たとえ一緒になれなくても

水城ひさぎ

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朝になったら

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「茉莉、あんまりあそこに郁と行かない方がいいぞ」

 仁さんはコピー済みの書類を持ってくるなり、私に耳打ちする。

「あそこ、ですか?」

 仁さんが指さす方を見てサッとほおは赤らむが、次の彼の言葉で正反対に青ざめる。

「打ち合わせ室。コーヒーメーカーのある場所さ、オフィスから死角なんだよ。あらぬことをする時はあそこに行くってうわさが立つ場所だからさ」
「あ、あ、あらぬって……!」

 そして、また顔は真っ赤になる。

 一週間も前のことがうわさされてるんじゃないかと思って。

 仁さんは「しっ!」っと人差し指を唇に立て、私の隣のデスクに無断で腰かける。

「茉莉は覚えてないかなー、入社した頃にいた部長と営業担当の話」
「入社したときの部長ですか?」

 首をひねる。部長のことは覚えているが、たしか半年後には異動になり、どんな人だったかまでは覚えていない。

「やっぱり覚えてないかー。部長がさ、あそこにコーヒーメーカー設置したんだよ。好きな子を射止めるために」
「えっ! ……そんなことありますか?」
「あるある。高嶺の花だったからなぁー、あの営業担当の子。めちゃくちゃ美人でさ、部長がなんとしてもって、あそこでアプローチしまくってたんだよ」

 仁さんは当時を思い出すのか、にやにやする。

「それで、部長とその方はどうなったんですか?」
「結婚したよ。そんなこともあって、ある意味あそこは聖地呼ばわり。だからってあそこでいちゃつくとそれはそれで問題ありだからな。変なうわさ立てられるから気をつけろよ」
「変なうわさ、あるんですか?」

 ちょっと心配になって尋ねると、仁さんはきょとんとする。

「ないよ。ちょっと前に郁とふたりでいただろ。だから忠告。まさか、なんかあった?」
「あるわけないじゃないですか。郁さんが私なんか相手にすると思いますか?」

 即座に否定したが、仁さんはすんなりうなずく。

「思うよ」
「は?」

 目を見開くと、仁さんはくすりと笑う。

「茉莉は郁のタイプじゃなさそうだけどさ、そのわりに郁がやたらとかまうから、それはそれでまさかなーとは思ってるよ」
「やめてください。郁さんとは上司と部下の関係でしかないですから」
「そうムキになるなよ。郁だって茉莉の立場はわかってるだろ」

 そう言われたら、ほおがひくつく。

 立場がわかってるとは到底思えないが、そんなことも言えない。

 仁さんが何か言いかけるが、後ろから肩を叩かれて彼もまた口をつぐむ。

 私は険しい表情のまま仁さんの後ろに立つ青年を見上げる。

「俺が何だって? コピーできたら俺に回してくれよ、仁」

 そう言って、郁さんはいつもと変わらず憎らしいぐらい冷静に、私のデスクに置かれた書類を持ち上げた。
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