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なんとなく
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長い一週間の幕開けとなる月曜日は、憂鬱だった。
ただでさえ気が重いのに、夏也には逆プロポーズを断られ、やけ酒して顔もむくんで最悪。
室田設計事務所と書かれたガラス扉を押し開けて、オフィスに入るなり、「おはようございまーす」と、大した気合いの入らない声で挨拶する。
「お、茉莉! 今日はギリギリ出社か、珍しいなー」
入り口にいた同僚の三宅仁が、待ってましたとばかりにデスクに向かう私のあとを追いかけてくる。
仁さんは入社当初からの仲間で、名前で呼び合う仲。年齢は私より5歳年上の32歳。面倒見も良くて、仁さんがいたから一人前になれたと言っても過言じゃないぐらい尊敬する先輩の一人だ。
「すみません、ちょっと支度に時間かかっちゃって」
前髪をなで下ろす。目元のむくみが見られるのは抵抗がある。
仁さんはにやにや笑いながら私の顔をのぞき込むが、冷やかすようなことは一切言わない。
「週末、酒でも飲みに行くか、ふたりで」
「もう週末の話ですかー?」
「先約がないならな。茉莉はモテるからなぁ。なんでも早めがいいだろ?」
「モテませんって」
レザーのトートバッグをデスクに置いて、コーヒー入りのミニボトルと筆記具を並べていく。これが毎朝のルーティン。
デスクの上に日常がそろうと、私は辺りを見回す。相棒の営業担当の姿がない。
「染谷さん、しばらく体調不良で休みだってさ」
私の視線が誰を探しているのか察した仁さんは、微妙に顔を歪ませる。
染谷さんは私と馬の合わない営業担当だ。体調不良と聞いて喜ぶつもりもないが、安堵した自分もいて複雑な気分になる。
「まあ、染谷さんも家の事情で多忙なようだから、茉莉にもつらく当たって申し訳ないって思ってたみたいだよ。もしかしたら復帰は難しいかもな」
「当たるって……。そんなに大変なんですか?」
「ん、まあ、ライフスタイルに合わせて転職も考えてるんじゃないか? ま、そういうことだから、染谷さんが復帰するまでは俺の仕事の手伝いな」
それは願ってもないことだったけど、染谷さんが家庭のことで苦労してるなんて知らなかったから、即座に声が出なかった。
仁さんは呆然とする私の肩をぽんぽんと叩く。
「茉莉が気に病むことは何もないさ。出会った人間すべての人生なんて背負えるもんじゃない」
「ちょ、大げさじゃないですか?」
「そうか? ……なんていうか、この世の終わりみたいな顔して出社されたら誰だって心配するだろ」
とっさに目元に手を当てる。
やっぱりメイクだけではうまく隠せてないのかもしれない。
「茉莉は頑張りすぎるからな、話ぐらい聞くさ。で、週末は空いてる?」
「あー、すみません。週末はいつも予定が」
「彼氏もマメだなぁ」
確かにそうだ。夏也はどんなに忙しくても土曜日は私のために時間を作ってくれる。指摘されて初めて、当たり前が当たり前じゃないんだと気づく。
「いい彼氏だな」
仁さんは年のわりに可愛らしくニコッと笑うと、私の頭をそっと撫でてデスクへ戻っていった。
それから二週間、染谷さんが仕事復帰することなく、9月は終わりを迎えようとしていた。
長い一週間の幕開けとなる月曜日は、憂鬱だった。
ただでさえ気が重いのに、夏也には逆プロポーズを断られ、やけ酒して顔もむくんで最悪。
室田設計事務所と書かれたガラス扉を押し開けて、オフィスに入るなり、「おはようございまーす」と、大した気合いの入らない声で挨拶する。
「お、茉莉! 今日はギリギリ出社か、珍しいなー」
入り口にいた同僚の三宅仁が、待ってましたとばかりにデスクに向かう私のあとを追いかけてくる。
仁さんは入社当初からの仲間で、名前で呼び合う仲。年齢は私より5歳年上の32歳。面倒見も良くて、仁さんがいたから一人前になれたと言っても過言じゃないぐらい尊敬する先輩の一人だ。
「すみません、ちょっと支度に時間かかっちゃって」
前髪をなで下ろす。目元のむくみが見られるのは抵抗がある。
仁さんはにやにや笑いながら私の顔をのぞき込むが、冷やかすようなことは一切言わない。
「週末、酒でも飲みに行くか、ふたりで」
「もう週末の話ですかー?」
「先約がないならな。茉莉はモテるからなぁ。なんでも早めがいいだろ?」
「モテませんって」
レザーのトートバッグをデスクに置いて、コーヒー入りのミニボトルと筆記具を並べていく。これが毎朝のルーティン。
デスクの上に日常がそろうと、私は辺りを見回す。相棒の営業担当の姿がない。
「染谷さん、しばらく体調不良で休みだってさ」
私の視線が誰を探しているのか察した仁さんは、微妙に顔を歪ませる。
染谷さんは私と馬の合わない営業担当だ。体調不良と聞いて喜ぶつもりもないが、安堵した自分もいて複雑な気分になる。
「まあ、染谷さんも家の事情で多忙なようだから、茉莉にもつらく当たって申し訳ないって思ってたみたいだよ。もしかしたら復帰は難しいかもな」
「当たるって……。そんなに大変なんですか?」
「ん、まあ、ライフスタイルに合わせて転職も考えてるんじゃないか? ま、そういうことだから、染谷さんが復帰するまでは俺の仕事の手伝いな」
それは願ってもないことだったけど、染谷さんが家庭のことで苦労してるなんて知らなかったから、即座に声が出なかった。
仁さんは呆然とする私の肩をぽんぽんと叩く。
「茉莉が気に病むことは何もないさ。出会った人間すべての人生なんて背負えるもんじゃない」
「ちょ、大げさじゃないですか?」
「そうか? ……なんていうか、この世の終わりみたいな顔して出社されたら誰だって心配するだろ」
とっさに目元に手を当てる。
やっぱりメイクだけではうまく隠せてないのかもしれない。
「茉莉は頑張りすぎるからな、話ぐらい聞くさ。で、週末は空いてる?」
「あー、すみません。週末はいつも予定が」
「彼氏もマメだなぁ」
確かにそうだ。夏也はどんなに忙しくても土曜日は私のために時間を作ってくれる。指摘されて初めて、当たり前が当たり前じゃないんだと気づく。
「いい彼氏だな」
仁さんは年のわりに可愛らしくニコッと笑うと、私の頭をそっと撫でてデスクへ戻っていった。
それから二週間、染谷さんが仕事復帰することなく、9月は終わりを迎えようとしていた。
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