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別離までの距離
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その後のことはあまりよく覚えていない。玄関で真由香さんとすれ違ったような気もするけれど、別の人だったような気がしないでもない。
湊くんの自宅からマンションまでの帰り道もよくわかっていなかったはずなのに、気づいたら電車に揺られて、見慣れた駅にたどり着いていた。
冷静になれるはずはないけれど、いつの間にか乾いていた涙をぬぐい、疲れ切った顔にそっと手を当てる。
こんな顔をしていたら、湊くんが心配する。
元気な笑顔で帰らなきゃ……
そう思って口元に笑みを浮かべた時、私の目の前に不意に人影が現れた。
「沙耶さん、こんにちは」
笑顔が爽やかな青年。彼は私が辛い時、導かれるように現れて、いつも側にいてくれる。
「朔くん……」
「良かった。沙耶さんに今から会いに行こうかと思っていたんです。でもそんなことしたら、湊先輩が気を悪くするかと……」
朔くんはちょっと苦笑いして、いつものように笑顔を見せる。
彼は普段と何も変わっていない。
すべてが色褪せてしまったように見えるのは私だけ。私だけが変わってしまったのだ。
朔くんにも心配かけたらいけない。
彼もまた、湊くんと同じように私に優しくしてくれるから。私の話を自分の痛みのように受け入れようとするから。
「どうしたの? 朔くん。私に用事?」
少しぎこちない笑顔だったかもしれない。でも朔くんは無邪気に微笑んで、笑顔の私の目の前に両手を突き出した。
「沙耶さんに、渡したいと思いまして」
「これを、私に?」
伸ばされた彼の手には綺麗な花束。
「もうすぐホワイトデーだから、お返しにと思って」
どこかで聞いたようなセリフだと思いながら、私は笑顔を保つ。
湊くんがプレゼントを用意して、私の帰りを待ってくれている。そう思いながら、私は手を伸ばす。
「お返しなんて……、良かったのに」
私はこの言葉を、湊くんに言える日が来るのだろうか。
赤いカーネーションを中心に、可愛らしい花を添えた花束からは良い香りがした。
両手で受け取った花束をそっと胸に抱くと、朔くんはちょっと照れ笑いする。
「お返しを何にしようかと、特に何も考えずに買いに行ってしまって。花束を買ってから、ホワイトデーはあさってだと気づいて、どうやって渡そうかと悩んでいたところだったんです」
まぬけでしょう?と朔くんは笑うけど、その気持ちが嬉しくて、胸が温かくなる。
「朔くん……、ありがとう。朔くんとはよく偶然に会うね。今日も会えて良かった」
朔くんにはもう会わない方がいいだなんて考えたりもしたけど、やっぱり良いお友だちでいたいとも思う。
「そうですね。あ、そうだ、偶然と言えば、さっき浅田さんに会いましたよ」
「浅田主任?」
意外な名前を聞いて首を傾げる。
「はい。奥さんとデパートに買い物に来たみたいでしたよ。赤ちゃんも一緒に」
「赤ちゃんも? きっと可愛いよね。私も会いたかったー」
「ついさっき会ったからまだ近くにいるかもしれませんね。赤ちゃんがいると買い物も大変だなんて言ってましたけど、なんだか幸せそうだったな」
そう言う朔くんの表情も穏やかで幸せそう。
「浅田主任って見かけによらず家庭的なんだね」
「かもしれないですね。まあ、俺はこの間会ったばっかりだから、どんな人かわからないけど」
「私も……そう考えてみると、よく知らないの。男性社員と私的な話なんてしたことなかったし。純ちゃんはよく話してたみたいだけど」
「そうなんですか。沙耶さんらしい」
朔くんはそっと笑う。
「私ね、朔くんともこんな風に自然と話せることにも驚いたりするの。朔くんと話してると元気出るし、楽しいから」
「沙耶さんがそう思ってくれるなら、俺も嬉しいですよ。そうだ、少し時間があるならお茶でもしませんか?」
「えっと……」
すぐに返事が出来なくて、なぜだか朔くんが申し訳なさそうにする。
「あ、違うの。迷惑とかじゃないよ」
「じゃあ、またの機会に……」
身を引いた朔くんと、胸に抱いた花束を交互に見て、私は少し沈黙した。
またの機会は、あるのだろうか。
ふとそんな気持ちがわいて、「少しだけなら……」と、朔くんに微笑みかけた。
湊くんの自宅からマンションまでの帰り道もよくわかっていなかったはずなのに、気づいたら電車に揺られて、見慣れた駅にたどり着いていた。
冷静になれるはずはないけれど、いつの間にか乾いていた涙をぬぐい、疲れ切った顔にそっと手を当てる。
こんな顔をしていたら、湊くんが心配する。
元気な笑顔で帰らなきゃ……
そう思って口元に笑みを浮かべた時、私の目の前に不意に人影が現れた。
「沙耶さん、こんにちは」
笑顔が爽やかな青年。彼は私が辛い時、導かれるように現れて、いつも側にいてくれる。
「朔くん……」
「良かった。沙耶さんに今から会いに行こうかと思っていたんです。でもそんなことしたら、湊先輩が気を悪くするかと……」
朔くんはちょっと苦笑いして、いつものように笑顔を見せる。
彼は普段と何も変わっていない。
すべてが色褪せてしまったように見えるのは私だけ。私だけが変わってしまったのだ。
朔くんにも心配かけたらいけない。
彼もまた、湊くんと同じように私に優しくしてくれるから。私の話を自分の痛みのように受け入れようとするから。
「どうしたの? 朔くん。私に用事?」
少しぎこちない笑顔だったかもしれない。でも朔くんは無邪気に微笑んで、笑顔の私の目の前に両手を突き出した。
「沙耶さんに、渡したいと思いまして」
「これを、私に?」
伸ばされた彼の手には綺麗な花束。
「もうすぐホワイトデーだから、お返しにと思って」
どこかで聞いたようなセリフだと思いながら、私は笑顔を保つ。
湊くんがプレゼントを用意して、私の帰りを待ってくれている。そう思いながら、私は手を伸ばす。
「お返しなんて……、良かったのに」
私はこの言葉を、湊くんに言える日が来るのだろうか。
赤いカーネーションを中心に、可愛らしい花を添えた花束からは良い香りがした。
両手で受け取った花束をそっと胸に抱くと、朔くんはちょっと照れ笑いする。
「お返しを何にしようかと、特に何も考えずに買いに行ってしまって。花束を買ってから、ホワイトデーはあさってだと気づいて、どうやって渡そうかと悩んでいたところだったんです」
まぬけでしょう?と朔くんは笑うけど、その気持ちが嬉しくて、胸が温かくなる。
「朔くん……、ありがとう。朔くんとはよく偶然に会うね。今日も会えて良かった」
朔くんにはもう会わない方がいいだなんて考えたりもしたけど、やっぱり良いお友だちでいたいとも思う。
「そうですね。あ、そうだ、偶然と言えば、さっき浅田さんに会いましたよ」
「浅田主任?」
意外な名前を聞いて首を傾げる。
「はい。奥さんとデパートに買い物に来たみたいでしたよ。赤ちゃんも一緒に」
「赤ちゃんも? きっと可愛いよね。私も会いたかったー」
「ついさっき会ったからまだ近くにいるかもしれませんね。赤ちゃんがいると買い物も大変だなんて言ってましたけど、なんだか幸せそうだったな」
そう言う朔くんの表情も穏やかで幸せそう。
「浅田主任って見かけによらず家庭的なんだね」
「かもしれないですね。まあ、俺はこの間会ったばっかりだから、どんな人かわからないけど」
「私も……そう考えてみると、よく知らないの。男性社員と私的な話なんてしたことなかったし。純ちゃんはよく話してたみたいだけど」
「そうなんですか。沙耶さんらしい」
朔くんはそっと笑う。
「私ね、朔くんともこんな風に自然と話せることにも驚いたりするの。朔くんと話してると元気出るし、楽しいから」
「沙耶さんがそう思ってくれるなら、俺も嬉しいですよ。そうだ、少し時間があるならお茶でもしませんか?」
「えっと……」
すぐに返事が出来なくて、なぜだか朔くんが申し訳なさそうにする。
「あ、違うの。迷惑とかじゃないよ」
「じゃあ、またの機会に……」
身を引いた朔くんと、胸に抱いた花束を交互に見て、私は少し沈黙した。
またの機会は、あるのだろうか。
ふとそんな気持ちがわいて、「少しだけなら……」と、朔くんに微笑みかけた。
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