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冗談で?
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「つまり、藤本さんは彼氏に結婚する気がないとわかって、急に冷めてしまった?」
「正確に言うと、結婚願望がない彼の気持ちを変えられるほどの価値が私にはないって気づいてしまったんです」
なんでこんなこと菅原さんに話してるのだろう。逆プロポーズしたことまで話してしまうなんて。内心、不服に思いながらも、一度話し出したら、せきを切ったように止まらない。
「それに、冷めてはいませんから」
「冷めてない? じゃあ彼氏に会えば、抱かれもする。お互いに気持ちいい思いをして、またねと別れる。その繰り返しか。なるほど、それは確かになんとなく付き合ってるという君の言葉が理解できるね」
「あ……あ、あのっ……」
「すき焼き、冷めるよ」
菅原さんが私のお膳を指さす。
長くて綺麗な指だ。爪もきちんと磨いてある。ふとそんなことに気取られていると、菅原さんがつぶやく。
「時間が経つと、冷めるものもあるさ」
「冷めないものもあるはずです」
菅原さんはくすりと笑い、私の視線の先にあるマグロを箸でつまむ。
「まあ、さしみはもともと冷めてるからね」
「さしみの話なんてしてません」
会話がかみ合わない。わざとずらされている。
私をおちょくっている証拠だろうと思うが、気分を害して席を立つ気には不思議となれない。
「しかし、今の話をまとめると、藤本さんの身体はさぞ魅力的なんだろうね」
しょうゆのついた唇をペロリとなめる菅原さんがやけになまめかしく見えたのは、私の胸元に注がれる視線に無駄なほどの熱量が込められているように感じたからだろう。
「セクハラですか」
「そんなつもりは毛頭ないよ。彼氏が藤本さんのどこに惚れているのか考えてた。君が都合のいい女だなんて泣くから……」
「泣いてません」
「まあ、心では泣いていたとしよう。そう考えたら、やっぱり身体だろう」
菅原さんは私が返事しないのにもかまわず、うん、と一人うなずく。
「彼氏にとって、君は飾りかもしれないね」
「何も知らないのに嫌な言い方するんですね」
「君の話から察するに、だよ。願わくばそうであって欲しくないと思うが、残念ながら彼にとっての君の魅力がわからない」
菅原さんはお手上げだとばかりに肩をすくめる。
「だからじゃないのかな? 結婚しないのは。いずれ衰える身体を生涯愛していく覚悟が彼にはないんだろう。そんなこと考えたこともないっていうのが正解か。藤本さんの努力は、彼にとっては当然なのかもしれないね」
どきりとした。
夏也に愛されたくて。夏也に釣り合う女性でいたくて。私はずっと努力してきた。それは、内面よりも外面を磨くという意味で。
「自分のための努力を当然だなんて思う男とは別れた方がいい」
「私のためでもあります」
ほんの少し抵抗した。認めたくない気持ちが私にそう言わせた。だけど、そんな気持ちも菅原さんはきっと見透かしてる。
「魅力的な身体にはかなり興味はあるが、彼氏は見る目がないね」
「かなり興味あるとか、余計なことです」
「俺だって男だからね。綺麗な身体は嫌いじゃない。だからって好きな女性のお腹が出てきたって冷めるものでもないよ」
ハッとお腹に手を当てる。
昨日からしょうが焼きに高級レストランのフルコース、ワインボトルも開けて、すき焼き御膳だ。
スカートのウエストが少しきつくなっているのを気付かれていたかもしれない。
「完璧な身体なんて死ぬまで維持できるものじゃない。好きな男のための努力は否定しないが、受け手がそれでは君があまりにもみじめじゃないか」
「彼が私の身体にしか興味がないなんて決めつけないでください」
「だったらなぜ結婚したくないんだろうね」
菅原さんは心底不思議そうに私を見つめる。
「時期じゃないと思うならそれは理解できる。だが君ほどの女性からプロポーズされたら、俺はすぐにオッケーするけどね」
「……褒められてるみたいで気持ち悪いです」
「褒めてるよ」
口元に手の甲をあてて笑う菅原さんはひどく楽しげだ。
「まさか褒めていただけるとは思ってなかったので」
「なぜ。藤本さんは仕事もできる。見た目だって極上ではないものの、じゅうぶんに魅力的だ。たまに驚くようなミスもするんだろうが、仕事でそれをされたらたまらないが、家庭内でのことならかわいいものだ。お皿を何枚割ろうが、君の綺麗な手が傷つかないなら俺は気にしない。むしろ、少し抜けてる方が生活が楽しいだろう」
「……長々と褒めていただいてありがとうございます」
しゃくに触る言い方ではあるが、菅原さんらしい最大限の褒めだったのだろう。慇懃無礼に頭を下げれば、彼はますます楽しげに笑む。
「そういう可愛げのない態度も悪くないね。君と一緒にいたら、毎日退屈しなさそうだ」
「菅原さんは私の彼氏じゃないからそんなこと言えるんです」
「そうか。彼氏は君の何を見てるんだろうね? それに君も」
「私も、ですか」
揶揄されていると気づいても、反論もわかず、ぽつりとつぶやく。
すると菅原さんも私の目をのぞき込み、やや声のトーンを落として言う。
「結婚だけがすべてじゃないだろう。プロポーズはきっかけに過ぎない。そこに不和が生じたんだとしたら、もっと他にも心の離れる原因があったのかもしれないね」
「つまり、藤本さんは彼氏に結婚する気がないとわかって、急に冷めてしまった?」
「正確に言うと、結婚願望がない彼の気持ちを変えられるほどの価値が私にはないって気づいてしまったんです」
なんでこんなこと菅原さんに話してるのだろう。逆プロポーズしたことまで話してしまうなんて。内心、不服に思いながらも、一度話し出したら、せきを切ったように止まらない。
「それに、冷めてはいませんから」
「冷めてない? じゃあ彼氏に会えば、抱かれもする。お互いに気持ちいい思いをして、またねと別れる。その繰り返しか。なるほど、それは確かになんとなく付き合ってるという君の言葉が理解できるね」
「あ……あ、あのっ……」
「すき焼き、冷めるよ」
菅原さんが私のお膳を指さす。
長くて綺麗な指だ。爪もきちんと磨いてある。ふとそんなことに気取られていると、菅原さんがつぶやく。
「時間が経つと、冷めるものもあるさ」
「冷めないものもあるはずです」
菅原さんはくすりと笑い、私の視線の先にあるマグロを箸でつまむ。
「まあ、さしみはもともと冷めてるからね」
「さしみの話なんてしてません」
会話がかみ合わない。わざとずらされている。
私をおちょくっている証拠だろうと思うが、気分を害して席を立つ気には不思議となれない。
「しかし、今の話をまとめると、藤本さんの身体はさぞ魅力的なんだろうね」
しょうゆのついた唇をペロリとなめる菅原さんがやけになまめかしく見えたのは、私の胸元に注がれる視線に無駄なほどの熱量が込められているように感じたからだろう。
「セクハラですか」
「そんなつもりは毛頭ないよ。彼氏が藤本さんのどこに惚れているのか考えてた。君が都合のいい女だなんて泣くから……」
「泣いてません」
「まあ、心では泣いていたとしよう。そう考えたら、やっぱり身体だろう」
菅原さんは私が返事しないのにもかまわず、うん、と一人うなずく。
「彼氏にとって、君は飾りかもしれないね」
「何も知らないのに嫌な言い方するんですね」
「君の話から察するに、だよ。願わくばそうであって欲しくないと思うが、残念ながら彼にとっての君の魅力がわからない」
菅原さんはお手上げだとばかりに肩をすくめる。
「だからじゃないのかな? 結婚しないのは。いずれ衰える身体を生涯愛していく覚悟が彼にはないんだろう。そんなこと考えたこともないっていうのが正解か。藤本さんの努力は、彼にとっては当然なのかもしれないね」
どきりとした。
夏也に愛されたくて。夏也に釣り合う女性でいたくて。私はずっと努力してきた。それは、内面よりも外面を磨くという意味で。
「自分のための努力を当然だなんて思う男とは別れた方がいい」
「私のためでもあります」
ほんの少し抵抗した。認めたくない気持ちが私にそう言わせた。だけど、そんな気持ちも菅原さんはきっと見透かしてる。
「魅力的な身体にはかなり興味はあるが、彼氏は見る目がないね」
「かなり興味あるとか、余計なことです」
「俺だって男だからね。綺麗な身体は嫌いじゃない。だからって好きな女性のお腹が出てきたって冷めるものでもないよ」
ハッとお腹に手を当てる。
昨日からしょうが焼きに高級レストランのフルコース、ワインボトルも開けて、すき焼き御膳だ。
スカートのウエストが少しきつくなっているのを気付かれていたかもしれない。
「完璧な身体なんて死ぬまで維持できるものじゃない。好きな男のための努力は否定しないが、受け手がそれでは君があまりにもみじめじゃないか」
「彼が私の身体にしか興味がないなんて決めつけないでください」
「だったらなぜ結婚したくないんだろうね」
菅原さんは心底不思議そうに私を見つめる。
「時期じゃないと思うならそれは理解できる。だが君ほどの女性からプロポーズされたら、俺はすぐにオッケーするけどね」
「……褒められてるみたいで気持ち悪いです」
「褒めてるよ」
口元に手の甲をあてて笑う菅原さんはひどく楽しげだ。
「まさか褒めていただけるとは思ってなかったので」
「なぜ。藤本さんは仕事もできる。見た目だって極上ではないものの、じゅうぶんに魅力的だ。たまに驚くようなミスもするんだろうが、仕事でそれをされたらたまらないが、家庭内でのことならかわいいものだ。お皿を何枚割ろうが、君の綺麗な手が傷つかないなら俺は気にしない。むしろ、少し抜けてる方が生活が楽しいだろう」
「……長々と褒めていただいてありがとうございます」
しゃくに触る言い方ではあるが、菅原さんらしい最大限の褒めだったのだろう。慇懃無礼に頭を下げれば、彼はますます楽しげに笑む。
「そういう可愛げのない態度も悪くないね。君と一緒にいたら、毎日退屈しなさそうだ」
「菅原さんは私の彼氏じゃないからそんなこと言えるんです」
「そうか。彼氏は君の何を見てるんだろうね? それに君も」
「私も、ですか」
揶揄されていると気づいても、反論もわかず、ぽつりとつぶやく。
すると菅原さんも私の目をのぞき込み、やや声のトーンを落として言う。
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