冥婚の花嫁は義弟に愛を注がれる

水城ひさぎ

文字の大きさ
39 / 60
ねじれた愛をあばく時

5

しおりを挟む
「言いませんよ、もちろん。伊吹さんが一方的に話してくれたんです。今日は偶然が重なって、ふたりでこうしてお茶しているだけです。偶然ですよ」

 おしゃべりな伊吹のことだ。世間話程度に私の話を振ったら、どこで何をしてるのか、簡単に話してしまうだろう。

 大野寺駅前商店街には、呉服屋のほかにも、懇意にしている店が多く入っている。天音や伊吹は頻繁に来ているだろうから、私を知ってる店主もたくさんいるだろう。

 千隼さんが不自然に尋ねたのでなければ、ふたりでいるところを見られても、悪いうわさは立てられないだろうか。万が一、立てられたとしても、伊吹がその誤解を解いてくれるだろう。

 ああ……、そうか。
 颯太がここへ私を呼び出したのは、綾城家が大野寺駅前商店街と縁深いと知った上で、惣一郎さんの婚約者が、別の男と会っている事実を周囲に知らしめたかったからなのかもしれない。

 悪いうわさを立てて、婚約を解消させようとした。それが、今日の目的だった?

「どなたと会ってたんですか? 昨夜は出かけるなんて、ひとことも言ってませんでしたよね」

 軽く尋ねてくるが、少々不服そうだった。私たちは墓場まで持っていかなければいけない秘密を共有する仲だから、いつの間にか、かくしごとを好まなくなっていたのかもしれない。

「あまり、ご心配かけてはいけないと思いまして」
「聞けば、俺が心配する話だったんですね?」

 今さら、隠したところで、彼の心配はやまないだろう。

「先日、話しましたでしょう? 青い車の」
「ええ。岩山颯太さんでしたね。彼と会ってましたか」
「はい。ぜひ、聞いてほしい話があると言われまして」
「どんな話だったんですか?」

 そう問われると、うまく話せる気がしない。

「……正直、よくわかりませんでした」
「というと?」
「婚約破棄するように言われました。惣一郎さんとの結婚は解消して、お付き合いしましょうと」
「付き合う? それは、恋人になるという意味の?」

 あまりに突拍子のない話だったのか、千隼さんはひどく驚いた。

「……はい。奥さまと別れる心づもりはあると。どうして急にそのようなことを言われるのか、さっぱり……」

 婚約解消が目的だったとしても、なぜ解消させたいのかまではわからない。私を好きになったから。颯太はそう言うのだろうけど、やっぱりしっくり来ないのだ。

「つゆりはなんと返事を?」
「もちろん、お断りしました。惣一郎さんと結婚しますと」
「そうですか……。実を言うと、今日は岩山学習塾へ行ってきたんです。日曜日は休みのようで、中の様子まではわかりませんでしたが」
「そうだったんですか?」

 忙しいのに、と恐縮してしまう。

「少し、調べてみようと思いましてね。今日は彼に会って、何かわかりましたか?」
「それなのですが……、岩山さんは綾城堂で私を知ったみたいです。そのときに、好意を寄せられたという言い方が適切かはわかりませんが、私に目をつけたのだと思います」
「目をつけた……ですか。どうしてそう思うんですか?」
「岩山さんはたまたま私を見かけたとおっしゃってましたが、私の婚約者が惣一郎さんだと、話してもないのに知っていました」
「惣一郎さんの婚約者と知っていて、近づいてきたと?」

 颯太の目的は、私ではなくて、惣一郎さんなのかもしれない。そうならば、西園寺家をのぞいていた理由もしっくりくる。少なくとも、綾城家と間違えてのぞいたという話よりは。

「そう考えるのが、自然な気がします。岩山さんなりにいろいろお調べになったのでしょう。綾城堂でたまたま私を見かけて好意を……というお話は、しっくり来なくて」
「あまり、純粋な話ではないように聞こえますね」
「岩山さんは私を好いてくれてるわけじゃないと思います。なんとなく、そう感じるだけなんですけれど」
「つゆり……」

 好意をちらつかせて寄ってきた男に裏切られ、傷ついたと思ったのかもしれない。千隼さんは心痛そうに眉を寄せる。だから、私はわざとらしく胸を張る。

「何か目的があって私に近付いてるのだとしたら、それを知る必要はあります。またお誘いがあれば、出かけようかと思いますが、千隼さんはご心配されませんよう」
「心配しますよ。何かあってはいけません。俺も、岩山夫妻を調べてみます」
「あまり……巻き込みたくないのですけれど」
「もうずいぶん巻き込まれてます。最後までお付き合いしますよ」
「千隼さん……」
「コーヒー、いただきましょう」
「冷めてしまいますね」

 コーヒーカップを持ち上げて、口もとに運ぶ。千隼さんが入れてくれた砂糖の甘みがちょうどいい。

「惣一郎さんと飲んだコーヒーはおいしかったんです。おいしいと思っていたんですけど……」

 もうひと口、飲み進める。

 千隼さんと飲むコーヒーは、まろやかな味の中に、ほんのり苦味がある。こうして一緒に過ごす日は、今日が最初で最後だろう。きっと、これから先、これ以上においしいコーヒーに出会うことはないと思う。

「一緒に飲む人で、味ってこんなにも変わるものなんですね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

婚活に失敗したら第四王子の家庭教師になりました

春浦ディスコ
恋愛
王立学院に勤めていた二十五歳の子爵令嬢のマーサは婚活のために辞職するが、中々相手が見つからない。そんなときに王城から家庭教師の依頼が来て……。見目麗しの第四王子シルヴァンに家庭教師のマーサが陥落されるお話。

処理中です...