言の葉の行方

水城ひさぎ

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ノスタルジックフレーム

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 翌日、目覚めるとすぐ出かける支度を整えて、車で才山家へ向かった。

 才山家は閑静な高級住宅街の一角にあった。坂道を登った先に、真っ白な邸宅が現れる。手入れの行き届いた玄関に到着すると、亜子が出迎えてくれた。

「ごめんねー、呼び出して。おとといから凪沙が帰ってこなくてー」

 開口一番、彼女はそう言うと、俺を誰もいないリビングに案内した。

 才山家は今、亜子と凪沙、彼女たちの母親の三人暮らしだ。母親は近所のマダムとカフェに出かけていて、昼まで戻らないらしい。

「それまでは帰ってきてたのか?」

 ソファーに座り、キッチンへ入っていく彼女に尋ねる。

「そう。毎日、いつもと同じ時間に家を出て、同じ時間に帰ってきてたの。まさか、2週間も休んでるなんて思わなかったよ」

 肩をすくめる亜子は、凪沙の異変にまったく気づかなかったようだ。

「亜子にも相談できない悩みを抱えてたのかな」

 つぶやくと、彼女は小首をかしげる。

「悩みねぇ。あるとしたら、楢崎くんとの結婚じゃないの?」
「え……」

 コーヒーを差し出してくる亜子は茶化すように言うが、俺はヒヤリとする背中を伸ばす。不安げな顔をしただろう。向かいに腰掛けた亜子は神妙にする。

「マリッジブルーで行方をくらましたって可能性はどう? その様子だと、ケンカしたわけではなさそうだしね」
「ケンカなんてしてない。結婚は不安だったかもしれないけどさ、準備は順調だったよ」

 結婚式は凪沙の望む形になるよう段取りしている。新居だって、お互いに納得のいく場所をいくつか探し、検討中だ。何も急がせてないし、急いでもない。

「でもさ、仕事をどうするかは悩んでるみたいだったじゃない?」
「それは……」

 亜子の指摘にどきりとした。新居が決まらない理由の多くは仕事がらみだったからだ。

 俺の勤務する会社の最寄駅近くに、ふたりの気に入るマンションが見つかった。そこにしようと言ってくれた彼女に、それでは凪沙の通勤が大変になると、ほかを探そう、と気遣って言った。彼女は沈黙して、しばらく悩む様子を見せていたが、もう少し考えると言っていた。

 その翌週、彼女は仕事を変えたいと言い出した。新居のためだったら無理する必要はないと、またしても俺は反対した。

 凪沙は今の仕事は好きだけど、結婚して環境が変わったら、今の部署では続けられないかもしれない、と言っていた。一緒にデザインの仕事をしないかと、亜子の仲間から声をかけられている。収入は減るかもしれないが、リモートでもできる仕事だから、今後のために転職してもいいと思っている。そんな話もしてくれた。

 結婚によって、彼女の人生が左右されてしまう現実に直面した俺は戸惑い、すんなりと賛成できなかった。お互いを思うがための意見の食い違いがあったのは事実だ。しかし、失踪するほどの悩みにつながったとは思えない。

「凪沙、仕事辞めたのかもね」
「え?」
「だって、2週間も休める? 連絡くれたのは、凪沙の後輩の子だったんだけどね。ずいぶん具合が悪いみたいですねって、心配してうちのギャラリーに電話くれたのよ」

 それを聞いて、妙にほっとした。

 凪沙には友人らしい友人がいない。紹介されたこともないし、話題にもあがらない。もちろん、才山省吾と言えば、世界的アーティストの一人で、彼の娘である凪沙も、油絵画家の亜子と同じく交友関係は広い。彼女のデザインするインテリアも若い世代に支持され、定評がある。

 しかし、華やかな亜子とは違って、いつもどこか一線を引いた彼女が、俺にも明かさない胸の内を話す友人がいるようには見えなかった。そんな彼女を心配する同僚がいてくれたことに、俺は安堵したのだろう。
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