たとえ一緒になれなくても

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たとえ一緒になれなくても

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「好きな人ができたの。彼とは結婚できなくても付き合いたいって思ってるの。もう、……結婚できるかどうかの問題じゃないんだよ」
「なんでだよ……」

 夏也がこぶしを握る。

 彼には信じられないことだろう。

 絶望する彼を、私はぼんやりと見上げるしかできない。

 わずかなボタンのかけ違いから、私たちの間の溝は大きくなり、取り返しのつかないところまで来てしまっていた。

「もっとはやく決断してたら茉莉は結婚してくれたか?」

 そうかもしれない。

 夏也が私のプロポーズを断らなければ、今頃私たちは結婚に向けて話し合っていたかもしれない。

「ごめんね、夏也」
「今度は俺が茉莉の気持ちが変わるの、待つ番か」
「変わらないよ。それだけはわかるの。だから待たないで……」

 待つつらさも知ってる。

 そう言えば、夏也はくしゃくしゃに顔を歪めた。

「茉莉にずっとこんな気持ちさせてたんだな。ふられても当然だよな」

 小さく息をもらして笑った夏也は、ポケットに手を差し込むと、無言で背を向けて立ち去った。

 ポケットには小さい箱が入っているように見えた。

 このとき私の中に生まれた罪悪感は、一生忘れないだろうと思った。

「茉莉、これでいいんだよ」

 郁さんが私の肩に手を置く。ますます涙があふれてくる。

「郁さん……、よくない。よくないです」
「茉莉……」
「もう仕事以外で会うのやめたいです。こんな気持ちで郁さんと一緒にいるの、だめだと思って」

 それは前から感じていたことだった。

 夏也とは別れたけれど、きっとこの後ろめたい気持ちは続く。

 私たちは出会うのが遅くて、早くもあった。

「そう」

 郁さんは静かにうなずく。

 何か言いたいことを押し殺して、彼はいつもそのひとことですべてを包み込む。

「ほんのちょっとでしたけど、幸せでした。ありがとうございました」
「君はこんな時まで礼儀正しいんだね」

 郁さんはちょっと笑って、駅までは送らせてほしい、と私に願い出た。
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