たとえ一緒になれなくても

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朝になったら

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「茉莉、乗っていくか?」

 大通りを駅に向かって歩いていると声をかけられた。

 振り返ってみるが、後ろには誰もいない。

 すると「こっちだ、こっち」と、路肩に横付けした車の助手席の窓から、ちょこっと郁さんが顔を出している。

「車通勤なんですね」

 そう言って助手席を覗くと、郁さんが苦笑する。

「いまさら気付いた?」
「車で来るほどの距離じゃないですし」
「まあ、それはね。それより乗って。話もあるしね」

 内側から助手席のドアが開けられる。

「話さないとダメですか?」
「もちろん。最近彼氏には会ってる?」
「あー、そういうこと大きい声で言うのはやめてください」
「じゃあ乗って」

 しぶしぶ助手席に乗り込むが、内心は郁さんと一緒にいることに抵抗がない。

 郁さんと付き合うとかそんなことは考えてないけれど、交際の申し込みをお断りするということも考えてない私がいる。

「正直落ち込んでるんだ」

 すぐに車を発進させた郁さんは元気なさげに言う。

「落ち込む? 仕事で何かありましたか?」
「君のことで落ち込んでるんだよ」

 小さく苦笑いする郁さんの横顔はひどく綺麗で、思わず見惚れる。

 こうして近くにいるのに、彼はなぜだか遠い人のようにも思える。

 憧れているだけでいい。

 そう思わせるほど、郁さんは完璧に美しい男性だった。

「正直私も、郁さんが私を好きだとか信じられなくて」
「だからか。そっけない態度を取るから、なかったことにされたのかと思ってたよ」
「なかったことでいいんです」

 現実味がまったくない告白に、返事をするという考えもなかった。そのことにようやく気づく。

「それは困る。俺は俺で、真剣に悩んで君に思いを告げたんだ」
「夏也とは別れませんから」
「別れられないんじゃなくて、別れる気がない?」

 駅前を過ぎると、人混みから急に遠ざかる。

 大通りを外れ、住宅街を走る郁さんの車は、コンビニの駐車場に入って停車した。

 私は沈黙する。

 夏也とのことは郁さんには関係ない。
 郁さんに言われて夏也と別れる気はない。

 いろんな言葉が頭の中に浮かぶけど、どれも的確ではない気がして、郁さんに言える言葉が見つからない。

「最初の質問に戻るけど、彼氏とは会ってる?」

 フロントガラスを見つめる私の肩に触れた郁さんの方へ視線を動かす。

 見つめ合うのは怖い。

 簡単にキスができる距離で、無言になるのもよくない。

「あれから夏也には会ってないです。でも明日は会います」

 スッと目をそらすと、郁さんは「そうか」と息をもらす。

「茉莉……」

 郁さんの大きな手が、ひざの上の私の手を握りしめる。

「あさっての予定は?」
「あさっては仁さんと会うんです」
「仁?」

 郁さんの手にぎゅっと力がこもり、私の手が熱くなる。

「仁さん、いろいろ心配してくれて。久しぶりに飲みに行こうって」
「そう。わかった」

 郁さんはあっさりとそう言って、私から手を離す。

「俺はずっと、君が困ったときには一番そばで心配できる男になりたいんだ」

 それだけは覚えていて、と郁さんが私にほほえみかけるから、胸が熱くなる。

 甘えたくなるからやめてください。

 それは言葉にならなかった。

 涙がこみ上げてくるのをこらえた私は、うつむいて小さくうなずくしかできなかった。
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