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彼に届くまでの距離
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「誰にも話さないで。湊くんだけじゃなくて、赤ちゃんまで諦めるように言われたら……私……」
湊くんはヒュッと息をのんだ。
「諦めるように言われた? 俺と別れるように誰かに言われたのか?」
「私、今も幸せだよ。だからこのままそっとしておいて欲しいの」
「父さんか? そんなこと言うのは、父さんぐらいだからな」
「湊くんっ、ダメだよっ」
不意に離れた湊くんの手を、とっさにつかんだ。温かい手はすぐに私の手を握り返してくれる。それでも私たちが取るべき道は一つしかないのに。
「湊くんのお父さんが悪いわけじゃないよ。頭ではわかってても、どうしても受け入れられないことだってあるよ」
「沙耶は何を聞かされたんだよ。俺には想像もつかない」
「知らなくていいことだってきっとあるの。だから湊くん……、もう私に会いに来ないで。赤ちゃんのお父さんも、松井さんだから……」
「はいそうですかって、納得するはずないだろう? こんな大事なことを黙ってた君も君だよ。俺はそんなに頼りないかっ?」
声を荒らげた湊くんから手をするりと離した。ハッとした彼は私の腕をつかもうとしたが、私は後ずさった。
「沙耶……、怒ったわけじゃ……」
「わかってるよ、湊くん。一方的に話して、私だけ楽になるなんてダメだよね。でも湊くんに本当のこと言えて良かった。私……、松井さんと幸せになるって決めたの。お父さんもお母さんも、松井さんならって賛成してくれてる。だから私の最後のお願いを聞いて」
「もう会いに来るなって……?」
私は小さくうなずく。
「笑顔でお別れしよう?」
精一杯の笑顔を見せる私に、湊くんは小さなため息をつく。
「君の心は変わらないんだな。でも、俺も変わらないよ。それだけは覚えておくんだ」
湊くんはそう言って、固い表情のままタクシーに乗り込んでいった。
湊くんの乗るタクシーが立ち去った後も、しょう然と立ち尽くす私の前に、うっすらと人影が落ちる。
「沙耶さん、大丈夫ですか?」
気づけばもう辺りは暗く、街灯の明かりに照らされた松井さんの心配げな表情の奥には、わずかな星が見え始めている。
「何度も……、もう会わないって言ってるの」
「彼の中では納得行かないから会いにくるんでしょう? ちゃんと理由を話さないと」
「話しました……。でも、後悔してる」
「なぜです?」
松井さんは私の両手をそっと握り、向かい合って立つ。こうやって私の側にいて、優しさで支えてくれる人なんだと思える。
「別れるように言われたって話したの。……そんなこと言ったら、別れたくないのにって言ったように聞こえたかもしれない」
「事実ならいいじゃないですか。後悔することじゃない」
「でも知らなくてもいいことだって、やっぱりあると思うから」
「知らなくてもいいことなんて、わずかしかないんですよ。むしろ知っているべきことの方が、はるかに多い。彼が後悔することがあるなら、何も知らなかったことに対してだと思いますよ。だから沙耶さんは真実を伝えて良かったんです。それとも、少し嫌味のように言ってしまった?」
松井さんはいたずらっ子のように笑う。その笑顔に、私の緊張もほどけるようだ。
「嫌味に聞こえたかも」
「それならそれでいい。彼はもう少し痛みのわかる男になるべきでしょう。沙耶さんにしなくてもいい我慢ばかりさせてきたのは、彼自身なんだから」
「それは私の性格にも問題があって……」
そう言うと、松井さんはちょっといたずらっ子のように笑う。
「きっとそうでしょうね。でも心配はいりません。僕も大した性格じゃない。上條社長に見込まれて、社長のためならと頑張ってきただけですから。他の人ではこうも頑張らなかったかもしれない。それだけです」
「松井さん……」
「沙耶さんが彼のために頑張ってきたそのわずかでかまいませんから、僕のためにも努力してくれますか?」
松井さんは優しく私の背中に両腕を回す。
「松井さ……」
「亮治と」
「あ……、はい。亮治さん……」
「では僕は、沙耶……と」
松井さんは私を気遣いながら、優しく抱きしめてくれる。
「つらい時はつらいと泣いて下さい。嬉しい時は嬉しいと笑って下さい。当たり前のことが当たり前に出来る夫婦になりましょう」
大きな胸に頭がうずまる私の耳元で、彼はそうそっと囁いた。
湊くんはヒュッと息をのんだ。
「諦めるように言われた? 俺と別れるように誰かに言われたのか?」
「私、今も幸せだよ。だからこのままそっとしておいて欲しいの」
「父さんか? そんなこと言うのは、父さんぐらいだからな」
「湊くんっ、ダメだよっ」
不意に離れた湊くんの手を、とっさにつかんだ。温かい手はすぐに私の手を握り返してくれる。それでも私たちが取るべき道は一つしかないのに。
「湊くんのお父さんが悪いわけじゃないよ。頭ではわかってても、どうしても受け入れられないことだってあるよ」
「沙耶は何を聞かされたんだよ。俺には想像もつかない」
「知らなくていいことだってきっとあるの。だから湊くん……、もう私に会いに来ないで。赤ちゃんのお父さんも、松井さんだから……」
「はいそうですかって、納得するはずないだろう? こんな大事なことを黙ってた君も君だよ。俺はそんなに頼りないかっ?」
声を荒らげた湊くんから手をするりと離した。ハッとした彼は私の腕をつかもうとしたが、私は後ずさった。
「沙耶……、怒ったわけじゃ……」
「わかってるよ、湊くん。一方的に話して、私だけ楽になるなんてダメだよね。でも湊くんに本当のこと言えて良かった。私……、松井さんと幸せになるって決めたの。お父さんもお母さんも、松井さんならって賛成してくれてる。だから私の最後のお願いを聞いて」
「もう会いに来るなって……?」
私は小さくうなずく。
「笑顔でお別れしよう?」
精一杯の笑顔を見せる私に、湊くんは小さなため息をつく。
「君の心は変わらないんだな。でも、俺も変わらないよ。それだけは覚えておくんだ」
湊くんはそう言って、固い表情のままタクシーに乗り込んでいった。
湊くんの乗るタクシーが立ち去った後も、しょう然と立ち尽くす私の前に、うっすらと人影が落ちる。
「沙耶さん、大丈夫ですか?」
気づけばもう辺りは暗く、街灯の明かりに照らされた松井さんの心配げな表情の奥には、わずかな星が見え始めている。
「何度も……、もう会わないって言ってるの」
「彼の中では納得行かないから会いにくるんでしょう? ちゃんと理由を話さないと」
「話しました……。でも、後悔してる」
「なぜです?」
松井さんは私の両手をそっと握り、向かい合って立つ。こうやって私の側にいて、優しさで支えてくれる人なんだと思える。
「別れるように言われたって話したの。……そんなこと言ったら、別れたくないのにって言ったように聞こえたかもしれない」
「事実ならいいじゃないですか。後悔することじゃない」
「でも知らなくてもいいことだって、やっぱりあると思うから」
「知らなくてもいいことなんて、わずかしかないんですよ。むしろ知っているべきことの方が、はるかに多い。彼が後悔することがあるなら、何も知らなかったことに対してだと思いますよ。だから沙耶さんは真実を伝えて良かったんです。それとも、少し嫌味のように言ってしまった?」
松井さんはいたずらっ子のように笑う。その笑顔に、私の緊張もほどけるようだ。
「嫌味に聞こえたかも」
「それならそれでいい。彼はもう少し痛みのわかる男になるべきでしょう。沙耶さんにしなくてもいい我慢ばかりさせてきたのは、彼自身なんだから」
「それは私の性格にも問題があって……」
そう言うと、松井さんはちょっといたずらっ子のように笑う。
「きっとそうでしょうね。でも心配はいりません。僕も大した性格じゃない。上條社長に見込まれて、社長のためならと頑張ってきただけですから。他の人ではこうも頑張らなかったかもしれない。それだけです」
「松井さん……」
「沙耶さんが彼のために頑張ってきたそのわずかでかまいませんから、僕のためにも努力してくれますか?」
松井さんは優しく私の背中に両腕を回す。
「松井さ……」
「亮治と」
「あ……、はい。亮治さん……」
「では僕は、沙耶……と」
松井さんは私を気遣いながら、優しく抱きしめてくれる。
「つらい時はつらいと泣いて下さい。嬉しい時は嬉しいと笑って下さい。当たり前のことが当たり前に出来る夫婦になりましょう」
大きな胸に頭がうずまる私の耳元で、彼はそうそっと囁いた。
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