言葉はない。甘い息だけが部屋を満たす。
俺は脳裏によぎる思惑を打ち消せない。今なら、彼女も受け入れてくれるだろう。
「沙耶……」
切れる息で俺は伝える。
「子供……出来てもかまわない?」
沙耶の目が一瞬見開く。しかし、もうそれを言葉にした時には、俺の中に決意が生まれていた。
「俺は欲しいよ、沙耶との……」
「高校生の時に湊くんに会ったことないと思うよ。人違いじゃない?」
「君はそうやって気づきもしなかったんだ。いくら幼稚園以来会ったことがないと言っても、少しぐらいは覚えてるもんだと思ってた」
「そうじゃないよ。その時はわからなかったかもしれないけど、今思い返しても、湊くんに会った記憶はないよ」
「それだけ君にとっては小さな出来事だったわけだ」
沙耶は少しだけ考え込む。
「でも……、湊くんみたいなカッコいい男の子に会ったら覚えてると思う」
「カッコいい男ね。男に会うこと自体、そんなになかっただろ?」
「うん、女子校だったし……。男の子とは無縁だったから」
「その数少ない男が会いに行ったのに記憶にも残ってないんだから、俺に対する関心の低さに驚くよ」
「……でも本当に」
「いいさ、別に」
寝室のドアを開け、沙耶の背中を押す。促されるまますんなりと寝室に入る彼女とベッドに並んで座り、身体を寄せ合う。
「君は中学時代からちょっとした有名人だったよ」
「有名人?」
「俺はずっと円華と同じ学校だったからさ、円華の噂はすぐに耳に入った。美人だって騒がれてた円華は人気者だったし、近くの私立中学に通う円華のいとこも、さぞ可愛いんだろうって有名だったんだ」
「円華のいとこって、私だよね」
本当に私なの?って、沙耶は半信半疑だ。
「君以外にはいないよ。だから俺も興味があって、君を見に行ったことがある」
「それが高校生の時?」
「そう。中学時代から君を知ってたけど、会いに行こうと思ったのは高校三年の冬だった」
「どうして会いに来てくれたの?」
「もちろん、君を恋人にしたかったからだ」
「……恋人って」
沙耶は恥ずかしそうに目を伏せて、両手を胸元に当てる。その手を握り、ちょっと顔を寄せる。上目遣いで俺を見上げる彼女に愛おしさが込み上げる。
「君のことはずっと可愛いって思ってたよ」
「でも……、他に好きな人はいたんでしょ」
「そういう可愛げのないことは言うもんじゃないよ。幼稚園時代からひとすじに君だけを好きでいてもおかしいだろう?」
「う、うん……」
うなずいて良いものかと首を傾げる沙耶を、そっとベッドに倒す。
「み、湊くんっ?」
「あの時、君は学校帰りで、珍しく一人だった。声をかけるなら今しかないって思って、勇気を出して近づいたんだ。そうしたら君は……」
俺はちょっと笑って、沙耶のパジャマに手をかけた。
「後ろから声をかけたからか、君はひどく驚いて、持ってた鞄を落として、中に入ってた教科書をぶちまけて……、ひどくドジな女だと思った」
沙耶の目に戸惑いが浮かぶ。
「思い出した?」
「そうじゃなくて……」
「そうじゃない?」
真っ白な肌に指を落とす。
「湊くん……話してるよ」
「だから?」
「まだ話……、してるよ」
「そうだな」
と言いながら、柔らかな肌に唇を落とす。
「湊くん……っ」
「君の教科書を一緒に拾ったんだ。君は真っ赤になって……、でも俺に可愛い笑顔で『ありがとう』って言ってくれた」
沙耶は昔のことを思い出す余裕などない様子で、俺の手を握る。
「俺のこと覚えてるか? って聞いたら、君はわからないと言った。また会いたいと言ったら、今度会ってもわからないと言われた」
思い出したのか、そうでないのかもわからない潤んだ目で、沙耶は俺を見上げる。
「そんな遠回しに振ることはないのになと思ったよ」
ベッドの中央に移動し、シャツを脱ぎ捨てると、彼女にかぶさる。
「そのうちに秀人が円華と結婚すると言い出して、俺は君を諦めたんだ」
そう彼女の耳元で囁いて、首すじに鼻先をうずめる。
「湊くん……、あの時は私……」
「思い出した? でも今更だよ。過去のことは忘れてやるから、俺を受け入れろよ」
「待って……っ。あの時は……」
「もう待てない」
沙耶に触れると独占欲がわく。誰にも触れさせたくないと、彼女に甘い息を吐かすことが出来るのは俺だけだと。
「湊く……んっ」
「あれから何年だと思う? 秀人と円華の縁談がダメになり、俺にもチャンスが巡ってきた。ただ君を遠くから見ている日々は終わったんだ。だから俺は、君に交際を申し込んだんだ」
沙耶は声にならない声を発し、ただ首を横に振る。
「君がずっと好きだった。いや……、君に会うと、どんな女よりやっぱり君がいいと思ったんだ。なぜだか君に会うたびに惹かれた」
次第に俺も話す余裕がなくなる。
「言い訳は後で聞くから……」
あの日のことを思い出したのだろう沙耶の言い分は後回しで。
沙耶は俺を知ることで、ますます魅力的になった。懸命に俺を受け入れる姿に、つい俺もムキになる。
「今夜も……、簡単には終わらせないよ」
彼女から言葉はない。甘い息だけが部屋を満たす。
俺は脳裏によぎる思惑を打ち消せない。今なら、彼女も受け入れてくれるだろう。
「沙耶……」
切れる息で俺は伝える。
「子供……出来てもかまわない?」
沙耶の目が一瞬見開く。しかし、もうそれを言葉にした時には、俺の中に決意が生まれていた。
「俺は欲しいよ、沙耶との……」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
39
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる