甘い生活に取り憑かれてます

水城ひさぎ

文字の大きさ
79 / 84
第五話 死後に届けられる忘却の宝物

13

しおりを挟む



 レストラン『ナカムラ』のシャッターにある貼り紙は、新しくなっていた。

「4/1より営業をはじめます、だそうですよ」
「俺がいなくてもやっていける店なんだから当然だ」
 
 同様に貼り紙を見つめながら、政憲は強がってそう言う。さみしそうな目を見たらわかる。俺がいないと、と気を張ってがんばっていた父の姿が目に浮かぶようだ。

「そうですね。親父はかえるべき場所に還らないといけないです」
「もっとはやく帰りたかったよ。嫌いでたまらなかった御影の家にしか、俺の居場所はなかったんだ」

 毎夜、死者の魂が行き交う不気味な御影家を出て、レストランオーナーという名の一国一城の主になりたかったのだろう。

 俺だって、そういう思いはあったかもしれない。あの家を出るためには金が必要だった。一攫千金を夢見て、俳優を目指したこともあった。それが何よりの証拠だろう。今の春樹も同じだ。

 だけど、御影家に生まれた俺たちはみな、結局、あの家へ還るのだ。

「未練は残したらいけませんね。さあ、宝物を見つけ出しましょう」
「見つかったら、もう誠とは話せなくなるな。春樹とも」
「思い出は優しいですよ。大丈夫です」

 質素な生活でも、家族四人で暮らした日々には、幸せがあふれていたと思う。その思い出があれば、さみしいという気持ちもいつか、優しい記憶に変わるだろう。

「そうか。つまらない父親だったが、誠がそう言ってくれる男に育ったのは、八枝のおかげだな」
「大事なものに気づかせてくれたのは、千鶴さんかもしれません。彼女は贅沢を望みませんから。今ある小さな幸せを大切にする女性です」
「のろけか?」

 あきれ顔の政憲に苦笑すると、彼は「ああ」と何やら思い出して言う。

「彼女の中に先客がいると俺は言ったが、もしかしたらあれは……」
「ええ。そうかもしれません」
「なんだ、気づいてたのか」

 彼は拍子抜けする。

「その可能性もあると思っただけです」
「やはり、もう少し長生きしたかったな」
「未練たらたらですね」

 くすりと笑ったとき、ガタガタッと何かが崩れる大きな音がして、政憲と顔を見合わせた。

「今の音は……」
「行こう、誠。裏口へはこっちから行けるっ」

 そう叫ぶと、政憲はレストラン横の細い通路へ駆け込んでいった。




「どこに行くんだっ、良弥っ。良弥っ!」

 裏口へ回ると、ドアが開いて細身の青年が姿を見せた。俺たちに気づいて足を止めた彼を追いかけて、保も飛び出してくる。

 ドアの奥では、休憩室のいすがひっくり返っていた。先ほど大きな音がしたのは、それが倒れたためだったのだろう。

「あ……、御影さん」

 保は気まずそうに後ろ手にドアを閉めた。中は思いのほか、荒れてるのかもしれない。

「突然申し訳ありません。ちょっとおうかがいしたいことがありまして。お時間よろしいですか?」

 一礼して、そう申し出ると、良弥は俺を一瞥いちべつして立ち去ろうとする。

 葬式で会った時とはずいぶん印象が違った。大人しそうな、というより、冷めた青年だ。どこか殺気立っていて、人見知りでなくとも、話しかけるのは躊躇するかもしれない。

「良弥くんに話があります」

 前を通り過ぎようとする彼に向かってそう言うと、彼は足を止めた。

 まったく聞く耳を持たないようでもない。反抗期はとっくに過ぎただろうが、冷ややかに俺を見つめる目を見れば、何かに反発して生きてるのかもしれないと思う。人生が面白くない。簡単に言ってしまえば、そんなところだろう。

「良弥に、何を?」

 わずかにおびえたように、保が言う。

 保と良弥の関係はどういったものだろう。俺は探偵で、依頼さえ解決できれば、調査対象に深入りしない。少なくとも、うまくいってるようには見えない親子の未来まで案じたりしない。

「中村さんは嘘をつきましたね」

 そう切り出す。

「何を言うんですか、急に」

 あきらかにうろたえる保に淡々と話しかける。

「10年ほど前、父の政憲は小さな小物入れを持って、家を出て行きました。寄木細工の小物入れです。色鮮やかな幾何学模様の入った、父がとても大切にしていた箱です」

 俺は平然と嘘をつく。父が大切にしていたものなんて、何も知らなかった。

 保はとても正直で、誘導するのは簡単だった。視線を左右に泳がせて、反論しようにも言葉が見つからず、押し黙る。

「父が事故に遭った日、こちらのレストランで窃盗事件があったそうですね。かなりの大金が盗まれたと聞きましたよ」
「警察で聞いたんですか?」
「探偵にも守秘義務がありまして。しかし、信頼のおける情報筋からの有力な情報です」
「御影さんは探偵だったんですか」

 保はゆっくりと目を大きく見開いた。

「はい。父の死についていろいろと調べるうち、窃盗事件にたどりつきました。ごまかしても無駄ですよ。騒ぎを大きくしたくないなら、なおさら」
「脅しですか」
「まさか。小物入れを返してもらいたい。それだけです。あなたたち親子に父は世話になりました。感謝はすれど、恨みなどありません。ただ、父が大切にしていたあの箱を返して欲しいんです」

 恨みなどない。果たしてそうだろうか。
 少なくとも、侵入者と出くわさなければ、父が死ぬことはなかった。

 しかし、事故がなければ、父は今も俺たち家族を忘れていただろう。二度と会えないままだった可能性もある。

 父が出ていくと言った日、なにがなんでも止めるべきだった。止めなかったのは俺の落ち度で、やはり中村親子を責める理由などないのだろうと思う。

「……あれは、もうない」

 保はがっくりと肩を落とす。

「ないとは?」
「ないものはないんだ。悪いが、帰ってくれませんか。俺はずいぶんと政憲に尽くしてきたつもりです。これ以上、政憲にできることはないんです」

 政憲は頼りにされる一方、保の重荷だっただろうか。

 押し黙るのは、政憲も一緒だった。疲れ切った表情で、俺の後ろにたたずんでいる。

「あれは、川に捨てたよ」

 唐突に、良弥が口を開く。

「親父があの箱から金目のものを取り出すところを見たことがあった。売り飛ばしてやろうと思ったのに、空っぽで、腹が立って川に投げてやった」

 俺は眉をひそめる。

「どこの川ですか?」
「ちょうど、御影さんが事故に遭った道路の近くだよ。橋から投げた。どうせもう、見つからないと思うけど」

 投げやりにそう言うと、良弥は俺たちに関わりたくなさそうに立ち去った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

密室に二人閉じ込められたら?

水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...