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奇妙なアルバイト

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 三年生の教室が集まるC棟の放課後は、いつも騒々しい。
 部活動も終わり、大学受験に神経を尖らせる必要のない学生たちが、クリスマスに向けて恋人を作ろうと騒いでいるのだ。

 閉鎖された空間で育ってきた紳士淑女は、小さな世界で一喜一憂するものらしい。その騒がしさに俺も巻き込まれそうになるから憂鬱だ。

 やたらと騒々しかった廊下が、次第に静かになる。漫然と椅子に腰かけていた俺は、重い腰をあげる。教室の窓に向かって立ち、グラウンドの方を眺めていた一真もようやく振り返る。

「アルバイト始められたそうですよ」

 一真がそう言う。彼はいつも唐突だ。眉をひそめる俺の前にゆったりとした足取りで近づいてくると、少し身を屈める。そして、教室には誰もいないのに、もったいぶった態度で、小声で言う。

「それはそれは美しいお姿とか」
「何の話だ?」
「察していることをわざわざ尋ねるのは、決して賢い行動とは言えませんね」

 一真は相変わらずの毒舌で、俺の気分を逆撫でする。

「本当に知らないから言っている」
「知らなさすぎです。普通に生活していても耳に入ってきそうなものですが。無関心もほどほどに。優秀な社長になるためには、どんな小さなことにも関心を持つものですよ」
「理解はしてる」
「理解されてるなら実行しなさい。白夜様は美鈴様のこととなると視野が狭くなるようですね」
「彼女の話か? アルバイトというのは」
「それ以外にないでしょう」

 明らかにあきれ顔の一真は、そっとため息を吐いて報告する。

「呼結神社の巫女になったのだとか。土日に働いているそうですよ」
「巫女? 潔い仕事だな」
「それはどうでしょう? 美鈴様目当てに、やましい心の男たちが集まるのだとか。彼女の舞は、何かに取り憑かれたかのように美しいと評判ですよ。さしずめ、神に愛されるべくして生まれた舞姫とでも言いましょうか」
「日舞でも習っていたのだろう?」
「おや、関心はそちらですか。まるで美鈴様が男たちを相手にしないと知っておいでのようだ」

 一真をにらみつけると、彼は平然と視線をかわして続ける。

「しかしながら申し上げますと、舞を習ったことはないそうですよ。よほど筋がいいのでしょうね。このままでは本当に神に身を捧げるかもしれません」
「彼女がそうしたいなら俺が止めるものじゃない」
「それはそうですね。今のあなた様と彼女の関係は、いずれは母校が同じという程度のものです。白夜様とは無縁な女性のようですね」

 馬鹿にしたような言い方に苛立ちながらも、それは毎度のことだからと心を鎮めて問う。

「一真は何がしたい?」
「私はただ白夜様に跡取りとして立派な功績を築いていただきたいと願うだけです。そのためには内助の功も必要かと」
「俺にはまだ必要のないものだ」
「必要とした時に、美鈴様は汚れのないままでいらっしゃるでしょうかねー。後悔されないことを祈ります」
「彼女でなければならないことはない」

 言い聞かせるように言ってしまう。心の中で苦々しく笑う。

「おや、そうですか。素敵な女性というものは、出会うことも難しければ、競争率も高いものです。出会えたのならば、貪欲に追い求めるのも必要かと」
「そう思える女にはいつか出会うさ」
「いつか……? そのいつかが千年先では泣くに泣けませんね。さあ、そろそろ視聴覚室の見回りに参りましょうか。チャンスを逃す手はありません」
「何を言ってる?」

 俺の問いに一真は答えないまま、教室のドアを開いて俺を待つ。

 ため息をついてドアに向かおうとしたその時、隣の教室前の廊下の方から男女の親しげな話し声が聞こえてきた。
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