たとえ一緒になれなくても

水城ひさぎ

文字の大きさ
54 / 58
たとえ一緒になれなくても

9

しおりを挟む


 仕事を終え、郁さんと一緒にオフィスを出る。

 変に外で待ち合わせしない方があやしまれない、という郁さんの持論だが、きっと彼は社内でうわさされてもかまわないと思っている。だから常に堂々としていて、彼の愛情を感じることができている。

 夏也が会いに来たかもしれない。

 それを郁さんに伝えるべきだろうか。でもそんなことは、彼にとっては取るに足らない問題かもしれない。

 私たちが幸せであればいい。そんな風に考える人のような気がする。

「また考え事してるね。昨日あれから、何かあった?」

 遅くに帰宅したのだから何か起こりようもない。

 彼はそれを知ってる。それでももし何か起きたのだとしたら、深夜に私に会いに来れる存在が何かをもたらしたんじゃないかと気にするのは当然のことに思える。

「隠し事は良くないよ」
「別に隠すつもりなんて」
「変な気をつかうとね、何かのきっかけで、なんで相談してくれなかったんだって、俺たちの関係が壊れることもあるよ」
「郁さんは優しすぎます」
「いつも意地悪だというのにね、君は」

 郁さんが笑ったとき、目の前を通り過ぎた青年に目を奪われた。

 ハッと短く息を飲む。そのわずかな呼吸も、郁さんは見逃さなかった。

 彼はすぐさま私の視線を追った。その先にいる青年もまた、二度私を振り返り、アッと声をもらした。

 郁さんは夏也の顔を知っている。だから郁さんも青年が誰であるかすぐに気づいたようだった。

「茉莉っ!」

 青年は私の名を呼ぶと、すぐさま駆け寄ってきた。

 私の心臓はバクバクと急激に大きな音を立て始める。

 郁さんの腕を押した。帰ってください、とばかりに突き放した。それでも郁さんは帰らなかった。そして夏也は私の目の前へとやってきた。

「よかった、茉莉。今日会えなきゃ、電話するつもりだった」

 夏也はそう言って、ちらりと郁さんに視線を動かした。

 少し首をかしげたのを私は見逃さなかった。

 夏也は郁さんをどこかで見たことがあるのだろうか。ふと不安になる。

「今から帰り?」
「あ、うん。帰るよ。夏也も仕事帰り?」

 スーツ姿の夏也を見れば一目瞭然。彼も「見ればわかるだろ」なんて苦笑いしながら、やはり気になるのか、郁さんに視線を動かす。

「あの、上司なの」
「そうか、悪い。ちょっといいか?」
「……うん。行こう、夏也」

 郁さんが帰る気配を見せないから、私は夏也を促す。

 夏也が歩き出す。私もすぐにあとを追おうと郁さんから離れた。

 そのときだった。腕をつかまれて足が止まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...