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冗談で?
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茉莉のアパートを出たときには、すっかり辺りは真っ暗になっていた。
駐車場に停めた車に乗り込み、彼女のアパートを見上げる。
二階の角部屋の前で、茉莉がこちらを見下ろしている。
車を発進させると、彼女はちょっと頭を下げた。そういう律儀なところも、わりと気に入っている。
明日になれば元気になって、また俺に喧々とかみついてくるのだろうと思えば、無意識にほおもゆるんだ。
自宅マンションへ帰る途中、コンビニに立ち寄った。
酒をいくつか購入し自動ドアを出ると、店の角でタバコを吸う青年と何気に目が合った。
見たことがあるような青年だと思った。
そのとき、青年に駆け寄るまた別の青年が、「ナツヤ!」と声をかけたからハッとした。
ナツヤと呼ばれた青年を改めて眺める。その横顔を眺めていたら記憶が鮮明によみがえる。
茉莉の彼氏だ、と俺の目は夏也に釘付けになる。
茉莉の話によれば、夏也は今夜、石黒という大学時代の友人と飲みに行く予定があるらしい。とすると、夏也と話すスタイリッシュな黒縁メガネの青年が石黒だろう。
「藤本さんは来れないって?」
石黒が夏也に尋ねる。
「ああ、悪いな」
「気にするなよ。近くなんだろ? またそのうち飲みに行こうぜ」
夏也も石黒も近くに暮らしているようだ。
歩いていける距離だからこそ安易に茉莉を誘ったのだろうが、ならばなぜ、簡単に来れる距離を越えて、体調を崩した彼女に会いに来なかったのだろうと疑問も湧く。
「来るかな、茉莉のやつ」
夏也は苦笑いする。
俺は何食わぬ顔で夏也のそばに立ち、ポケットから取り出したタバコをくわえた。
「俺に会う気がないとかなら、別に無理は……」
「いや、そうじゃなくてさ、最近おかしいんだよな」
申し訳なさそうな石黒の言葉をさえぎって、夏也はため息をつく。
「うまくいってないのか?」
夏也はゆるりと首をふる。
「仲が悪いわけじゃねぇよ。急に結婚したいって言われてさ」
「藤本さんからプロポーズされたのか? 夏也に惚れてんだなぁ」
まんざらでもなさそうに夏也は笑うが、すぐに怠惰そうにタバコをふかす。
「結婚ってそんなにしたいもん?」
「は? ……あー、どうだろうな」
「30になる前に結婚したいとかさ、そういうの気にして結婚するのはなんか違うなって俺は思うんだよな」
「藤本さんがそう言ったのか?」
俺の疑問そのままを、石黒が問う。
「理由は言わねぇよ。ほかに理由が見当たらないだけさ」
「で、結婚するのかよ」
「しねぇよ。結婚なんて、したいときにしたい相手とするもんだろ」
「うわぁ、その言い方やだなー、俺。結婚相手は藤本さんじゃないって言ったみたいだぜ」
そうか? と夏也は首をすくめる。
「なんかめんどくさいよな」
「夏也、おまえ……」
「まあ、ちょっとだけどな。別に茉莉のことは嫌いじゃねぇけど、会えば暗い顔されるとか、……気が滅入るよ」
「藤本さんはよっぽど結婚したいんだろうなぁ。まあ、30過ぎても結婚する気がないなら別れようって思う女性がいても不思議じゃないとは思うけど、俺は」
夏也は考え込むようにあごに手をあてる。
「やっぱり別れたいんだろうなぁ、茉莉。別れるぐらいなら結婚しようかとも思うけどよ、でもなんか、今じゃないんだよなー」
「藤本さんとちゃんと話し合った方がいいんじゃないか?」
「だからそれがめんどくせぇって話。どうしたら前みたいに戻れるかなぁってさ」
「結婚するしかないだろー」
石黒は観念しろ、と夏也の肩を叩く。
「結婚……、結婚なぁー」
「おまえ昔から束縛されるの嫌いだったもんなー。結婚したらきっと、もっとわずらわしいことは増えるぜ」
「……だよな。やっぱ無理だわ、俺。付き合ってるだけでいいわ」
「それじゃあ、藤本さんは納得しないんじゃないのか?」
石黒の言葉に夏也は気むずかしげに眉をひそめたが、タバコを灰皿に入れて歩き出す。
「説得するさ。茉莉ならわかってくれる」
「長く付き合ってるとそういう自信が湧くもんなんだなぁ」
感心した様子で石黒は言うと、先を行く夏也のあとを追いかけていった。
茉莉のアパートを出たときには、すっかり辺りは真っ暗になっていた。
駐車場に停めた車に乗り込み、彼女のアパートを見上げる。
二階の角部屋の前で、茉莉がこちらを見下ろしている。
車を発進させると、彼女はちょっと頭を下げた。そういう律儀なところも、わりと気に入っている。
明日になれば元気になって、また俺に喧々とかみついてくるのだろうと思えば、無意識にほおもゆるんだ。
自宅マンションへ帰る途中、コンビニに立ち寄った。
酒をいくつか購入し自動ドアを出ると、店の角でタバコを吸う青年と何気に目が合った。
見たことがあるような青年だと思った。
そのとき、青年に駆け寄るまた別の青年が、「ナツヤ!」と声をかけたからハッとした。
ナツヤと呼ばれた青年を改めて眺める。その横顔を眺めていたら記憶が鮮明によみがえる。
茉莉の彼氏だ、と俺の目は夏也に釘付けになる。
茉莉の話によれば、夏也は今夜、石黒という大学時代の友人と飲みに行く予定があるらしい。とすると、夏也と話すスタイリッシュな黒縁メガネの青年が石黒だろう。
「藤本さんは来れないって?」
石黒が夏也に尋ねる。
「ああ、悪いな」
「気にするなよ。近くなんだろ? またそのうち飲みに行こうぜ」
夏也も石黒も近くに暮らしているようだ。
歩いていける距離だからこそ安易に茉莉を誘ったのだろうが、ならばなぜ、簡単に来れる距離を越えて、体調を崩した彼女に会いに来なかったのだろうと疑問も湧く。
「来るかな、茉莉のやつ」
夏也は苦笑いする。
俺は何食わぬ顔で夏也のそばに立ち、ポケットから取り出したタバコをくわえた。
「俺に会う気がないとかなら、別に無理は……」
「いや、そうじゃなくてさ、最近おかしいんだよな」
申し訳なさそうな石黒の言葉をさえぎって、夏也はため息をつく。
「うまくいってないのか?」
夏也はゆるりと首をふる。
「仲が悪いわけじゃねぇよ。急に結婚したいって言われてさ」
「藤本さんからプロポーズされたのか? 夏也に惚れてんだなぁ」
まんざらでもなさそうに夏也は笑うが、すぐに怠惰そうにタバコをふかす。
「結婚ってそんなにしたいもん?」
「は? ……あー、どうだろうな」
「30になる前に結婚したいとかさ、そういうの気にして結婚するのはなんか違うなって俺は思うんだよな」
「藤本さんがそう言ったのか?」
俺の疑問そのままを、石黒が問う。
「理由は言わねぇよ。ほかに理由が見当たらないだけさ」
「で、結婚するのかよ」
「しねぇよ。結婚なんて、したいときにしたい相手とするもんだろ」
「うわぁ、その言い方やだなー、俺。結婚相手は藤本さんじゃないって言ったみたいだぜ」
そうか? と夏也は首をすくめる。
「なんかめんどくさいよな」
「夏也、おまえ……」
「まあ、ちょっとだけどな。別に茉莉のことは嫌いじゃねぇけど、会えば暗い顔されるとか、……気が滅入るよ」
「藤本さんはよっぽど結婚したいんだろうなぁ。まあ、30過ぎても結婚する気がないなら別れようって思う女性がいても不思議じゃないとは思うけど、俺は」
夏也は考え込むようにあごに手をあてる。
「やっぱり別れたいんだろうなぁ、茉莉。別れるぐらいなら結婚しようかとも思うけどよ、でもなんか、今じゃないんだよなー」
「藤本さんとちゃんと話し合った方がいいんじゃないか?」
「だからそれがめんどくせぇって話。どうしたら前みたいに戻れるかなぁってさ」
「結婚するしかないだろー」
石黒は観念しろ、と夏也の肩を叩く。
「結婚……、結婚なぁー」
「おまえ昔から束縛されるの嫌いだったもんなー。結婚したらきっと、もっとわずらわしいことは増えるぜ」
「……だよな。やっぱ無理だわ、俺。付き合ってるだけでいいわ」
「それじゃあ、藤本さんは納得しないんじゃないのか?」
石黒の言葉に夏也は気むずかしげに眉をひそめたが、タバコを灰皿に入れて歩き出す。
「説得するさ。茉莉ならわかってくれる」
「長く付き合ってるとそういう自信が湧くもんなんだなぁ」
感心した様子で石黒は言うと、先を行く夏也のあとを追いかけていった。
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