せめて契約に愛を

奪われるまでの距離

5

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「沙耶ちゃんはちょっと傷ついてるだけさ。息抜きもたまには必要だろ？」

　秀人は四日間も連絡のない沙耶の行動を、そう結論付けた。

　秀人の言うことを全面的に信じているわけではない。
　しかし、秀人が沙耶を探すことに完全に乗り気ではない上に、彼女は自宅にいて、数日中に俺のマンションに戻るようにと、ご両親の説得を受けていると聞かされたら身を引くしかなかった。

　数日待てばいい。
　たった数日だ。

　沙耶は必ず戻ってくる。いや、それはそうであって欲しいと願っていることで。

　戻って来なかったらその時は、沙耶のご両親に迷惑をかけることになろうとも、彼女の自宅を訪ねるつもりだ。
　俺の言葉や態度が彼女を傷つけてきた結果こうなってしまったというなら、いくらでも謝罪するつもりでいる。



　翌日も沙耶は仕事を休んだようだった。出勤したら必ず俺は沙耶に会いに行く。そうとわかっているから欠勤しているのだろう。だとしたら、俺はひどく嫌われているようだ。

　否応なしに俺の視界に入ってくる朔もまた、普段と変わらない様子で過ごしている。

　それからの三日間も、なんということもなく過ぎていった。

　週末になれば沙耶は帰ってくるだろう。月曜日からまたいつも通りの生活が戻ってくるだろう。

　俺はそんな根拠のない自信を抱いて、帰宅の準備を始めた。

　朔もまた同じだ。

　この一週間、俺と朔の過ごし方に違いがあったわけじゃない。俺たちは同じ思いで、沙耶が戻ってくるのを待っていたはず。何もしなかったのは、朔も同じだ。

　なのに、ある電話が俺たちの立場を逆転させようとは、その時の俺は気づきもしなかったのだ。

　俺が椅子から立ち上がると同時に、朔も腰をあげようとした。しかし、朔の目の前の電話が鳴ったから、彼は普通に受話器を取り上げた。

「お疲れさま」

　俺はすれ違う同僚にそう声をかけながら、朔に背を向けてオフィスを後にした。