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第五話 死後に届けられる忘却の宝物
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レストラン『ナカムラ』のシャッターにある貼り紙は、新しくなっていた。
「4/1より営業をはじめます、だそうですよ」
「俺がいなくてもやっていける店なんだから当然だ」
同様に貼り紙を見つめながら、政憲は強がってそう言う。さみしそうな目を見たらわかる。俺がいないと、と気を張ってがんばっていた父の姿が目に浮かぶようだ。
「そうですね。親父は還るべき場所に還らないといけないです」
「もっとはやく帰りたかったよ。嫌いでたまらなかった御影の家にしか、俺の居場所はなかったんだ」
毎夜、死者の魂が行き交う不気味な御影家を出て、レストランオーナーという名の一国一城の主になりたかったのだろう。
俺だって、そういう思いはあったかもしれない。あの家を出るためには金が必要だった。一攫千金を夢見て、俳優を目指したこともあった。それが何よりの証拠だろう。今の春樹も同じだ。
だけど、御影家に生まれた俺たちはみな、結局、あの家へ還るのだ。
「未練は残したらいけませんね。さあ、宝物を見つけ出しましょう」
「見つかったら、もう誠とは話せなくなるな。春樹とも」
「思い出は優しいですよ。大丈夫です」
質素な生活でも、家族四人で暮らした日々には、幸せがあふれていたと思う。その思い出があれば、さみしいという気持ちもいつか、優しい記憶に変わるだろう。
「そうか。つまらない父親だったが、誠がそう言ってくれる男に育ったのは、八枝のおかげだな」
「大事なものに気づかせてくれたのは、千鶴さんかもしれません。彼女は贅沢を望みませんから。今ある小さな幸せを大切にする女性です」
「のろけか?」
あきれ顔の政憲に苦笑すると、彼は「ああ」と何やら思い出して言う。
「彼女の中に先客がいると俺は言ったが、もしかしたらあれは……」
「ええ。そうかもしれません」
「なんだ、気づいてたのか」
彼は拍子抜けする。
「その可能性もあると思っただけです」
「やはり、もう少し長生きしたかったな」
「未練たらたらですね」
くすりと笑ったとき、ガタガタッと何かが崩れる大きな音がして、政憲と顔を見合わせた。
「今の音は……」
「行こう、誠。裏口へはこっちから行けるっ」
そう叫ぶと、政憲はレストラン横の細い通路へ駆け込んでいった。
「どこに行くんだっ、良弥っ。良弥っ!」
裏口へ回ると、ドアが開いて細身の青年が姿を見せた。俺たちに気づいて足を止めた彼を追いかけて、保も飛び出してくる。
ドアの奥では、休憩室のいすがひっくり返っていた。先ほど大きな音がしたのは、それが倒れたためだったのだろう。
「あ……、御影さん」
保は気まずそうに後ろ手にドアを閉めた。中は思いのほか、荒れてるのかもしれない。
「突然申し訳ありません。ちょっとおうかがいしたいことがありまして。お時間よろしいですか?」
一礼して、そう申し出ると、良弥は俺を一瞥して立ち去ろうとする。
葬式で会った時とはずいぶん印象が違った。大人しそうな、というより、冷めた青年だ。どこか殺気立っていて、人見知りでなくとも、話しかけるのは躊躇するかもしれない。
「良弥くんに話があります」
前を通り過ぎようとする彼に向かってそう言うと、彼は足を止めた。
まったく聞く耳を持たないようでもない。反抗期はとっくに過ぎただろうが、冷ややかに俺を見つめる目を見れば、何かに反発して生きてるのかもしれないと思う。人生が面白くない。簡単に言ってしまえば、そんなところだろう。
「良弥に、何を?」
わずかにおびえたように、保が言う。
保と良弥の関係はどういったものだろう。俺は探偵で、依頼さえ解決できれば、調査対象に深入りしない。少なくとも、うまくいってるようには見えない親子の未来まで案じたりしない。
「中村さんは嘘をつきましたね」
そう切り出す。
「何を言うんですか、急に」
あきらかにうろたえる保に淡々と話しかける。
「10年ほど前、父の政憲は小さな小物入れを持って、家を出て行きました。寄木細工の小物入れです。色鮮やかな幾何学模様の入った、父がとても大切にしていた箱です」
俺は平然と嘘をつく。父が大切にしていたものなんて、何も知らなかった。
保はとても正直で、誘導するのは簡単だった。視線を左右に泳がせて、反論しようにも言葉が見つからず、押し黙る。
「父が事故に遭った日、こちらのレストランで窃盗事件があったそうですね。かなりの大金が盗まれたと聞きましたよ」
「警察で聞いたんですか?」
「探偵にも守秘義務がありまして。しかし、信頼のおける情報筋からの有力な情報です」
「御影さんは探偵だったんですか」
保はゆっくりと目を大きく見開いた。
「はい。父の死についていろいろと調べるうち、窃盗事件にたどりつきました。ごまかしても無駄ですよ。騒ぎを大きくしたくないなら、なおさら」
「脅しですか」
「まさか。小物入れを返してもらいたい。それだけです。あなたたち親子に父は世話になりました。感謝はすれど、恨みなどありません。ただ、父が大切にしていたあの箱を返して欲しいんです」
恨みなどない。果たしてそうだろうか。
少なくとも、侵入者と出くわさなければ、父が死ぬことはなかった。
しかし、事故がなければ、父は今も俺たち家族を忘れていただろう。二度と会えないままだった可能性もある。
父が出ていくと言った日、なにがなんでも止めるべきだった。止めなかったのは俺の落ち度で、やはり中村親子を責める理由などないのだろうと思う。
「……あれは、もうない」
保はがっくりと肩を落とす。
「ないとは?」
「ないものはないんだ。悪いが、帰ってくれませんか。俺はずいぶんと政憲に尽くしてきたつもりです。これ以上、政憲にできることはないんです」
政憲は頼りにされる一方、保の重荷だっただろうか。
押し黙るのは、政憲も一緒だった。疲れ切った表情で、俺の後ろにたたずんでいる。
「あれは、川に捨てたよ」
唐突に、良弥が口を開く。
「親父があの箱から金目のものを取り出すところを見たことがあった。売り飛ばしてやろうと思ったのに、空っぽで、腹が立って川に投げてやった」
俺は眉をひそめる。
「どこの川ですか?」
「ちょうど、御影さんが事故に遭った道路の近くだよ。橋から投げた。どうせもう、見つからないと思うけど」
投げやりにそう言うと、良弥は俺たちに関わりたくなさそうに立ち去った。
レストラン『ナカムラ』のシャッターにある貼り紙は、新しくなっていた。
「4/1より営業をはじめます、だそうですよ」
「俺がいなくてもやっていける店なんだから当然だ」
同様に貼り紙を見つめながら、政憲は強がってそう言う。さみしそうな目を見たらわかる。俺がいないと、と気を張ってがんばっていた父の姿が目に浮かぶようだ。
「そうですね。親父は還るべき場所に還らないといけないです」
「もっとはやく帰りたかったよ。嫌いでたまらなかった御影の家にしか、俺の居場所はなかったんだ」
毎夜、死者の魂が行き交う不気味な御影家を出て、レストランオーナーという名の一国一城の主になりたかったのだろう。
俺だって、そういう思いはあったかもしれない。あの家を出るためには金が必要だった。一攫千金を夢見て、俳優を目指したこともあった。それが何よりの証拠だろう。今の春樹も同じだ。
だけど、御影家に生まれた俺たちはみな、結局、あの家へ還るのだ。
「未練は残したらいけませんね。さあ、宝物を見つけ出しましょう」
「見つかったら、もう誠とは話せなくなるな。春樹とも」
「思い出は優しいですよ。大丈夫です」
質素な生活でも、家族四人で暮らした日々には、幸せがあふれていたと思う。その思い出があれば、さみしいという気持ちもいつか、優しい記憶に変わるだろう。
「そうか。つまらない父親だったが、誠がそう言ってくれる男に育ったのは、八枝のおかげだな」
「大事なものに気づかせてくれたのは、千鶴さんかもしれません。彼女は贅沢を望みませんから。今ある小さな幸せを大切にする女性です」
「のろけか?」
あきれ顔の政憲に苦笑すると、彼は「ああ」と何やら思い出して言う。
「彼女の中に先客がいると俺は言ったが、もしかしたらあれは……」
「ええ。そうかもしれません」
「なんだ、気づいてたのか」
彼は拍子抜けする。
「その可能性もあると思っただけです」
「やはり、もう少し長生きしたかったな」
「未練たらたらですね」
くすりと笑ったとき、ガタガタッと何かが崩れる大きな音がして、政憲と顔を見合わせた。
「今の音は……」
「行こう、誠。裏口へはこっちから行けるっ」
そう叫ぶと、政憲はレストラン横の細い通路へ駆け込んでいった。
「どこに行くんだっ、良弥っ。良弥っ!」
裏口へ回ると、ドアが開いて細身の青年が姿を見せた。俺たちに気づいて足を止めた彼を追いかけて、保も飛び出してくる。
ドアの奥では、休憩室のいすがひっくり返っていた。先ほど大きな音がしたのは、それが倒れたためだったのだろう。
「あ……、御影さん」
保は気まずそうに後ろ手にドアを閉めた。中は思いのほか、荒れてるのかもしれない。
「突然申し訳ありません。ちょっとおうかがいしたいことがありまして。お時間よろしいですか?」
一礼して、そう申し出ると、良弥は俺を一瞥して立ち去ろうとする。
葬式で会った時とはずいぶん印象が違った。大人しそうな、というより、冷めた青年だ。どこか殺気立っていて、人見知りでなくとも、話しかけるのは躊躇するかもしれない。
「良弥くんに話があります」
前を通り過ぎようとする彼に向かってそう言うと、彼は足を止めた。
まったく聞く耳を持たないようでもない。反抗期はとっくに過ぎただろうが、冷ややかに俺を見つめる目を見れば、何かに反発して生きてるのかもしれないと思う。人生が面白くない。簡単に言ってしまえば、そんなところだろう。
「良弥に、何を?」
わずかにおびえたように、保が言う。
保と良弥の関係はどういったものだろう。俺は探偵で、依頼さえ解決できれば、調査対象に深入りしない。少なくとも、うまくいってるようには見えない親子の未来まで案じたりしない。
「中村さんは嘘をつきましたね」
そう切り出す。
「何を言うんですか、急に」
あきらかにうろたえる保に淡々と話しかける。
「10年ほど前、父の政憲は小さな小物入れを持って、家を出て行きました。寄木細工の小物入れです。色鮮やかな幾何学模様の入った、父がとても大切にしていた箱です」
俺は平然と嘘をつく。父が大切にしていたものなんて、何も知らなかった。
保はとても正直で、誘導するのは簡単だった。視線を左右に泳がせて、反論しようにも言葉が見つからず、押し黙る。
「父が事故に遭った日、こちらのレストランで窃盗事件があったそうですね。かなりの大金が盗まれたと聞きましたよ」
「警察で聞いたんですか?」
「探偵にも守秘義務がありまして。しかし、信頼のおける情報筋からの有力な情報です」
「御影さんは探偵だったんですか」
保はゆっくりと目を大きく見開いた。
「はい。父の死についていろいろと調べるうち、窃盗事件にたどりつきました。ごまかしても無駄ですよ。騒ぎを大きくしたくないなら、なおさら」
「脅しですか」
「まさか。小物入れを返してもらいたい。それだけです。あなたたち親子に父は世話になりました。感謝はすれど、恨みなどありません。ただ、父が大切にしていたあの箱を返して欲しいんです」
恨みなどない。果たしてそうだろうか。
少なくとも、侵入者と出くわさなければ、父が死ぬことはなかった。
しかし、事故がなければ、父は今も俺たち家族を忘れていただろう。二度と会えないままだった可能性もある。
父が出ていくと言った日、なにがなんでも止めるべきだった。止めなかったのは俺の落ち度で、やはり中村親子を責める理由などないのだろうと思う。
「……あれは、もうない」
保はがっくりと肩を落とす。
「ないとは?」
「ないものはないんだ。悪いが、帰ってくれませんか。俺はずいぶんと政憲に尽くしてきたつもりです。これ以上、政憲にできることはないんです」
政憲は頼りにされる一方、保の重荷だっただろうか。
押し黙るのは、政憲も一緒だった。疲れ切った表情で、俺の後ろにたたずんでいる。
「あれは、川に捨てたよ」
唐突に、良弥が口を開く。
「親父があの箱から金目のものを取り出すところを見たことがあった。売り飛ばしてやろうと思ったのに、空っぽで、腹が立って川に投げてやった」
俺は眉をひそめる。
「どこの川ですか?」
「ちょうど、御影さんが事故に遭った道路の近くだよ。橋から投げた。どうせもう、見つからないと思うけど」
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