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朝になったら
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「話ってなんですか?」
聞くだけ聞いて帰そう。そうじゃないと郁さんの身体も心配で、私から話を促す。
「きのう彼氏には会った?」
郁さんはストレートだ。
それを聞きたくて今日は来たのだろう。
「はい、会いました」
納得しないと帰らないだろうから、私もすぐにうなずいた。
すると郁さんは私に身体を寄せて、親指で私の唇に触れる。
「キスはした?」
切なそうに眉をひそめる郁さんの頼りない瞳に胸がどきりとする。
私の瞳も揺れた。
答えはそれでじゅうぶんだったみたいだ。
「あたりまえだから気にしてない」
そんなこと言いながら目を伏せる彼は傷ついている。
「郁さんのキス……、もう忘れちゃいましたから」
郁さんはゆっくり顔をあげ、眉をひそめたまま私を見つめる。
「忘れられてよかったんだと思ってます」
「茉莉……」
「迷ってるなんて、夏也にも郁さんにも失礼ですよね」
「迷う余地はある?」
向かい合う郁さんは、うつむく私のほおを両手でそっと包み込む。
どうしてだろう。
郁さんに優しく触れられるだけで泣きたくなる。
「私、ずるいってわかってます」
「君のどこがずるい?」
「彼の気が変わって、もし結婚したいって言ってくれたら、絶対、私……夏也を選びます」
「好きな気持ちは彼氏の方が上か」
うなずいたら、涙がこぼれた。
夏也に会えば、触れられたくないって身体は拒絶するのに、好き、って気持ちだけが居残りしてるみたい。
「夏也と別れることになっても、きっとずっと嫌いになれない……」
両手に顔をうずめる。
夏也を思うとこんなにも苦しい。
それでも、とめどなくあふれる涙をぬぐってくれるのが夏也じゃなくて悲しい。
「郁さんを好きになれたらよかったのに……」
「まだこれからだろう」
「夏也と別れられないのに、郁さんとは付き合えないです」
「別れられないなんて思い込んでるだけだよ、君は」
郁さんに優しく抱きしめられる。
彼の胸に鼻先をうずめたら、肩の力が抜けてまた涙があふれてくる。
「情が残ってるだけだろう。長く付き合うとそういうこともある」
「郁さんもそういう経験あるの……?」
「俺はないね。長く付き合ったことがない」
しれっと言うから、涙は流れるのに笑ってしまう。
「結婚したら、ずっと付き合わないといけないんですよ?」
「君となら大丈夫だよ。根拠はないけどね、そう思う」
「どうしてそんな風に言えるんですか」
「そう言える相手だからだよ。こんな風に思える女性に出会ったのははじめてだから」
郁さんの常套句は軽々しくも思えるのに、安易な言葉で安心してしまう私がいる。
「郁さんが結婚しようって言ってくれたら簡単に信じちゃいます。そのぐらい、誰とってことより、結婚がしたいって思ってる私とはうまくいかないかもって思って」
「信じたらいい。君が悩んでることは全部承知で結婚しようって話してるんだよ、俺は」
髪をなでてくれる郁さんの手のひらが温かい。抱きしめてくれる腕も優しくて。居心地のよさに、まぶたがとろんと落ちてくる。
「子どもみたいだな、君は」
小さく笑う郁さんの声が頭上で聞こえたときには、温かな腕の中で意識が遠のいていくのを感じた。
聞くだけ聞いて帰そう。そうじゃないと郁さんの身体も心配で、私から話を促す。
「きのう彼氏には会った?」
郁さんはストレートだ。
それを聞きたくて今日は来たのだろう。
「はい、会いました」
納得しないと帰らないだろうから、私もすぐにうなずいた。
すると郁さんは私に身体を寄せて、親指で私の唇に触れる。
「キスはした?」
切なそうに眉をひそめる郁さんの頼りない瞳に胸がどきりとする。
私の瞳も揺れた。
答えはそれでじゅうぶんだったみたいだ。
「あたりまえだから気にしてない」
そんなこと言いながら目を伏せる彼は傷ついている。
「郁さんのキス……、もう忘れちゃいましたから」
郁さんはゆっくり顔をあげ、眉をひそめたまま私を見つめる。
「忘れられてよかったんだと思ってます」
「茉莉……」
「迷ってるなんて、夏也にも郁さんにも失礼ですよね」
「迷う余地はある?」
向かい合う郁さんは、うつむく私のほおを両手でそっと包み込む。
どうしてだろう。
郁さんに優しく触れられるだけで泣きたくなる。
「私、ずるいってわかってます」
「君のどこがずるい?」
「彼の気が変わって、もし結婚したいって言ってくれたら、絶対、私……夏也を選びます」
「好きな気持ちは彼氏の方が上か」
うなずいたら、涙がこぼれた。
夏也に会えば、触れられたくないって身体は拒絶するのに、好き、って気持ちだけが居残りしてるみたい。
「夏也と別れることになっても、きっとずっと嫌いになれない……」
両手に顔をうずめる。
夏也を思うとこんなにも苦しい。
それでも、とめどなくあふれる涙をぬぐってくれるのが夏也じゃなくて悲しい。
「郁さんを好きになれたらよかったのに……」
「まだこれからだろう」
「夏也と別れられないのに、郁さんとは付き合えないです」
「別れられないなんて思い込んでるだけだよ、君は」
郁さんに優しく抱きしめられる。
彼の胸に鼻先をうずめたら、肩の力が抜けてまた涙があふれてくる。
「情が残ってるだけだろう。長く付き合うとそういうこともある」
「郁さんもそういう経験あるの……?」
「俺はないね。長く付き合ったことがない」
しれっと言うから、涙は流れるのに笑ってしまう。
「結婚したら、ずっと付き合わないといけないんですよ?」
「君となら大丈夫だよ。根拠はないけどね、そう思う」
「どうしてそんな風に言えるんですか」
「そう言える相手だからだよ。こんな風に思える女性に出会ったのははじめてだから」
郁さんの常套句は軽々しくも思えるのに、安易な言葉で安心してしまう私がいる。
「郁さんが結婚しようって言ってくれたら簡単に信じちゃいます。そのぐらい、誰とってことより、結婚がしたいって思ってる私とはうまくいかないかもって思って」
「信じたらいい。君が悩んでることは全部承知で結婚しようって話してるんだよ、俺は」
髪をなでてくれる郁さんの手のひらが温かい。抱きしめてくれる腕も優しくて。居心地のよさに、まぶたがとろんと落ちてくる。
「子どもみたいだな、君は」
小さく笑う郁さんの声が頭上で聞こえたときには、温かな腕の中で意識が遠のいていくのを感じた。
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