三月一日にさようなら

つづき綴

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未来を変える一歩

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 壮亮がぽかんとするから、私も肩をすくめる。

「薫子ちゃんね、短歌の意味、考えるの面白いよねって言ってたことある。だから、何か意味があるんじゃないかなって思ってるんだけど……」
「意味か……。月待さんが手紙を書いた理由考えるとさ、タイムリープに関するなんかだと思う。どんなやつか覚えてるか?」
「あ、うん。持ってる」

 壮亮に見せても大丈夫なんだろうか。
 薫子ちゃんがいやがるなら……と思ったけど、さらに身を乗り出して私のかばんに視線を注ぐ彼を見てたら、見せるまで帰れないような気がしてくる。

「月待さんも、音羽を助けたいって思ってるんだよ。俺たちが気づくの、期待してるはずだ」
「はっきり言えないようなことなのかな」
「前回のタイムリープで、直接伝えたかもしれない。それでも変わらなかったから、今回手紙にした」
「そっか……。そういうこともあるのかな」

 壮亮の予想は納得できる気がして、かばんを開く。いつも持ち歩いてる和歌集にはさんだ、ピンクの封筒を取り出す。

「そんな本、読んでんだ?」

 感嘆の声をあげる壮亮にちょっと笑って、封筒を差し出す。

「和歌って面白いんだよ。薫子ちゃんも……ううん、なんでもない」

 好きな和歌を教え合ったことは、内緒。

「なんだよ、気になる言い方すんなよな」

 壮亮はぶつぶつ言いながら、封筒から取り出したびんせんを開き、読み上げる。

_______


ありがとうしがらみ越えてまた出会う恋に落とした罪深きキズ

_______


「ん、んー?」

 壮亮は首をひねる。私だって、同じだった。何を伝えたいのか、いまだにわからない。

「失恋でもしたのか? でも、違うか」
「好きな人を思って詠んだのかな? 剣持くんとか?」
「音羽に伝えたいことがあるなら、音羽に向けられたもののはずだ」
「そっか。恋って何かな?」

 私たちはしがらみを越えて出会ったんだろうか。しがらみってなんだろう。タイムリープのこと? じゃあ、罪深いキズって? そのキズのせいで、私たちを恋に落とした? やっぱり意味がわからない。

「俺、考えてみるわ」

 壮亮はそう言うと、ノートを破って短歌を書き写す。彼もタイムリープを繰り返さないために必死なんだろう。

「ごめんね」
「ん?」
「私のせいだね。ほんとに死にたいなんて思ってないのに、なんで……こんなことになっちゃったのかな」

 頭を下げると、壮亮は眉をひそめた。

「いま、死にたくないならそれでいいじゃん。俺と出会ったことで死にたくなくなったんだったら、それはそれで嬉しいしな」

 壮亮はにっと笑う。

「あ、ありがとう。壮亮くんは優しいね。卒業しても、仲良くできるといいな」

 もうタイムリープしないよ、って伝えたつもりだったのに、彼は困り顔をする。

「音羽と同じ大学は無理だろうな」
「同じ大学じゃなくても……」
「音羽に彼氏ができたら会いづらいじゃん?」
「卒業したら、私たちの生きる世界が変わっちゃうみたいな言い方するんだね」

 そっか、って思う。
 今の関係が続くのは、卒業までなんだって。だったら、卒業なんて……。

「変わるぐらいなら、またタイムリープするのも悪くないよな」

 おんなじことを思ってたんだって気付いて、首を横にふる。

「そういうの、よくないよ。卒業しても、仲良くできたらいいのに……」

 それは、壮亮が思うより、簡単なことのような気がするのに。

「なあ、音羽」

 壮亮は途方にくれた顔をする。私もそんな顔してるかもしれない。

「俺……、俺さ……」
「うん」
「俺、音羽に彼氏ができたら、ちょっと、やだなって思ってるんだ」
「……」
「うまく言えねぇ」

 髪をガシガシとかいて、壮亮は黙り込んでしまう。

 そのとき、部屋の外から女の子の声が聞こえた。

「壮亮ーっ、お母さんがケーキってー」
「母さん、いつの間に帰ってたんだ」

 そうつぶやくと、壮亮は逃げるように部屋を出ていった。
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