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冗談で?
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「別れる気はない?」
「別れるとか別れないとか、簡単に決められたら悩みません」
「それもそうだ。悩むところも君のいいところだ」
「褒めてくれてるんですね」
もちろん、と郁さんはほほえむ。
「彼氏との関係を悩み、修復しようとしてる女性だからこそ、君は魅力的なんだと思う」
「意味がわかりません」
「相手の気持ちを大事にしたいから悩むんだろう? うまくいかないからって簡単に別れる女性よりは、君は誠実だよ」
「買いかぶりすぎです。今は夏也との結婚はあきらめてます」
小さく息をつく。
「今は、か」
郁さんも静かに私の言葉を、ぽつりと繰り返す。
「でもこのまま付き合ってても、この先も結婚できないんじゃないかって思って。だから夏也と一緒にいるのがいやだなって思ったりして、……めんどくさい女なんです」
「めんどくさいとは俺は思わないけどね。自分の幸せも考えられる素敵な女性だと思う」
「郁さんは私みたいな重たい女と付き合ったことがないからそんなこと言うんです」
「ああ、ないね。会う時間がないと、仕事の方が大事なんだろうと離れていく女性とばかり付き合ってきたからね。ある意味、彼女たちも俺とじゃ幸せな結婚生活は送れないと思ったのかもしれないな」
そんなこと考えたこともなかったが、と郁さんは笑う。
「彼女たち、とか複数形で言うのやめてくれませんか。俺はモテる、って自慢してるみたいです」
「事実だよ。でもそろそろ、俺も結婚したいなとは思う」
「意外です。あ、コーヒー淹れますね」
終業を知らせるチャイムが鳴り、私は腰を浮かす。
無駄話をして仕事を終えるのは気が引けた。そんなこと言ったら、郁さんは真面目すぎると笑うのかもしれないけれど。
コーヒーメーカーの前に立ち、紙コップを用意していると、郁さんもやってくる。
私の淹れるコーヒーじゃお気に召しませんか? なんて、減らず口を叩こうかと考えていると、郁さんは言う。
「俺も30過ぎたからね、結婚したくもなった。年齢で決めるのはおかしいのかもしれないけどね」
さっきの話の続きのようだ。
「おかしくはないです。私なんて、本当は仕事を辞めたくて、夏也と結婚したいって思ったんです。だから夏也に断られても仕方なくて」
「仕事やめたいの?」
「あ、今はやめたくないです。郁さんとの仕事はやりがいがあるし、毎日が楽しいので」
「俺と結婚すれば、たとえ仕事をやめても毎日一緒にいられるよ」
コーヒーメーカーのスイッチを押そうとしていた指が止まる。
今、なんて?
「仕事が嫌になって結婚したがるようなわがままで、思うようにならないと落ち込んだりして重くなる女性と付き合ってみたい」
「……」
「仕事のできる女性は好きだし、俺も君といると楽しい」
驚いて言葉が出ない。
郁さんを見上げたら、私を見下ろす切れ長の瞳に嘲笑は浮かんでなかった。
「君の悩みを増やして悪いとは思う」
全然悪いと思っていないような優しい表情の郁さんの大きな手が、私の後ろ頭を支える。
わずかにかがむ郁さんに驚いて後ろに下がろうとすると腰を抱かれた。
「えっ……、あのっ」
「今日のことは後悔しなくていい」
そうささやいた郁さんの唇が落ちてくる。
腰を支える腕に力が込められると同時に触れ合った唇はひどく優しい。
「郁さん……」
ほんの少し触れただけのキス。うつむこうとすると、鼻先をかすめた唇がふたたび私の口をふさぐ。
今度は強く重ねられた。しっかりと後ろ頭をつかまれて逃れられない。でも、それは言い訳だ。
いやだと言える余裕はあった。それでもその言葉は出てこなかった。
唇を割る温かな舌が私の口内に優しく触れていく。そして深いキスは長く続く。
郁さんの胸元をつかむ指が震える。しびれるようなキスが私から力を奪う。それでも力をふり絞って、ようやく胸を押す。
「冗談はやめてください……」
からかうにも程がある。だけど受け入れていた私自身に羞恥心が湧く。
「冗談ですると思う?」
「だっていつも郁さんは私をからかって……」
「君の身体をもてあそぶようなからかいはしないよ」
郁さんはちょっと笑って、私のほおを優しくなでる。
「茉莉……、彼氏と別れてくれないか。俺は彼氏に負けないぐらい君が好きだし、君となら結婚したいと思ってる」
それも冗談?
そう思ったけど、真剣なまなざしを見たら冗談なんかじゃないと気づいた。
「私たちの立場、わかってて言ってますか……?」
申し訳なさそうに眉を寄せる郁さんが涙でにじむが、彼がすぐに強く抱きしめてくれたから、涙はこぼれ落ちなかった。
郁さんに愛されてる。
そんな風に本気で思ってしまうぐらい、彼の腕は温かくて優しかった。
「別れるとか別れないとか、簡単に決められたら悩みません」
「それもそうだ。悩むところも君のいいところだ」
「褒めてくれてるんですね」
もちろん、と郁さんはほほえむ。
「彼氏との関係を悩み、修復しようとしてる女性だからこそ、君は魅力的なんだと思う」
「意味がわかりません」
「相手の気持ちを大事にしたいから悩むんだろう? うまくいかないからって簡単に別れる女性よりは、君は誠実だよ」
「買いかぶりすぎです。今は夏也との結婚はあきらめてます」
小さく息をつく。
「今は、か」
郁さんも静かに私の言葉を、ぽつりと繰り返す。
「でもこのまま付き合ってても、この先も結婚できないんじゃないかって思って。だから夏也と一緒にいるのがいやだなって思ったりして、……めんどくさい女なんです」
「めんどくさいとは俺は思わないけどね。自分の幸せも考えられる素敵な女性だと思う」
「郁さんは私みたいな重たい女と付き合ったことがないからそんなこと言うんです」
「ああ、ないね。会う時間がないと、仕事の方が大事なんだろうと離れていく女性とばかり付き合ってきたからね。ある意味、彼女たちも俺とじゃ幸せな結婚生活は送れないと思ったのかもしれないな」
そんなこと考えたこともなかったが、と郁さんは笑う。
「彼女たち、とか複数形で言うのやめてくれませんか。俺はモテる、って自慢してるみたいです」
「事実だよ。でもそろそろ、俺も結婚したいなとは思う」
「意外です。あ、コーヒー淹れますね」
終業を知らせるチャイムが鳴り、私は腰を浮かす。
無駄話をして仕事を終えるのは気が引けた。そんなこと言ったら、郁さんは真面目すぎると笑うのかもしれないけれど。
コーヒーメーカーの前に立ち、紙コップを用意していると、郁さんもやってくる。
私の淹れるコーヒーじゃお気に召しませんか? なんて、減らず口を叩こうかと考えていると、郁さんは言う。
「俺も30過ぎたからね、結婚したくもなった。年齢で決めるのはおかしいのかもしれないけどね」
さっきの話の続きのようだ。
「おかしくはないです。私なんて、本当は仕事を辞めたくて、夏也と結婚したいって思ったんです。だから夏也に断られても仕方なくて」
「仕事やめたいの?」
「あ、今はやめたくないです。郁さんとの仕事はやりがいがあるし、毎日が楽しいので」
「俺と結婚すれば、たとえ仕事をやめても毎日一緒にいられるよ」
コーヒーメーカーのスイッチを押そうとしていた指が止まる。
今、なんて?
「仕事が嫌になって結婚したがるようなわがままで、思うようにならないと落ち込んだりして重くなる女性と付き合ってみたい」
「……」
「仕事のできる女性は好きだし、俺も君といると楽しい」
驚いて言葉が出ない。
郁さんを見上げたら、私を見下ろす切れ長の瞳に嘲笑は浮かんでなかった。
「君の悩みを増やして悪いとは思う」
全然悪いと思っていないような優しい表情の郁さんの大きな手が、私の後ろ頭を支える。
わずかにかがむ郁さんに驚いて後ろに下がろうとすると腰を抱かれた。
「えっ……、あのっ」
「今日のことは後悔しなくていい」
そうささやいた郁さんの唇が落ちてくる。
腰を支える腕に力が込められると同時に触れ合った唇はひどく優しい。
「郁さん……」
ほんの少し触れただけのキス。うつむこうとすると、鼻先をかすめた唇がふたたび私の口をふさぐ。
今度は強く重ねられた。しっかりと後ろ頭をつかまれて逃れられない。でも、それは言い訳だ。
いやだと言える余裕はあった。それでもその言葉は出てこなかった。
唇を割る温かな舌が私の口内に優しく触れていく。そして深いキスは長く続く。
郁さんの胸元をつかむ指が震える。しびれるようなキスが私から力を奪う。それでも力をふり絞って、ようやく胸を押す。
「冗談はやめてください……」
からかうにも程がある。だけど受け入れていた私自身に羞恥心が湧く。
「冗談ですると思う?」
「だっていつも郁さんは私をからかって……」
「君の身体をもてあそぶようなからかいはしないよ」
郁さんはちょっと笑って、私のほおを優しくなでる。
「茉莉……、彼氏と別れてくれないか。俺は彼氏に負けないぐらい君が好きだし、君となら結婚したいと思ってる」
それも冗談?
そう思ったけど、真剣なまなざしを見たら冗談なんかじゃないと気づいた。
「私たちの立場、わかってて言ってますか……?」
申し訳なさそうに眉を寄せる郁さんが涙でにじむが、彼がすぐに強く抱きしめてくれたから、涙はこぼれ落ちなかった。
郁さんに愛されてる。
そんな風に本気で思ってしまうぐらい、彼の腕は温かくて優しかった。
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