4 / 8
ノスタルジックフレーム
4
しおりを挟む
「俺が反対したから、辞めるって言い出せなかったのかな」
「反対したんだ? 凪沙のブランドを立ち上げるって話もあってね、いいお話をいただいたわねって、一ヵ月ぐらい前だったかな、凪沙と話したのよ」
「そうか、そんな話が」
そこまでは知らなかった。しかし、彼女がステップアップできる光栄な話だったとしても、すぐに賛成できただろうか。俺の慎重な性格を見透かして、言い出しにくかったなら申し訳ないと思う。
「楢崎くんにも相談するって言ってたんだけどねー。そっか。知らなかったか」
「会う約束してたんだ。そこで話してくれるつもりだったかもしれない」
そうであってほしい。期待を込めて、そう言う。
「会わなかったの?」
「凪沙の都合がつかなくなったんだ」
テーブルの上で指を組み合わせ、ため息をつく。
『言の葉の行方を探してるの』
そう言って、凪沙は俺との連絡を絶った。いったい、彼女に何があったのだろう。
「それ、いつの話?」
「2週間前だよ」
「それも2週間前なんだ?」
ふーん、としばらく考え込んでいた亜子は、何を思い出したのか、唐突に立ち上がり、リビングのわきに積まれた新聞の山をあさり出した。
「あれ、あれさー、2週間前じゃなかったー?」
ないない、と亜子は次々と新聞を放り出していく。
「14日の新聞あったら教えて」
2週間前の新聞を探しているようだ。
「あれって?」
床に乱雑に広がっていく新聞紙の一つを拾い上げる。11月10日の日付が目に入る。
「あれよー、墜落事故。飛行機の」
「飛行機事故なんてあったか?」
「日本じゃないわよ。ちょうど、父の旅行先だったから、父が乗ってなかったかってすっごく心配したの。……あ、あった。これこれ。父の無事が確認できたのに、凪沙ね、この記事、やたらとずっと読んでたのよ」
それは、一面をめくった左下にあった。海外の旅客機が着陸する直前に墜落し、日本人を1人含む、乗客の半数が亡くなるという痛ましい事故だった。
「日本人が一人か……」
「そうなの。父の知り合いかもしれないって、すごく心配したわ」
凪沙がこの記事を注視していた理由があるとするなら、亡くなった日本人が彼女の知り合いだった可能性もあるだろうか。
「この事故にあった日本人、誰かわかったのか?」
「待って。思い出す」
亜子は腕を組み、眉をひそめる。
「名前、公表されてるよな」
「あー、どうかな。私は……そうそう、父から聞いたの。父と連絡が取れて、父の知り合いでもないってわかってホッとしたんだけど、プロの写真家らしいって聞いて、なんかすごくショックで」
「写真家?」
「ちょっと待って。父のメールが残ってるはず」
あわてて立ち上がった亜子は、キッチンカウンターの上にあるスマートフォンを手に取り、せわしなく操作したあと、メール画面を俺に向けた。
「矢田雪平さん、28歳。将来を嘱望された風景写真家だったって」
「矢田……?」
知らない名前だった。無論、凪沙から聞いた記憶もない。
「凪沙と同い年か……」
ぽつり、と亜子がそうつぶやく。
「凪沙の知り合いかもしれないな。すまない。ちょっとメモさせてくれ」
「いいけど。全然関係ないかもしれないし、もしかしたら、凪沙の……」
亜子は言いかけて、気まずげに口をつぐんだ。
凪沙の好きだった人。もしくは、元彼。そう言おうとしたのかもしれない。
俺だって、そのぐらいは脳裏によぎった。愛した男がこの世を去った。そうだとしたら、結婚をひかえた凪沙は何を思っただろう。
「凪沙を探してくる」
「ちょっと、楢崎くんっ!」
早々にリビングを飛び出す俺を、亜子は呼び止める。
「探すって、どこを?」
「どこって……」
考えてない。冷静さを失う俺を見て、亜子はあきれた。
「あてはないでしょ。ちょっと待ってて。この矢田さんって人のこと調べてみるから。楢崎くんはコーヒーでも飲んで落ち着いて」
動揺のない亜子を、今日ほど心強く感じたことはない。俺が座り直すと、彼女はノートパソコンの電源を入れた。
「反対したんだ? 凪沙のブランドを立ち上げるって話もあってね、いいお話をいただいたわねって、一ヵ月ぐらい前だったかな、凪沙と話したのよ」
「そうか、そんな話が」
そこまでは知らなかった。しかし、彼女がステップアップできる光栄な話だったとしても、すぐに賛成できただろうか。俺の慎重な性格を見透かして、言い出しにくかったなら申し訳ないと思う。
「楢崎くんにも相談するって言ってたんだけどねー。そっか。知らなかったか」
「会う約束してたんだ。そこで話してくれるつもりだったかもしれない」
そうであってほしい。期待を込めて、そう言う。
「会わなかったの?」
「凪沙の都合がつかなくなったんだ」
テーブルの上で指を組み合わせ、ため息をつく。
『言の葉の行方を探してるの』
そう言って、凪沙は俺との連絡を絶った。いったい、彼女に何があったのだろう。
「それ、いつの話?」
「2週間前だよ」
「それも2週間前なんだ?」
ふーん、としばらく考え込んでいた亜子は、何を思い出したのか、唐突に立ち上がり、リビングのわきに積まれた新聞の山をあさり出した。
「あれ、あれさー、2週間前じゃなかったー?」
ないない、と亜子は次々と新聞を放り出していく。
「14日の新聞あったら教えて」
2週間前の新聞を探しているようだ。
「あれって?」
床に乱雑に広がっていく新聞紙の一つを拾い上げる。11月10日の日付が目に入る。
「あれよー、墜落事故。飛行機の」
「飛行機事故なんてあったか?」
「日本じゃないわよ。ちょうど、父の旅行先だったから、父が乗ってなかったかってすっごく心配したの。……あ、あった。これこれ。父の無事が確認できたのに、凪沙ね、この記事、やたらとずっと読んでたのよ」
それは、一面をめくった左下にあった。海外の旅客機が着陸する直前に墜落し、日本人を1人含む、乗客の半数が亡くなるという痛ましい事故だった。
「日本人が一人か……」
「そうなの。父の知り合いかもしれないって、すごく心配したわ」
凪沙がこの記事を注視していた理由があるとするなら、亡くなった日本人が彼女の知り合いだった可能性もあるだろうか。
「この事故にあった日本人、誰かわかったのか?」
「待って。思い出す」
亜子は腕を組み、眉をひそめる。
「名前、公表されてるよな」
「あー、どうかな。私は……そうそう、父から聞いたの。父と連絡が取れて、父の知り合いでもないってわかってホッとしたんだけど、プロの写真家らしいって聞いて、なんかすごくショックで」
「写真家?」
「ちょっと待って。父のメールが残ってるはず」
あわてて立ち上がった亜子は、キッチンカウンターの上にあるスマートフォンを手に取り、せわしなく操作したあと、メール画面を俺に向けた。
「矢田雪平さん、28歳。将来を嘱望された風景写真家だったって」
「矢田……?」
知らない名前だった。無論、凪沙から聞いた記憶もない。
「凪沙と同い年か……」
ぽつり、と亜子がそうつぶやく。
「凪沙の知り合いかもしれないな。すまない。ちょっとメモさせてくれ」
「いいけど。全然関係ないかもしれないし、もしかしたら、凪沙の……」
亜子は言いかけて、気まずげに口をつぐんだ。
凪沙の好きだった人。もしくは、元彼。そう言おうとしたのかもしれない。
俺だって、そのぐらいは脳裏によぎった。愛した男がこの世を去った。そうだとしたら、結婚をひかえた凪沙は何を思っただろう。
「凪沙を探してくる」
「ちょっと、楢崎くんっ!」
早々にリビングを飛び出す俺を、亜子は呼び止める。
「探すって、どこを?」
「どこって……」
考えてない。冷静さを失う俺を見て、亜子はあきれた。
「あてはないでしょ。ちょっと待ってて。この矢田さんって人のこと調べてみるから。楢崎くんはコーヒーでも飲んで落ち着いて」
動揺のない亜子を、今日ほど心強く感じたことはない。俺が座り直すと、彼女はノートパソコンの電源を入れた。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
【完結】大変申し訳ありませんが、うちのお嬢様に貴方は不釣り合いのようです。
リラ
恋愛
婚約破棄から始まる、有能執事の溺愛…いや、過保護?
お嬢様を絶対守るマンが本気を出したらすごいんです。
ミリアス帝国首都の一等地に屋敷を構える資産家のコルチエット伯爵家で執事として勤めているロバートは、あらゆる事を完璧にこなす有能な執事だ。
そんな彼が生涯を捧げてでも大切に守ろうと誓った伯爵家のご令嬢エミリー・コルチエットがある日、婚約者に一方的に婚約破棄を告げられる事件が起こる。
その事実を知ったロバートは……この執事を怒らせたら怖いぞ!
後に後悔しエミリーとの復縁を望む元婚約者や、彼女に恋心を抱く男達を前に、お嬢様の婿に相応しいか見極めるロバートだったが…?
果たして、ロバートに認められるようなエミリーお嬢様のお婿候補は現れるのだろうか!?
【物語補足情報】
世界観:貴族社会はあるものの、財を成した平民が貴族位を買い新興貴族(ブルジョア)として活躍している時代。
由緒正しい貴族の力は弱まりつつあり、借金を抱える高位貴族も増えていった。
コルチエット家:帝国一の大商会を持つ一族。元々平民だが、エミリーの祖父の代に伯爵位を買い貴族となった資産家。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる