冥婚の花嫁は義弟に愛を注がれる

水城ひさぎ

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満月は、吉兆か凶兆か

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「こんにちはー」

 不意に、玄関の方から若い男の人の声が聞こえた。

「どなたか、いらっしゃったみたい」
「きっと、千隼ちはやさんです」

 土曜日の昼下がりに綾城堂を訪れる青年は、彼以外にない。そうでなくても、声だけでわかる。

「どうぞ、おあがりになって」

 腰をあげた天音が、玄関の方へ顔を向け、声をかける。

「おじゃまさせてもらいます」
「やっぱり、千隼さんね。大きな風呂敷をお持ちになって。二葉ふたばさんのおつかいかしらね」

 彼の心地よい声が届く頃、廊下をのぞいた天音は、予想が当たっていたとばかりに楽しげに笑った。

「おいしいお酒とお菓子をいただきまして、綾城さんにもおすそわけをと、母から預かってまいりました」

 風呂敷から取り出した菓子折りと日本酒を差し出した桐生きりゅう千隼さんは、背筋をピンと伸ばしたまま一礼した。

 その毅然とした身のこなしは、仕事で自然と身についたのだろう。出会った当初、彼はまだ大学生で、高校生だった私にも、気さくに話しかけてくれる人だった。

 出会いは、5年前。天音の友人である桐生二葉が、息子である千隼さんを連れて、綾城堂を訪れたことがきっかけだった。

 あの頃はまだ、天音が書道教室を開いたばかりで生徒が集まらず、見かねた二葉が頭数の足しになればと、千隼さんを体験に連れてきたのだった。

 私は母の手伝いを兼ねて綾城堂へよく出入りしていて、熱心に書道を学ぶ千隼さんとも交流を重ねてきた。

 数年もすれば、頼もしい兄のような、時には、苦楽をともにする友人のような、なんでも話せる間柄になっていた。

 しかし、惣一郎さんとの婚約が正式に決まった頃、彼は一線を引いて接してくるようになった。きっと、西園寺家に嫁ぐ、一人の大人の女性として扱ってくれていたのだと思う。

「今からちょうど、お茶をいただこうと思っていたの。千隼さんもご一緒にいかが?」
「よろしいのですか? ありがとうございます」

 千隼さんも忙しいだろうに、いやな顔一つせず、天音が縁側に用意した座布団へ腰をおろす。

「今日はお休みですか?」

 茶菓を差し出しながら、尋ねた。

「これはおいしそうな花びら餅ですね。うん、うまい。……ああ、そう。今日明日と休みです。来週に常会の招集がありますので、しばらくは休み返上になりそうですよ」

 早速、和菓子をおいしそうに口へ運ぶ千隼さんは、冗談めかしてそう言う。

「国会会期中は特に大変ですね。お体にはお気をつけください」
「意外とタフなんですよ、ご存じでしょうが」

 心配無用と、彼は笑う。

 彼は国家総合職試験に合格した官僚で、中央省庁の一つである文部科学省に勤めている。国会会期中のみならず、多忙な毎日を送っているのに、風邪一つひかず、日夜たゆまぬ努力を重ねている。

 その上、お休みの日にはこうして、学生時代と変わらず、綾城堂へ顔を出してくれるのだから、ありがたくて頭が下がる。

「知ってはいるけれど……、心配ぐらいさせてください」
「つゆりさんは誰にでもお優しい」

 誰にでも、だなんていじわるな言い方をする。もちろん、婚約者のいる私が、千隼さん一人に肩入れしてるなんていう誤解が広まらないようにとの配慮とわかっているけれど。

「千隼さんには、いつまでもお元気でいていただきたいだけです」

 惣一郎さんの死は突然だった。苦しい胸に手を当てると、千隼さんは困ったように眉を下げた。何も知らない彼は、私のかたくなな態度に戸惑うのだろう。

「つゆり、そんな子どもみたいにつっけんどんに。千隼さんも困ってしまいますよ。そろそろ、出かける用意でもしなさいな」

 助け舟を出したつもりだろう天音に、千隼さんが素早く反応する。

「お出かけの予定がありましたか。すっかり、お言葉に甘えてしまって」
「いいんですよ、千隼さん。出かけるといっても、お隣の西園寺さんのところですから」
「西園寺家に行かれるのですか?」

 少々、驚いたように彼は問う。婚約者の家へ行くのは珍しいことでもないのに。

「はい、結婚式の打ち合わせがあるのだと思います」
「結婚式の……。そうですか」

 私の嘘を見透かしたわけでもないだろうに、千隼さんはほんの少しいぶかしそうに口を閉ざした。
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