たとえ一緒になれなくても

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朝になったら

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 夏也の指が私のあごをすくい上げる。

「茉莉は溺れてりゃいいんだ」

 夏也に夢中だったころが懐かしい。
 夏也に抱かれていたら幸せだった日々が懐かしい。

 それが正しかったのかはわからないけれど、たしかに私は今まで幸せだった。

 夏也が唇を寄せてくる。

「結婚したいって……」
「あ?」

 顔を背ける。キスするのはいやだった。

「結婚したいって言ってくれてる人がいるの」

 目を伏せたら、ひざの上で握られた夏也のこぶしが見えた。

「私にはもったいないぐらいの人だけど、信じてもいいかなとは思ってるの」
「結婚できる男に乗り換えたいって?」
「少しは未来のある人と付き合いたい……」
「俺が好きならそれでいいだろ? 俺と未来がないなんて決めつけるなよ」

 夏也に両腕をつかまれる。腕に食い込む指が痛い。

「そんなに想ってくれるなら、どうして結婚するって言ってくれないの?」

 夏也を見上げたら、涙がツーっとほおを滑り落ちる。

「思ってないこと言われてまで安心したいのかよ」
「したい……、安心したいよ。夏也に捨てられたらどうしようって思いながら過ごすのも、つらいんだよ……」
「茉莉……」

 夏也が優しく私を抱きしめる。

 髪にほおをすりつけ、彼は、ごめん、と小さく言う。

「捨てねぇよ……」

 その言葉の裏付けが欲しいなんて思う方がわがままなのか。そんな風に言われてもまだ、不安がつきまとう。

「夏也……、ごめんね。しばらく……、会えない」
「なんで……」

 私を抱きしめる腕に力がこもる。

「気持ちに整理がつくまで、会えない」
「整理がついたら、答えは何? 別れるって言い出すんだろ」
「大事なことだから悩んでるの」
「悩むことなんてねぇよ」

 夏也がいきなり私を抱き上げる。

 宙に浮いた足をばたつかせた。夏也を拒もうとするなんて初めてだった。だから夏也もいらだって、私をベッドに投げ出すといきなりかぶさってきた。

「いやっ! ……やめ……っ」

 キスをされそうになり、顔をそらす。

「抵抗するとか、ありえねぇだろ」

 両手でほおをはさまれ、いらだつ夏也にそのままキスされた。

 ああ……、いやだ……。

 ぎゅっとまぶたを閉じたら郁さんの顔が浮かんだ。

 激しさの中に優しさのあったキスの感触が、荒々しいキスにおかされていくみたいだった。

 夏也が好きなのに……。
 どうしてこんな気持ちになるのだろう。

「茉莉……、泣くなよ……」

 無意識にこぼれ落ちる涙を夏也が指で何度もぬぐう。

 それでも涙は止まらないし、夏也の意思は曲がらない。

「結婚するなんて嘘でも言わねぇ。そんな簡単な言葉にだまされて俺と別れるなら、茉莉はバカだよ」
「嘘はつかない人だよ……」

 郁さんは嘘は言わない。
 信用できる。

 何を根拠に? と言われても、感じることだから言葉にはできない。

「彼氏のいる女に手を出すってだけでも信用できねぇ男だろ」
「……」
「俺にしとけよ、茉莉」
「……夏也といて幸せになれるなら一緒にいたいよ」

 結婚がすべてじゃない。だけど、私の気持ちに寄り添わない夏也と付き合っていていいのか不安になるのも事実だった。

 これから先もずっと、この関係は続く。

 夏也の思い通りの人生に、私は振り回されていくんじゃないか、そんな風に考えてしまう。

「そう思うなら、離れるな」

 夏也の言葉は力強いのに、どうしても目の前に広げられた両腕に飛び込むことができなかった。
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