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冗談で?
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「はあぁー」
昼休憩に入るとすぐ、緊張の糸が切れてデスクに突っ伏する。
「どうした、茉莉。郁にしごかれて参ったか」
「仁さんっ、違います。って、違わないんですけど、違います」
後ろからかかる声に驚いて、倒したばかりの身体をはね上げる。
タバコを手にした仁さんが、にやにや笑ってデスクの側に立つ。
すぐに喫煙ルームへ行きたいだろうに、仁さんはあいかわらず私に気遣ってくれる。
「最近茉莉、楽しそうだよな。あの郁を手なづけてるんだから大したもんだよ」
「えっ! 手なづけるとかっ、やめてください。それに楽しくなんて……」
「違う?」
腰をかがめた仁さんが目線を合わせてくる。心の中を見透かすような目にどきりとする。
「それはもちろん、やりがいはありますけど」
結果を出せる上司との仕事が楽しくないはずはない。
「郁のやつ、染谷さんがどうしてもってしがみついてた案件に躍起になってるみたいだな」
ふと神妙になって、仁さんは言う。
「え、あ……、はい、そうですね」
「茉莉が何度も資料作り直してたの、郁は染谷さんから聞いて知ってるんだろ。茉莉の努力、無駄にしたくないんだろうな」
「私のことは関係ないと思いますけど」
契約が取れたら一大プロジェクトになる。私のためとか、そんな安易な理由で郁さんが仕事を選ぶはずはないだろう。
「俺もそろそろ異動だろうしな。郁が茉莉の面倒見るなら安心だなと思ってさ」
仁さんはしみじみ言う。
「そんな話、あるんですか?」
寝耳に水だった。確かに、私の入社当時から異動もなく勤務しているのは仁さんぐらいだ。
仁さんはエースだから異動するなんて考えてもみなかった。
「仁さんがいなくなったらさみしくなります」
「まあ別に、異動の話なんてないんだけどな。俺も入社2年目でここに来てからずっとだしな」
「それを言ったら私だって入社以来ずっとここですから」
「考えてみりゃそうだな。茉莉の異動もあるか。いや、郁が気に入ってるからなぁ、どうだろうな」
仁さんは出てもいない辞令を真剣に悩むように腕を組む。
「郁さんのパートナーならいくらでも見つかると思います」
そう言うと、仁さんは目を見開いて私を凝視する。
「え、私、何か変なこと言いました?」
「もう、郁さんって呼んでるのか。あれ? きのう、郁、帰りいなかっただろ? 今日は朝からいないしな」
にやりと仁さんが笑むからあわてる。
「きのう、仁さんが帰った後に戻られて、それで。仕事以外で連絡取り合ったりしてませんから」
「あわてると余計に疑われるぞ。あっ、さっきのため息の理由はそれかー。モテる女はつらいな」
「からかわないでください。変なうわさはほんと、簡単に立つんですから」
郁さんの理解しがたい言動に疲れ果てているのは事実だが、と思いつつ困り顔を見せると、仁さんは愉快げに笑う。
「ごめんごめん、茉莉。でも郁のやつ、喜んでただろ」
「えっ……、さ、さあ」
ふっと照れ笑いした郁さんの横顔が浮かんだが、とぼけてすぐに脳内から追い出す。
「さあ……って。郁もパートナーには認められたいだろうからな、嬉しいと思うよ。グッと親密になった気がするだろ?」
「親密とか、やめてください。私は言わされただけですから」
「後輩のために人肌脱ぐ茉莉は、俺も嫌いじゃないよ」
よくがんばったな、とばかりに仁さんが私の頭に手を置く。
と、その時、オフィスの入り口がざわつく。
見れば、郁さんが営業先から帰ってきたようだった。
歩くだけで女子社員をざわつかせる郁さんはあいかわらずの人気だ。
彼は仁さんと一緒にいる私を見つけると、一目散に向かってくる。その表情はまるで少年のようにキラキラと輝いていた。
「契約取れたよ、茉莉。染谷さんと君の努力が報われたんだよ。やったなー、茉莉」
そんなことを大声で言いながら駆けつけてくるから、オフィス内の視線を集めてしまう。
無論、いつも冷静な郁さんがはしゃぐなんて珍しくて、というのもあるだろうけれど。
意味深な視線を投げてくるのは仁さんも例外ではなく、逃げ出そうと立ち上がると仁さんに腕をつかまれる。
「なあ、茉莉、いつから郁のやつも呼び捨てするようになったわけ? あれも、言わされてるわけじゃないよな?」
そう耳元でささやく仁さんに、思わず私は赤面した。
「はあぁー」
昼休憩に入るとすぐ、緊張の糸が切れてデスクに突っ伏する。
「どうした、茉莉。郁にしごかれて参ったか」
「仁さんっ、違います。って、違わないんですけど、違います」
後ろからかかる声に驚いて、倒したばかりの身体をはね上げる。
タバコを手にした仁さんが、にやにや笑ってデスクの側に立つ。
すぐに喫煙ルームへ行きたいだろうに、仁さんはあいかわらず私に気遣ってくれる。
「最近茉莉、楽しそうだよな。あの郁を手なづけてるんだから大したもんだよ」
「えっ! 手なづけるとかっ、やめてください。それに楽しくなんて……」
「違う?」
腰をかがめた仁さんが目線を合わせてくる。心の中を見透かすような目にどきりとする。
「それはもちろん、やりがいはありますけど」
結果を出せる上司との仕事が楽しくないはずはない。
「郁のやつ、染谷さんがどうしてもってしがみついてた案件に躍起になってるみたいだな」
ふと神妙になって、仁さんは言う。
「え、あ……、はい、そうですね」
「茉莉が何度も資料作り直してたの、郁は染谷さんから聞いて知ってるんだろ。茉莉の努力、無駄にしたくないんだろうな」
「私のことは関係ないと思いますけど」
契約が取れたら一大プロジェクトになる。私のためとか、そんな安易な理由で郁さんが仕事を選ぶはずはないだろう。
「俺もそろそろ異動だろうしな。郁が茉莉の面倒見るなら安心だなと思ってさ」
仁さんはしみじみ言う。
「そんな話、あるんですか?」
寝耳に水だった。確かに、私の入社当時から異動もなく勤務しているのは仁さんぐらいだ。
仁さんはエースだから異動するなんて考えてもみなかった。
「仁さんがいなくなったらさみしくなります」
「まあ別に、異動の話なんてないんだけどな。俺も入社2年目でここに来てからずっとだしな」
「それを言ったら私だって入社以来ずっとここですから」
「考えてみりゃそうだな。茉莉の異動もあるか。いや、郁が気に入ってるからなぁ、どうだろうな」
仁さんは出てもいない辞令を真剣に悩むように腕を組む。
「郁さんのパートナーならいくらでも見つかると思います」
そう言うと、仁さんは目を見開いて私を凝視する。
「え、私、何か変なこと言いました?」
「もう、郁さんって呼んでるのか。あれ? きのう、郁、帰りいなかっただろ? 今日は朝からいないしな」
にやりと仁さんが笑むからあわてる。
「きのう、仁さんが帰った後に戻られて、それで。仕事以外で連絡取り合ったりしてませんから」
「あわてると余計に疑われるぞ。あっ、さっきのため息の理由はそれかー。モテる女はつらいな」
「からかわないでください。変なうわさはほんと、簡単に立つんですから」
郁さんの理解しがたい言動に疲れ果てているのは事実だが、と思いつつ困り顔を見せると、仁さんは愉快げに笑う。
「ごめんごめん、茉莉。でも郁のやつ、喜んでただろ」
「えっ……、さ、さあ」
ふっと照れ笑いした郁さんの横顔が浮かんだが、とぼけてすぐに脳内から追い出す。
「さあ……って。郁もパートナーには認められたいだろうからな、嬉しいと思うよ。グッと親密になった気がするだろ?」
「親密とか、やめてください。私は言わされただけですから」
「後輩のために人肌脱ぐ茉莉は、俺も嫌いじゃないよ」
よくがんばったな、とばかりに仁さんが私の頭に手を置く。
と、その時、オフィスの入り口がざわつく。
見れば、郁さんが営業先から帰ってきたようだった。
歩くだけで女子社員をざわつかせる郁さんはあいかわらずの人気だ。
彼は仁さんと一緒にいる私を見つけると、一目散に向かってくる。その表情はまるで少年のようにキラキラと輝いていた。
「契約取れたよ、茉莉。染谷さんと君の努力が報われたんだよ。やったなー、茉莉」
そんなことを大声で言いながら駆けつけてくるから、オフィス内の視線を集めてしまう。
無論、いつも冷静な郁さんがはしゃぐなんて珍しくて、というのもあるだろうけれど。
意味深な視線を投げてくるのは仁さんも例外ではなく、逃げ出そうと立ち上がると仁さんに腕をつかまれる。
「なあ、茉莉、いつから郁のやつも呼び捨てするようになったわけ? あれも、言わされてるわけじゃないよな?」
そう耳元でささやく仁さんに、思わず私は赤面した。
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