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ノスタルジックフレーム
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「雪平くんが私に何を聞きたかったのか、知りたかったの」
凪沙はため息をつくように吐き出して、ようやく俺へと視線を向けてくれた。その目に悲しみは浮かんでいない。彼女は思うより、気丈だ。
「彼が生きてきた世界を知りたくて、彼の通った大学、彼が通い詰めたカフェ、彼が懇意にしてた写真館……、いろんな場所に行ってきたの」
矢田が生きていた証を、この2週間、凪沙は必死に探していた。そして、ようやく俺に電話してきた。それはもう、思い残すことがないからか。
「見つかったんだな」
矢田雪平が大人になった凪沙に何を聞きたかったのか、彼女は知ったのだろう。
「ご迷惑かもと思ったけど、ご自宅を訪ねてきたの。ご焼香させてもらった」
凪沙は紙袋をさげていた。それへ目を落とすと、彼女は香典返しだと小さくつぶやいた。
「持つよ」
手を伸ばし、紙袋を受け取る。
言の葉の行方は見つかった。それを俺が知る権利はないだろう。これ以上の話は必要ない。
矢田は元彼ではなかったが、それ以上に凪沙の大切な人で、俺がいくら背伸びしてもその関係にはなれず、いくら嫉妬してもその地位は得られない。
矢田と俺は、相容れない世界の住人なのだ。そして、凪沙はそのはざまに生きている。
だからこそ、彼女の半分は俺に向いていて、もう半分は違う方を向いている。それは一生変わらない現実で、俺はそれを受け入れるしかできない。
そう思いながら、意外に重い紙袋に何気に目を落とす。
「これ、カタログじゃないね」
「うん。そう、雑誌」
紙袋の中には冊子が見えている。てっきり、香典返しのカタログだと思っていたが、どうも違うようだ。
紙袋の中身を引っ張り出した凪沙は、俺に冊子の表紙を見せた。
「フォトイズムって、カメラ専門誌なの」
「3年前のだな」
スタイリッシュな表紙には、2019年8月号と書かれている。
「見ていいか?」
うなずく凪沙から雑誌を受け取り、数ページめくる。
「雪平くんのインタビュー記事が載っているの」
そう言って、凪沙が指差すページには、清潔感のある白シャツを着た、爽やかな青年が掲載されていた。
「雪平くんの奥さまが、きっとあなたの話をしてるから読んであげてほしいって、渡してくれて……」
凪沙は複雑そうに息をつく。
矢田の妻に会って、後悔したのだろうか。矢田の生活にまで踏み込むつもりはなかったのかもしれない。
「読んでいいか?」
尋ねると、彼女は頼りなげな目をしてうなずいた。気を遣ってるのだろう。俺を傷つけるかもしれない何かが、ここにあるから。
凪沙と矢田の未知なる関係に触れてしまうような気がして、警戒感を覚えながら雑誌に視線を落とす。
それは、編集者の黒田という女性との、Q&A形式のインタビュー記事だった。
_______
黒田:カメラを始めたきっかけを聞かせてください。
矢田:撮りたいものに出会ったからですよ。それだけなんです。
黒田:撮りたいものですか。すごく興味が湧きます。教えていただけますか?
矢田:長くなりますよ。自分語りしちゃいそうです(笑)
黒田:ぜひぜひ。お付き合いさせてください。
矢田:(ちょっとはにかんで)高校時代に唯一、心を許せた女の子がいたんですよ。友情とか愛情ではない何かでつながれた関係って言うのかな。こういう関係をなんて言えばいいのかわからないけど。恋愛感情があるとか、そんな簡単な言葉で表したくないような関係。彼女は絶対、俺を恋愛対象にしたりしない。そう思えたから安心して一緒にいられる関係です。彼女の前ではカッコつける必要はないし、私情がからんで気まずくなることもない。自分らしくいられる人でした。そんな彼女を、ファインダーの中におさめてみたかった。それが、きっかけです。大人になれば、否応なしに人は変わるでしょう。彼女には変わらないでいてほしかったのかもしれないです。今考えると、気持ち悪いやつでした(笑)
黒田:絶対、恋愛対象にはならない関係って、パワーワードですね。
矢田:そうですか? ただ、彼女は俺に異性としての魅力を感じないだろうっていう直感があっただけです。俺もそうだからかもしれないですけど。
黒田:そうだからかもしれないとは?
矢田:恋愛に興味がないんですよ。そんなこと言ったら、彼女も奥さんも怒っちゃうかな。でも、当時の俺はそう思ってた。きれいな世界にあこがれていたから、感情を揺さぶられるとしたら、美しいものを見たときの感動だけだ、って思ってた。
黒田:とても純粋でいらっしゃるんですね。
矢田:そうなのかな(笑)今はずいぶん、欲まみれですよ(笑)いや、昔からかな。でも、結婚してよかったと思ってます。幸せなんです、想像以上に。恋愛は必要ないって思ってたときに奥さんとは出会ったから、さみしい思いをさせたかもしれないけど。あ、これ、全然関係ない話ですね。
黒田:いえいえ。もっと聞きたいです。
矢田:じゃあ、最後にこれだけ。高校時代、大人になったときに彼女と再会したら、幸せになれた? って聞いてみたいと思ってたんですよ。だって、人を好きにならないって生きづらいじゃないですか。人を好きにならなくても幸せになれるのか、高校時代の俺は興味があったんですね。彼女が恋愛に興味がないなんて決めつけてた俺は、ずいぶん失礼でした。今は彼女がどこかで幸せに暮らしてればいいなって、そう思ってるんです。まあ、彼女はもう、俺のことなんて覚えてないと思いますけどね(笑)
_______
「雪平くんが私に何を聞きたかったのか、知りたかったの」
凪沙はため息をつくように吐き出して、ようやく俺へと視線を向けてくれた。その目に悲しみは浮かんでいない。彼女は思うより、気丈だ。
「彼が生きてきた世界を知りたくて、彼の通った大学、彼が通い詰めたカフェ、彼が懇意にしてた写真館……、いろんな場所に行ってきたの」
矢田が生きていた証を、この2週間、凪沙は必死に探していた。そして、ようやく俺に電話してきた。それはもう、思い残すことがないからか。
「見つかったんだな」
矢田雪平が大人になった凪沙に何を聞きたかったのか、彼女は知ったのだろう。
「ご迷惑かもと思ったけど、ご自宅を訪ねてきたの。ご焼香させてもらった」
凪沙は紙袋をさげていた。それへ目を落とすと、彼女は香典返しだと小さくつぶやいた。
「持つよ」
手を伸ばし、紙袋を受け取る。
言の葉の行方は見つかった。それを俺が知る権利はないだろう。これ以上の話は必要ない。
矢田は元彼ではなかったが、それ以上に凪沙の大切な人で、俺がいくら背伸びしてもその関係にはなれず、いくら嫉妬してもその地位は得られない。
矢田と俺は、相容れない世界の住人なのだ。そして、凪沙はそのはざまに生きている。
だからこそ、彼女の半分は俺に向いていて、もう半分は違う方を向いている。それは一生変わらない現実で、俺はそれを受け入れるしかできない。
そう思いながら、意外に重い紙袋に何気に目を落とす。
「これ、カタログじゃないね」
「うん。そう、雑誌」
紙袋の中には冊子が見えている。てっきり、香典返しのカタログだと思っていたが、どうも違うようだ。
紙袋の中身を引っ張り出した凪沙は、俺に冊子の表紙を見せた。
「フォトイズムって、カメラ専門誌なの」
「3年前のだな」
スタイリッシュな表紙には、2019年8月号と書かれている。
「見ていいか?」
うなずく凪沙から雑誌を受け取り、数ページめくる。
「雪平くんのインタビュー記事が載っているの」
そう言って、凪沙が指差すページには、清潔感のある白シャツを着た、爽やかな青年が掲載されていた。
「雪平くんの奥さまが、きっとあなたの話をしてるから読んであげてほしいって、渡してくれて……」
凪沙は複雑そうに息をつく。
矢田の妻に会って、後悔したのだろうか。矢田の生活にまで踏み込むつもりはなかったのかもしれない。
「読んでいいか?」
尋ねると、彼女は頼りなげな目をしてうなずいた。気を遣ってるのだろう。俺を傷つけるかもしれない何かが、ここにあるから。
凪沙と矢田の未知なる関係に触れてしまうような気がして、警戒感を覚えながら雑誌に視線を落とす。
それは、編集者の黒田という女性との、Q&A形式のインタビュー記事だった。
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黒田:カメラを始めたきっかけを聞かせてください。
矢田:撮りたいものに出会ったからですよ。それだけなんです。
黒田:撮りたいものですか。すごく興味が湧きます。教えていただけますか?
矢田:長くなりますよ。自分語りしちゃいそうです(笑)
黒田:ぜひぜひ。お付き合いさせてください。
矢田:(ちょっとはにかんで)高校時代に唯一、心を許せた女の子がいたんですよ。友情とか愛情ではない何かでつながれた関係って言うのかな。こういう関係をなんて言えばいいのかわからないけど。恋愛感情があるとか、そんな簡単な言葉で表したくないような関係。彼女は絶対、俺を恋愛対象にしたりしない。そう思えたから安心して一緒にいられる関係です。彼女の前ではカッコつける必要はないし、私情がからんで気まずくなることもない。自分らしくいられる人でした。そんな彼女を、ファインダーの中におさめてみたかった。それが、きっかけです。大人になれば、否応なしに人は変わるでしょう。彼女には変わらないでいてほしかったのかもしれないです。今考えると、気持ち悪いやつでした(笑)
黒田:絶対、恋愛対象にはならない関係って、パワーワードですね。
矢田:そうですか? ただ、彼女は俺に異性としての魅力を感じないだろうっていう直感があっただけです。俺もそうだからかもしれないですけど。
黒田:そうだからかもしれないとは?
矢田:恋愛に興味がないんですよ。そんなこと言ったら、彼女も奥さんも怒っちゃうかな。でも、当時の俺はそう思ってた。きれいな世界にあこがれていたから、感情を揺さぶられるとしたら、美しいものを見たときの感動だけだ、って思ってた。
黒田:とても純粋でいらっしゃるんですね。
矢田:そうなのかな(笑)今はずいぶん、欲まみれですよ(笑)いや、昔からかな。でも、結婚してよかったと思ってます。幸せなんです、想像以上に。恋愛は必要ないって思ってたときに奥さんとは出会ったから、さみしい思いをさせたかもしれないけど。あ、これ、全然関係ない話ですね。
黒田:いえいえ。もっと聞きたいです。
矢田:じゃあ、最後にこれだけ。高校時代、大人になったときに彼女と再会したら、幸せになれた? って聞いてみたいと思ってたんですよ。だって、人を好きにならないって生きづらいじゃないですか。人を好きにならなくても幸せになれるのか、高校時代の俺は興味があったんですね。彼女が恋愛に興味がないなんて決めつけてた俺は、ずいぶん失礼でした。今は彼女がどこかで幸せに暮らしてればいいなって、そう思ってるんです。まあ、彼女はもう、俺のことなんて覚えてないと思いますけどね(笑)
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