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冗談で?
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物音がして、ファッション雑誌から顔を上げる。
窓の外は薄暗い。ずいぶんと長い時間、彼女の部屋で過ごしてしまったようだ。
「やっと起きたか」
ベッドルームから出てきた茉莉に声をかける。
ぼさぼさの髪を寝ぼけた様子でかきあげていた彼女は、ビクッと身体を震わせると俺を凝視し、すぐさま駆け寄ってくる。
「なんで私の雑誌よんでるんですかー!」
勢いよく雑誌をつかみ取り、胸に抱きしめる茉莉を見たら、笑いがこみ上げてくる。
「怒るところはそこか」
「そ、そこだけじゃないです。なんで私、ベッドで寝てたんですか……っ」
「俺の腕の中の方がよかったならあやまる」
「は……っ、そんなこと言ってません」
顔を真っ赤にする茉莉に向き直り、ほおを両手で包む。
「な……っ」
いきなりのことに動揺する彼女のまぶたを親指でなでる。
「ずいぶんと腫れてるぞ。ひどい顔をしてる」
「えっ、やだっ!」
茉莉は目元を隠す。
「あれだけ泣けばそうなる」
「私、そんな泣いて……。あー、どうしよう。買い物も行けない」
「さっき寿司の出前を取ったよ。一緒に食べるか」
立ち上がる俺を見上げた茉莉がぽかんとする。
「は、出前っ?」
「心配するな。俺が払った」
「そういうことじゃなくて、住所とかどうやって……、まさか部屋の中、触ったりしてないですよね?」
「アパート名を伝えたらすぐにわかってくれたよ。君の部屋は無駄に触ってないし、彼氏からの電話にも無論出てない」
ローテーブルの上に置かれたままのスマホを指さすと、茉莉はハッと青ざめる。
「何回か、かかってきてたな。そんなに心配なら見に来ればいいとは思ったが、まあそうなったら俺は一発二発殴られるところだったよ」
スマホを手に取り、着信履歴を確認した茉莉は複雑そうに俺を見つめる。
「この状況はじゅうぶん浮気を疑われる。俺はそれでもかまわないと思ってここにいるんだから、君が気にやむことはない」
「夏也はちゃんと話せばわかってくれますから」
「物分かりのいい彼氏というのか、君に無関心というのか」
首をすくめて、冷蔵庫から寿司を取り出す。
「それだけ電話をかけてくるんだ。君は愛されてるよ」
茉莉は一瞬眉をひそめ、何か言いたげに薄く唇を開いたが、急にハッとしてスマホを耳にあてる。
「もしもし夏也……? うん、寝てた……ごめんね」
キッチンに立つと、小鍋に水を入れて火にかけた。冷蔵庫で見つけた粉の緑茶を湯のみに入れ、湯が沸くのを待つ。
茉莉は何度かうなずいている。
仕事中には決して見せたことのない弱々しい声音は意外でもあったが、同時に納得もした。
茉莉は彼氏にものが言えない。惚れているからこそ、そんな態度を取るのだろう。
「郁さん、すみません。お茶、私が淹れます」
スマホをテーブルに戻した茉莉が声をかけてくる。
「もう用件は済んだのか?」
「元気なら飲みに行こうって言われたんですけど、こんな顔じゃ行けないから」
あきれてため息が出る。
「薬飲んで寝てるような人間を飲みに誘うのか。言ったら悪いが、君の彼氏は自分本位なようだね」
「そういうところはあるけど、そういう人だからこそ頼れることもあって」
「なるほど、わかった」
「わかった?」
茉莉は拍子抜けしたように俺を見上げる。
「ああ。君のノロケ話を聞くとひどく気分が悪いということがわかったよ」
泣きはらした目元が痛々しくて、腹立たしい。
こんな風になってもまだ、茉莉は夏也という男に惚れているのだ。
「別にノロケては……」
「さあ、寿司を食べよう。腹を満たせば、君も笑顔を見せてくれるだろうしね」
「郁さん……」
申し訳なさそうにする茉莉の肩をそっとなでると、彼女はちょっとだけ口元をあげて微笑む。
「郁さんが本当はすごく優しいって、私わかってますから」
やけに素直な笑顔を見せるから、可愛らしい女性だと胸が騒ぐ。
「君のそういうところだよ」
俺は赤くなるほおを自覚しながら、茉莉に背を向けた。
物音がして、ファッション雑誌から顔を上げる。
窓の外は薄暗い。ずいぶんと長い時間、彼女の部屋で過ごしてしまったようだ。
「やっと起きたか」
ベッドルームから出てきた茉莉に声をかける。
ぼさぼさの髪を寝ぼけた様子でかきあげていた彼女は、ビクッと身体を震わせると俺を凝視し、すぐさま駆け寄ってくる。
「なんで私の雑誌よんでるんですかー!」
勢いよく雑誌をつかみ取り、胸に抱きしめる茉莉を見たら、笑いがこみ上げてくる。
「怒るところはそこか」
「そ、そこだけじゃないです。なんで私、ベッドで寝てたんですか……っ」
「俺の腕の中の方がよかったならあやまる」
「は……っ、そんなこと言ってません」
顔を真っ赤にする茉莉に向き直り、ほおを両手で包む。
「な……っ」
いきなりのことに動揺する彼女のまぶたを親指でなでる。
「ずいぶんと腫れてるぞ。ひどい顔をしてる」
「えっ、やだっ!」
茉莉は目元を隠す。
「あれだけ泣けばそうなる」
「私、そんな泣いて……。あー、どうしよう。買い物も行けない」
「さっき寿司の出前を取ったよ。一緒に食べるか」
立ち上がる俺を見上げた茉莉がぽかんとする。
「は、出前っ?」
「心配するな。俺が払った」
「そういうことじゃなくて、住所とかどうやって……、まさか部屋の中、触ったりしてないですよね?」
「アパート名を伝えたらすぐにわかってくれたよ。君の部屋は無駄に触ってないし、彼氏からの電話にも無論出てない」
ローテーブルの上に置かれたままのスマホを指さすと、茉莉はハッと青ざめる。
「何回か、かかってきてたな。そんなに心配なら見に来ればいいとは思ったが、まあそうなったら俺は一発二発殴られるところだったよ」
スマホを手に取り、着信履歴を確認した茉莉は複雑そうに俺を見つめる。
「この状況はじゅうぶん浮気を疑われる。俺はそれでもかまわないと思ってここにいるんだから、君が気にやむことはない」
「夏也はちゃんと話せばわかってくれますから」
「物分かりのいい彼氏というのか、君に無関心というのか」
首をすくめて、冷蔵庫から寿司を取り出す。
「それだけ電話をかけてくるんだ。君は愛されてるよ」
茉莉は一瞬眉をひそめ、何か言いたげに薄く唇を開いたが、急にハッとしてスマホを耳にあてる。
「もしもし夏也……? うん、寝てた……ごめんね」
キッチンに立つと、小鍋に水を入れて火にかけた。冷蔵庫で見つけた粉の緑茶を湯のみに入れ、湯が沸くのを待つ。
茉莉は何度かうなずいている。
仕事中には決して見せたことのない弱々しい声音は意外でもあったが、同時に納得もした。
茉莉は彼氏にものが言えない。惚れているからこそ、そんな態度を取るのだろう。
「郁さん、すみません。お茶、私が淹れます」
スマホをテーブルに戻した茉莉が声をかけてくる。
「もう用件は済んだのか?」
「元気なら飲みに行こうって言われたんですけど、こんな顔じゃ行けないから」
あきれてため息が出る。
「薬飲んで寝てるような人間を飲みに誘うのか。言ったら悪いが、君の彼氏は自分本位なようだね」
「そういうところはあるけど、そういう人だからこそ頼れることもあって」
「なるほど、わかった」
「わかった?」
茉莉は拍子抜けしたように俺を見上げる。
「ああ。君のノロケ話を聞くとひどく気分が悪いということがわかったよ」
泣きはらした目元が痛々しくて、腹立たしい。
こんな風になってもまだ、茉莉は夏也という男に惚れているのだ。
「別にノロケては……」
「さあ、寿司を食べよう。腹を満たせば、君も笑顔を見せてくれるだろうしね」
「郁さん……」
申し訳なさそうにする茉莉の肩をそっとなでると、彼女はちょっとだけ口元をあげて微笑む。
「郁さんが本当はすごく優しいって、私わかってますから」
やけに素直な笑顔を見せるから、可愛らしい女性だと胸が騒ぐ。
「君のそういうところだよ」
俺は赤くなるほおを自覚しながら、茉莉に背を向けた。
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