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ノスタルジックフレーム
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矢田雪平、1994年8月生まれ。東京都水石市出身。水石学園高等学校卒業後、静岡工芸大学に進学するが中退。25歳の時、若手アーティストの登竜門と言われる『ザ・ニュー』コンクールで特別賞受賞。現在は水石市の自宅に妻子を残し、海外を拠点に活動を続けている。自宅住所は東京都水石市___。
何度も確認したメモ用紙を助手席に投げ出し、赤信号が青に変わるとともにアクセルを踏み込む。
市境を示す看板に水石市の文字を見つけると、ハンドルを握る手に力が入った。
水石市は俺の生まれ育った町だった。自宅から近いという理由で選んだ水石学園に入学したのは、もう10年以上前になる。あの頃に比べると住宅が増え、街並みはずいぶん変わった。
そして、凪沙に出会った町でもある。隣町にある才山家からも電車の乗り換えなしで通学ができ、なおかつ、学業芸術両面に力を入れた私立高校を気に入って、亜子も凪沙も入学してきたのだと聞いたことがある。
矢田雪平もまた、俺と同じ町に生まれ、同じ高校に入学していた。
俺たち四人は昔、同じ高校で、同じ時を過ごしていた。
亜子が卒業アルバムを確認すると、凪沙と矢田は三年生のとき、同じクラスだった。面識がなかったとは思えない。
凪沙は高校時代、矢田と交際していたのだろうか。もしそうだとしたら、その関係はいつまで続いていたのだろう。矢田には婚歴があるが、そんなものはふたりに付き合いがないという証明にはならない。
凪沙が浮気をしてるだなんて疑ったこともないが、じゃあなぜ、矢田が死んだと知って、俺の前から姿を消したのだと思うと、疑いたくもなった。
信号が黄色に変わる。ブレーキを踏み、首を左右に振る。凪沙が矢田のせいで行方をくらましたとは、まだ決まってない。何を焦ってるんだと、太ももをこぶしで叩いた。
矢田雪平の自宅は、水石学園の裏にあった。結婚後、移り住んだのか、周囲の家より真新しい二世帯住宅だった。玄関とポストがふたつある。表札を確認する。矢田と森岡とあった。留守がちの雪平が、義両親と妻子が安心して暮らせるように家を用意したのだろうか。
矢田家の駐車場には自動車が2台あったが、ひっそりと静まり返っていた。雪平を失った悲しみが満ちているようだった。
周囲に凪沙の姿を見つけられず、通りに停車させた車に戻ると、スマートフォンが鳴った。ディスプレイに凪沙の名前が浮き上がる。胸がどきりと弾んだ。焦る気持ちを押し殺し、電話に出る。
「凪沙?」
「あ……、俊哉さん、ごめんなさい。何度も電話くれたのに」
凪沙がおずおずと言う。思ったより、元気そうな声に安堵した。
「そんなことはいいんだ。心配したよ」
「少し考えたいことがあって。本当にごめんなさい」
謝罪の言葉はいい。凪沙に会いたくて、問う。
「今、どこにいる?」
「どこって……、学校の近く」
「学校?」
「高校の近くにある公園、水石の」
ああ、あそこか。すぐに思い出した。水石学園に向かう長い坂道の途中に、児童館のある広い公園があった。
「すぐ行く」
「えっ……」
「近くにいるから、そこから動かないで」
「近くって」
息を飲んだ彼女は気付いたのだろう。俺が矢田雪平を追って、水石市に来たことを。
「ごめんなさい」
ふたたびあやまる凪沙と電話をつなげたまま、エンジンをかけた。
公園に着くと、凪沙が駐車場で待っていた。いつになく、不安そうだ。明るい未来を誓い合う恋人に見せる表情じゃない。俺たちはどこかですれ違ってきたのだろうかと、弱気な俺が顔を出す。
車を降りると、俺を見守る凪沙に駆け寄った。向かい合うと、彼女はうつむいた。このまま彼女を失ってしまう不安にかられて、俺は尋ねた。彼女が残してくれたヒントを見落としたくなかった。
「言の葉の行方は、見つかった?」
凪沙は返事をしないまま、空へと目を移した。その先には、濁りのない澄んだ空が広がっている。不安に満ちた俺の心内とはあまりに正反対に澄み切った青を、ひどくまぶしく感じた。
「高校時代、仲良くなった子がいたの」
空を見上げたまま、凪沙は言った。
「感受性が豊かな子だった。彼ほど繊細な子には出会ったことがないくらい。彼と初めて話したのは、高校3年生の夏前。隣の席になって、声をかけられたの。君は生きづらそうだね、って」
矢田雪平を回顧する彼女の横顔には、彼を懐かしんで浮かぶ憂いはなく、どこか淡々としていた。
ふたりはいったいどんな関係だったのだろう。俺は黙って、彼女のつむぐ昔話に耳を傾けた。
矢田雪平、1994年8月生まれ。東京都水石市出身。水石学園高等学校卒業後、静岡工芸大学に進学するが中退。25歳の時、若手アーティストの登竜門と言われる『ザ・ニュー』コンクールで特別賞受賞。現在は水石市の自宅に妻子を残し、海外を拠点に活動を続けている。自宅住所は東京都水石市___。
何度も確認したメモ用紙を助手席に投げ出し、赤信号が青に変わるとともにアクセルを踏み込む。
市境を示す看板に水石市の文字を見つけると、ハンドルを握る手に力が入った。
水石市は俺の生まれ育った町だった。自宅から近いという理由で選んだ水石学園に入学したのは、もう10年以上前になる。あの頃に比べると住宅が増え、街並みはずいぶん変わった。
そして、凪沙に出会った町でもある。隣町にある才山家からも電車の乗り換えなしで通学ができ、なおかつ、学業芸術両面に力を入れた私立高校を気に入って、亜子も凪沙も入学してきたのだと聞いたことがある。
矢田雪平もまた、俺と同じ町に生まれ、同じ高校に入学していた。
俺たち四人は昔、同じ高校で、同じ時を過ごしていた。
亜子が卒業アルバムを確認すると、凪沙と矢田は三年生のとき、同じクラスだった。面識がなかったとは思えない。
凪沙は高校時代、矢田と交際していたのだろうか。もしそうだとしたら、その関係はいつまで続いていたのだろう。矢田には婚歴があるが、そんなものはふたりに付き合いがないという証明にはならない。
凪沙が浮気をしてるだなんて疑ったこともないが、じゃあなぜ、矢田が死んだと知って、俺の前から姿を消したのだと思うと、疑いたくもなった。
信号が黄色に変わる。ブレーキを踏み、首を左右に振る。凪沙が矢田のせいで行方をくらましたとは、まだ決まってない。何を焦ってるんだと、太ももをこぶしで叩いた。
矢田雪平の自宅は、水石学園の裏にあった。結婚後、移り住んだのか、周囲の家より真新しい二世帯住宅だった。玄関とポストがふたつある。表札を確認する。矢田と森岡とあった。留守がちの雪平が、義両親と妻子が安心して暮らせるように家を用意したのだろうか。
矢田家の駐車場には自動車が2台あったが、ひっそりと静まり返っていた。雪平を失った悲しみが満ちているようだった。
周囲に凪沙の姿を見つけられず、通りに停車させた車に戻ると、スマートフォンが鳴った。ディスプレイに凪沙の名前が浮き上がる。胸がどきりと弾んだ。焦る気持ちを押し殺し、電話に出る。
「凪沙?」
「あ……、俊哉さん、ごめんなさい。何度も電話くれたのに」
凪沙がおずおずと言う。思ったより、元気そうな声に安堵した。
「そんなことはいいんだ。心配したよ」
「少し考えたいことがあって。本当にごめんなさい」
謝罪の言葉はいい。凪沙に会いたくて、問う。
「今、どこにいる?」
「どこって……、学校の近く」
「学校?」
「高校の近くにある公園、水石の」
ああ、あそこか。すぐに思い出した。水石学園に向かう長い坂道の途中に、児童館のある広い公園があった。
「すぐ行く」
「えっ……」
「近くにいるから、そこから動かないで」
「近くって」
息を飲んだ彼女は気付いたのだろう。俺が矢田雪平を追って、水石市に来たことを。
「ごめんなさい」
ふたたびあやまる凪沙と電話をつなげたまま、エンジンをかけた。
公園に着くと、凪沙が駐車場で待っていた。いつになく、不安そうだ。明るい未来を誓い合う恋人に見せる表情じゃない。俺たちはどこかですれ違ってきたのだろうかと、弱気な俺が顔を出す。
車を降りると、俺を見守る凪沙に駆け寄った。向かい合うと、彼女はうつむいた。このまま彼女を失ってしまう不安にかられて、俺は尋ねた。彼女が残してくれたヒントを見落としたくなかった。
「言の葉の行方は、見つかった?」
凪沙は返事をしないまま、空へと目を移した。その先には、濁りのない澄んだ空が広がっている。不安に満ちた俺の心内とはあまりに正反対に澄み切った青を、ひどくまぶしく感じた。
「高校時代、仲良くなった子がいたの」
空を見上げたまま、凪沙は言った。
「感受性が豊かな子だった。彼ほど繊細な子には出会ったことがないくらい。彼と初めて話したのは、高校3年生の夏前。隣の席になって、声をかけられたの。君は生きづらそうだね、って」
矢田雪平を回顧する彼女の横顔には、彼を懐かしんで浮かぶ憂いはなく、どこか淡々としていた。
ふたりはいったいどんな関係だったのだろう。俺は黙って、彼女のつむぐ昔話に耳を傾けた。
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