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彼に届くまでの距離
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お昼の休憩に入ろうかという頃、デスクの上に置いていたスマホのディスプレイが光った。ついで、朔くんからのメールを知らせる文字が出て、私の心臓は飛び上がった。
肩を揺らして驚いたからか、隣のデスクにいた純ちゃんは、「何かあった?」と心配げに覗き込んでくる。
「ううん、なんでもないよ」
「なんでもないって顔じゃないよねー。あと2分で休憩だし、後で聞くね」
「あ……、うん」
私はスマホに視線を落とす。
朔くんに会ったのは昨日のことだ。思い出すだけでもドキドキする。
今もまだ、朔くんに抱きしめられた感触を忘れていない。私の頬に触れた彼の指も手のひらも。唇に触れようと近づいてきた彼の真剣な眼差しも。すべてがいつもの朔くんではなかった。
それは突然の告白だった。私をずっと好きだったと、朔くんは言ってくれた。この気持ちが迷惑なら、友情に変える努力はするから、今まで通り会って欲しいとも言われた。
そして別れ際、また連絡するからメールアドレスを交換して欲しいと言われた。悩んだけれど、湊くんのこともあるから交換した。
まさか昨日の今日でメールが来るとは思ってなくて、動揺してしまった。
朔くんの告白は純粋に嬉しかったけど、彼にも話さなければならないことはあって、嬉しいと思う気持ちと、それを受け入れることは別の問題だということを理解してもらわなければという思いもある。
ちょっと勇気を出して、朔くんからのメールを開いた。内容によっては、純ちゃんに相談に乗ってもらおうと思った。
メールの内容は、拍子抜けするほど簡素だった。けれど、同時に不安が押し寄せてくる。心構えがまだ私には出来ていない。
「沙耶、誰からのメール?」
休憩時間を知らせるチャイムが鳴る中、純ちゃんは引き出しから財布を取り出して言う。
「うん……、朔くんから」
「お兄ちゃん? なんて?」
「朔くんにね、湊くんに私と会ってもらえるように話をして欲しいってお願いしたの」
「そうだったんだ。で、どうだって?」
「今から湊くんが行くって言ってるって……」
「ミナトくんが来るの?」
純ちゃんは目を開いて驚く。
「うん、全然心構え出来てないから、ちゃんと話せるかな……あのこと」
「沙耶……」
「でも行かなきゃダメだよね。話さなきゃ、前に進めないよね」
「そうだね、沙耶。不安ならついていくよ?」
「うん……、でも大丈夫。湊くんの答えは決まってるってわかってるから」
弱々しく笑ってしまう。いつも私の決断は彼を困らせる。
「決まってるってどういうこと?」
「私……、見ちゃったの。たぶん、新しい婚約者だと思うけど、そうじゃなくても新しい恋人……。湊くんにそういう人がいるの、見たから」
「沙耶……、それじゃあ……」
純ちゃんは心配そうに眉をひそめる。
「湊くんは絶対反対するよね。だから大丈夫。私は話だけしてくる。その後のことはお父さんと話し合うことにする」
「本当に、一人で大丈夫?」
「うん。湊くんに会うの、これが本当に最後になるだろうから、頑張ってくるね」
「沙耶……っ」
決意が鈍らないうちにと、私は立ち上がる。
本当は純ちゃんにいて欲しいし、朔くんにもいて欲しい。
でも、深い話し合いは必要がないとわかってしまったから、時間は数分でいいのだ。私は湊くんに会って、赤ちゃんが出来たと告げるだけ。湊くんが何を言おうと、私の返事は決まってる。
『湊くんのこと、好きだから産みたい』
私が言えるのは、それだけだ。
心配する純ちゃんに見送られて、私は会社を出た。
湊くんの勤務する会社までは、ここから歩いて10分とかからない。朔くんがメールした時にはもう湊くんがこちらに向かっていたのだとしたら、彼は近くまで来ているだろう。
ランチタイムでサラリーマンの賑わう通りを歩いていると、ひときわ目立つ背の高い青年が向かいから歩いてくるのに気づいた。
心構えはまだ出来てなかったけど、私を見つけて駆け寄ってくる彼を目の前にしたら、どんな状況だろうが、心構えなんて出来るはずはないのだと思えてくる。それほど彼はいつも素敵で、私の胸を高鳴らせる。
「沙耶……、元気そうだな」
久しぶりに湊くんの声を聞いた気がする。それだけで胸がつまる。
無言で見つめ合う数秒で、湊くんへの想いが溢れそうになるけど、私は平然を装う。
「うん、湊くんも」
「俺はそうでもないよ」
湊くんは苦笑いして、「ここじゃ人目につくから、場所を変えよう」と歩き出す。
少し遅れて彼の背中を追いかけた。私の話を聞いたら、湊くんはいつものように怒り出すんじゃないかと思って不安だった。だけど、このままずっと一緒にいられたらいいのにとも思う。
オフィス街を抜け、マンションが立ち並ぶ通りに出ると、人通りもまばらになる。それでも湊くんは目的があるような足取りで先へと進む。
「湊くん、どこに行くの?」
「そこに公園があるんだ。そこならゆっくり話せるだろ。まあ……、君の話は五分で済むようなものらしいけどね」
「湊くんは忙しいから……」
「君が話があるっていうなら、時間ぐらい作るさ。もう前みたいにいつでも話せるってわけじゃないんだから」
湊くんは困り顔で笑って、ようやく現れた公園に一足先に入っていく。
公園の入り口近くにベンチを見つけると、湊くんは私を座らせ、その隣へ腰を下ろした。
その距離は近くて、戸惑う。前は当たり前のようにこうしてソファーに並んで過ごしていたけど、今はこの距離が近すぎる。
「で、話って?」
湊くんはまるでこの距離を気にしてないみたいに、足を開いてベンチにもたれる。
彼のひざが私の足に触れて、ますます戸惑う。彼に気づかれないようにひざを離して、私はうつむく。
「あ、うん。湊くんに相談っていうのか……、あの、うまくは話せないんだけど」
湊くんを目の前にすると、やっぱりそれを口にするのは容易ではない。きっと結婚していても、伝えるのはなかなか難しいことかもしれないなんて思う。
「相談?」
「……うん。もしかしたら、湊くんは知ってるかもしれないけど……、あ、ううん、そんなことないよね」
お父さんは結城さんに話してくれただろうけど、湊くんに伝わってるかはわからない。でも湊くんの耳に入っていたら、相談があると話した時点で、彼はすぐにその話だと気付くだろう。
湊くんは大きなため息を吐く。
「あのことか……」
「湊くん? 知ってるの……?」
顔をあげると、湊くんは私から目をそらす。
「朔のことだろ」
「……え?」
「朔が君を好きだってことは前から知ってたよ。だから驚かない。朔と付き合うかどうするかなんて、俺に相談する必要はないよ」
お昼の休憩に入ろうかという頃、デスクの上に置いていたスマホのディスプレイが光った。ついで、朔くんからのメールを知らせる文字が出て、私の心臓は飛び上がった。
肩を揺らして驚いたからか、隣のデスクにいた純ちゃんは、「何かあった?」と心配げに覗き込んでくる。
「ううん、なんでもないよ」
「なんでもないって顔じゃないよねー。あと2分で休憩だし、後で聞くね」
「あ……、うん」
私はスマホに視線を落とす。
朔くんに会ったのは昨日のことだ。思い出すだけでもドキドキする。
今もまだ、朔くんに抱きしめられた感触を忘れていない。私の頬に触れた彼の指も手のひらも。唇に触れようと近づいてきた彼の真剣な眼差しも。すべてがいつもの朔くんではなかった。
それは突然の告白だった。私をずっと好きだったと、朔くんは言ってくれた。この気持ちが迷惑なら、友情に変える努力はするから、今まで通り会って欲しいとも言われた。
そして別れ際、また連絡するからメールアドレスを交換して欲しいと言われた。悩んだけれど、湊くんのこともあるから交換した。
まさか昨日の今日でメールが来るとは思ってなくて、動揺してしまった。
朔くんの告白は純粋に嬉しかったけど、彼にも話さなければならないことはあって、嬉しいと思う気持ちと、それを受け入れることは別の問題だということを理解してもらわなければという思いもある。
ちょっと勇気を出して、朔くんからのメールを開いた。内容によっては、純ちゃんに相談に乗ってもらおうと思った。
メールの内容は、拍子抜けするほど簡素だった。けれど、同時に不安が押し寄せてくる。心構えがまだ私には出来ていない。
「沙耶、誰からのメール?」
休憩時間を知らせるチャイムが鳴る中、純ちゃんは引き出しから財布を取り出して言う。
「うん……、朔くんから」
「お兄ちゃん? なんて?」
「朔くんにね、湊くんに私と会ってもらえるように話をして欲しいってお願いしたの」
「そうだったんだ。で、どうだって?」
「今から湊くんが行くって言ってるって……」
「ミナトくんが来るの?」
純ちゃんは目を開いて驚く。
「うん、全然心構え出来てないから、ちゃんと話せるかな……あのこと」
「沙耶……」
「でも行かなきゃダメだよね。話さなきゃ、前に進めないよね」
「そうだね、沙耶。不安ならついていくよ?」
「うん……、でも大丈夫。湊くんの答えは決まってるってわかってるから」
弱々しく笑ってしまう。いつも私の決断は彼を困らせる。
「決まってるってどういうこと?」
「私……、見ちゃったの。たぶん、新しい婚約者だと思うけど、そうじゃなくても新しい恋人……。湊くんにそういう人がいるの、見たから」
「沙耶……、それじゃあ……」
純ちゃんは心配そうに眉をひそめる。
「湊くんは絶対反対するよね。だから大丈夫。私は話だけしてくる。その後のことはお父さんと話し合うことにする」
「本当に、一人で大丈夫?」
「うん。湊くんに会うの、これが本当に最後になるだろうから、頑張ってくるね」
「沙耶……っ」
決意が鈍らないうちにと、私は立ち上がる。
本当は純ちゃんにいて欲しいし、朔くんにもいて欲しい。
でも、深い話し合いは必要がないとわかってしまったから、時間は数分でいいのだ。私は湊くんに会って、赤ちゃんが出来たと告げるだけ。湊くんが何を言おうと、私の返事は決まってる。
『湊くんのこと、好きだから産みたい』
私が言えるのは、それだけだ。
心配する純ちゃんに見送られて、私は会社を出た。
湊くんの勤務する会社までは、ここから歩いて10分とかからない。朔くんがメールした時にはもう湊くんがこちらに向かっていたのだとしたら、彼は近くまで来ているだろう。
ランチタイムでサラリーマンの賑わう通りを歩いていると、ひときわ目立つ背の高い青年が向かいから歩いてくるのに気づいた。
心構えはまだ出来てなかったけど、私を見つけて駆け寄ってくる彼を目の前にしたら、どんな状況だろうが、心構えなんて出来るはずはないのだと思えてくる。それほど彼はいつも素敵で、私の胸を高鳴らせる。
「沙耶……、元気そうだな」
久しぶりに湊くんの声を聞いた気がする。それだけで胸がつまる。
無言で見つめ合う数秒で、湊くんへの想いが溢れそうになるけど、私は平然を装う。
「うん、湊くんも」
「俺はそうでもないよ」
湊くんは苦笑いして、「ここじゃ人目につくから、場所を変えよう」と歩き出す。
少し遅れて彼の背中を追いかけた。私の話を聞いたら、湊くんはいつものように怒り出すんじゃないかと思って不安だった。だけど、このままずっと一緒にいられたらいいのにとも思う。
オフィス街を抜け、マンションが立ち並ぶ通りに出ると、人通りもまばらになる。それでも湊くんは目的があるような足取りで先へと進む。
「湊くん、どこに行くの?」
「そこに公園があるんだ。そこならゆっくり話せるだろ。まあ……、君の話は五分で済むようなものらしいけどね」
「湊くんは忙しいから……」
「君が話があるっていうなら、時間ぐらい作るさ。もう前みたいにいつでも話せるってわけじゃないんだから」
湊くんは困り顔で笑って、ようやく現れた公園に一足先に入っていく。
公園の入り口近くにベンチを見つけると、湊くんは私を座らせ、その隣へ腰を下ろした。
その距離は近くて、戸惑う。前は当たり前のようにこうしてソファーに並んで過ごしていたけど、今はこの距離が近すぎる。
「で、話って?」
湊くんはまるでこの距離を気にしてないみたいに、足を開いてベンチにもたれる。
彼のひざが私の足に触れて、ますます戸惑う。彼に気づかれないようにひざを離して、私はうつむく。
「あ、うん。湊くんに相談っていうのか……、あの、うまくは話せないんだけど」
湊くんを目の前にすると、やっぱりそれを口にするのは容易ではない。きっと結婚していても、伝えるのはなかなか難しいことかもしれないなんて思う。
「相談?」
「……うん。もしかしたら、湊くんは知ってるかもしれないけど……、あ、ううん、そんなことないよね」
お父さんは結城さんに話してくれただろうけど、湊くんに伝わってるかはわからない。でも湊くんの耳に入っていたら、相談があると話した時点で、彼はすぐにその話だと気付くだろう。
湊くんは大きなため息を吐く。
「あのことか……」
「湊くん? 知ってるの……?」
顔をあげると、湊くんは私から目をそらす。
「朔のことだろ」
「……え?」
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