三月一日にさようなら

つづき綴

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未来を変える一歩

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「やっぱり、髪結ぶ」

 かばんからゴムを取り出して、短い髪をかき上げた。かろうじて後ろで結んで、課題プリントを開いた。胸がドキドキしてた。薫子ちゃんと友だちになれた時とは違う胸の高鳴りだった。

 壮亮に、女の子として見られるのは恥ずかしかった。望んでない自分がいるのも、いやだった。私には勉強しかなかったし、これからもずっと勉強しかない。

「彼氏とか、いらないから」
「勉強ばっかも楽しくねーじゃん。逃げ道作るなら、彼氏も悪くないんじゃね?」
「逃げ道……?」
「音羽が勉強できねーの……って、めちゃくちゃできるからじゅうぶんだろって思ってるけどさ、できないって思ってるなら、そこが限界なんだろ? それ以上やれたら、自分が壊れると思ってるから、防衛本能働いてんだろ」
「え、防衛……?」

 考えてもみなかった発想に、また驚いた。壮亮はやっぱりちょっと変わってる。私に違う世界を見せてくれる人。

「頑張りすぎなんだよ。ちょっと肩の力抜いたら、剣持にも勝てるだろ」
「剣持くんに勝ちたいわけじゃないから……」
「1位とりたいなら、剣持に勝たねーとダメだろ」
「1位は取れなくてもいいから」
「だろ? ほんとは1位なんて興味ねーし、親の言う通りになんか生きたくないんだ。その気持ちが限界作ってんだろ。それならそれでいいんじゃん? 残った時間で、彼氏作ればさ」
「……私のこと好きな人なんていないし。みんな、勉強バカだって思ってる」

 勉強しか取り柄のない女の子だって自覚はある。

 壮亮はしばらく押し黙っていたが、じっと私を見つめたまま、いきなり声を発した。

「俺は、好きだ」
「……」

 びっくりして、一瞬言葉を失った。

「ゆ、友人としてだけどな」

 すぐに彼はそう言った。

「壮亮くんより話せる男の子なんていないから、彼氏なんてできないよ。いらないし。今は、勉強と、タイムリープのことで頭いっぱい」
「誰かに告白されたら俺に相談しろよ」
「え、あ、うん」
「で、タイムリープの話だけどさ、剣持から何か聞いた?」

 壮亮は課題プリントそっちのけで、身を乗り出す。これじゃあ勉強できないわけだ。そう思いながら、私はそれでもいいかなって思ってる自分に気づいて、ちょっと笑ってしまった。

 壮亮と過ごす時間で勉強するなんて、もったいないなんて思ってるのだ。

「剣持くん? 話もしないよ」
「そうなのか? まあ、そうか。あいつは何にもしないかもな」
「何にもしないって?」
「剣持もさ、タイムリープしてるらしい。静観してる感じだな、ずっと」
「えっ、剣持くんも?」

 そんなことって、あるのかな。
 高校の生徒全員がタイムリープしてるんだろうけど、それを全員が自覚してるとも思えない。

 どうして、剣持くんが、なんだろう。

 考え込んでいると、遠慮がちに彼は言う。

「月待さんも、かもしれない」
「薫子ちゃんも……」

 それは、そうかもしれないと感じてた。でもそれを、どうして壮亮が……。

「剣持は……」

 壮亮はためらうが、「何?」と尋ねると、背中を押されたように言葉を吐き出す。

「剣持も、あの場に居合わせてたみたいだ」
「あの場って……、三月一日の屋上……?」
「ああ。あの日、剣持は屋上にいる音羽を見てる。月待さんも、もしかしたらあの時、屋上にいたかもしれない」
「……そんなことあるかな」

 ひたいに手をあて、ぎゅっと目を閉じる。あの日を思い浮かべてみた。

 私は屋上へ続く階段をのぼって、まっすぐフェンスに向かった。フェンスを乗り越えて、下を見下ろした。

 あのとき、誰か屋上にいたんだろうか。
 全然、思い出せない。

 でも何か、忘れてることがある気がする。それが何かは、もやがかかってるみたいに思い出せない。

「月待さんから何かなかったか?」
「何かって?」
「手紙、とかさ」

 私は、はっと息を飲んだ。なんでそれを知ってるんだろう。その答えは、すぐに彼の口から語られた。

「剣持が、大事なことを伝えるなら手紙がいいって、月待さんにアドバイスしたらしい」
「手紙はもらったけど……でも、そんな……アドバイスとかじゃなくて」
「どんなやつだった?」
「……どんなって、短歌だよ」
「へ、短歌?」

 壮亮は拍子抜けした声を上げる。私だって驚いた。和歌が好きな私に、短歌まで詠んでくれた薫子ちゃんの気持ちはまだわからないけど。

「どんな?」
「どんなって……見せられないよ」
「そんな変なやつ?」
「変って言うか……ちょっと意味がわからないかなって思って」
「なんだそれ」
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