たとえ一緒になれなくても

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朝になったら

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 それはさわやかな朝だった。

 楽しいお酒はこんなにも目覚めのよい朝を呼んでくれるのかと思うほど。

 ベッドサイドで時を刻む置き時計は朝の7時を指している。

 今日は日曜日だ。
 もう少しこの気持ちよい朝にまどろんでいようと寝返りをうった私は、次の瞬間にはあまりの衝撃に目を見開き、飛び起きていた。

「あ、あ、あ、い、郁さん……っ?」
「あー、朝から元気がいいな……」

 わなわなと唇を震わせる私の手をさぐり取った郁さんは、もう片方の手をひたいにあて、眠たそうに眉間にしわを寄せる。

 そしてゆっくりとまぶたを上げ、ベッドの上でぼうぜんと上半身を起こす私を、やたらと上下に視線を動かして眺めてくる。

 そのうっとりとした表情と、柔らかそうに乱れる黒髪がやけに色っぽい。

「なんでいるんですか。か、帰ってくださいって言ったはずですっ」
「うん。まあでも、茉莉は寝てしまうし、俺も眠たくてね」

 そう言って私のお腹に顔をうずめてくる郁さんを見下ろした私は、「ああっ!」と悲鳴をあげる。

「やだっ!」

 バッと両腕で胸元を隠す。何も身につけてなくて、蒼白になる。

 さっきの郁さんの視線の意味を知ったら、全身から火がふき出る。

「あんまり綺麗だから見惚れた。そんな姿見せられたら、誰だって帰りたくなくなるよ」
「ぬ、脱がせておいて、それはないです」
「失敬だな。脱がせてないよ」

 郁さんはふてくされたように言って、身体を起こす。

「じゃあ、なんで郁さんまで裸なんですかっ」

 シーツの中から現れた郁さんの身体が直視できず、顔をそむける。

 さっきから心臓がばくばくいって鳴り止まない。

 酔った勢いで抱かれた?
 いや、なにがなんでも抱かれたら気づくはず。

「素肌を合わせたら気持ちいいだろう?」
「は……? なにを言ってるんですか」
「結婚する前にカラダの相性を確かめておくのは大事だと思うよ」

 いやな予感がして身を引く前に、郁さんに抱きすくめられる。

 郁さんの胸にほおがあたり、冷静そうな彼からは想像もつかないほどドクドクと早鐘を打つ鼓動が、こまくを揺らしてくる。

「ほんとに何もしてないんですか……?」
「ああ。眠った君をベッドに連れてきたのも俺じゃない」

 首すじに郁さんの鼻先がうずまる。匂いをかぐような呼吸に恥ずかしさが募る。

「お、お風呂入らなきゃ」

 突き放そうと彼の胸にあてた腕を突っぱねてみるが、びくともしない。

「眠ったと思ったらいきなり起きて、自分でシャワー浴びてたよ。バスルームから出てきた君がはだかで驚いたのは俺の方だ」
「ああ……」

 恥ずかしい、と手のひらで顔を覆う。酔ってそんなこともしてしまった過去はある。

「そのまま自分でベッドに入って寝てしまったからね。俺もシャワー借りて寝たんだ」

 こともなげに郁さんは言って身の潔白を証明しているようだが、この状況ではどんな言葉も言い訳になってしまう。

「郁さんを泊めてしまったことは、彼を裏切ったのと同じだってわかってるんですか……?」

 どうして帰ってくれなかったのかと、郁さんを責めるように言ってしまって落ち込む。

 何が起きたって私の責任なのに。

 でも違う。ほんとうは何が起きてもかまわない気持ちがあったから、彼をアパートにあげた。

 そうなってもいいって気持ちがわずかでもあったから……。

「裏切りついでに抱き合ってみればいい。眠る君を抱くことはいくらでもできたよ。でもそうしなかったのは、朝になったら抱こうと決めてたからだ」

 ベッドに倒されて、郁さんがかぶさってくる。

「郁さん……」
「ん。わかってる。わかってるよ、茉莉」

 さとすように優しくささやいて、罪悪感はもたなくてもいいなんて、甘えたことを私に許す彼の言葉は、少なくとも踏み出せないでいる私の背中を押す。

「郁さん……、何があっても今日のこと、責めたりしません……」

 郁さんの背中に腕を回す。

 細身なのは夏也と変わらないけど、全然違う。匂いも感触も違う。

 夏也じゃないんだって意識したら緊張する。

 まして、郁さんとだなんて実感がわかない。

「ああ、いいんだ。茉莉がもう泣かなくてすむなら、全部を背負う覚悟はしてるよ」
「郁さん……」

 彼の名を呼んだ唇は、ゆっくり降りてきた唇にふさがれた。

 ああ、もうどうなってもいい。

 そう思ってしまうほどの甘い口づけは、私の身体も心も簡単に開いていった。
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