三月一日にさようなら

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未来を変える一歩

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***


「好きだって言って、ほかの男に告白されたら相談しろって? で、彼氏つくったら嫌だ。離れ離れになるぐらいなら、もう一回タイムリープしようぜって……あきれるぐらい、宇田川さんが好きだって告白してるね」

 剣持は肩を小さく揺らし、うっすら笑う。

「ばっ……、ちょっ、名前出すなよ、名前」

 俺はあわてて周りを見回す。帰宅していくクラスメイトたちは、俺たちの戯言なんて聞いてない。

 ちょっと安堵して、剣持を改めてにらみつける。

「言うなよな」
「最近の宇田川さん、ほんと明るくなったよね。壮亮のおかげ?」
「月待さんだろ。俺は別に……」
「あー、たしかに。月待さん、宇田川さんにべったりだってうわさになってるな。ナイトのつもりかな?」
「ナイト?」
「自殺する友人を守る騎士さ」

 さらっと剣持はそれを口にする。彼は彼なりの覚悟があるのかもしれないが、俺は複雑な気持ちになる。

「音羽は死なないよ」
「だといいな。俺だって、もうあんな光景は見たくない」
「……そう言えばさ、剣持はあん時、どこにいたわけ?」

 音羽が落ちてくるのを見たと言った。少なくとも、剣持は屋上にはいなかった。

「俺は卒業式の練習終わりで、渡り廊下を歩いてた。ほら、生徒代表のあいさつがあるだろ。あれの練習で、ひとりだけ残ってた」
「じゃあ、誰かほかにいなかった?」
「ほかにかー。あー、そう言えば、若狭わかさとすれ違ったな」

 比較的はやく、剣持はそれを思い出した。印象深かったのだろうかと、俺は身を乗り出す。

「若狭?」
「若狭あずさ。いっつも誰かいじめてるだろ。俺、あいつに会うの嫌なんだよな。だから、覚えてる」
「若狭も、あの瞬間、あの場にいた?」

 俺はあずさの顔を思い出しながら言う。

 若狭あずさは三年二組。
 剣持の言う通り、いつも誰かの悪口を言ってる。悪口を悪口とも思ってないような女の子だ。思ったことを口に出して何が悪い。そんな態度に、みんなが辟易してる。
 文化祭の日、薫子に嫌な言葉を投げたのは、この目で見た。俺も苦手だ。

「どうかなぁ。すれ違った後、あいつ、職員室に入ってったから。先生たちのご機嫌取りだけはうまいだろ?」
「そうか。まあでも、若狭と月待さんが一緒にいるわけないしな。あの時さ、月待さんがどこにいたのか考えてるんだ」

 屋上にいたのか、それとも、屋上を見上げていたのか。それになぜ、薫子がそんなに一生懸命音羽を助けたいと思ってるのか。全然わからない。何かとっかかりが欲しい。

「俺もがんばって思い出してるんだけどさ、月待さんは俺が見えるところにはいなかった。いたら、絶対気づくし」

 剣持も気になってるみたいだ。薫子のことは放っておけないらしい。それを言うなら、俺もか。

 タイムリープの真相より、音羽のことを考える時間の方が長くなってる。

「もう、月待さんに直接聞くかなぁ。タイムリープしてんだろって」

 根をあげると、剣持はおかしそうに笑う。

「それがいいかもな。壮亮はそのやり方があってそうだ」
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