溺愛王子と髪結プリンセス

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俺の髪結になる?

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 部屋へ運ばれてきたディナーを給仕するのも、ベリルに寝間着を着せるのもサンの仕事だった。阿吽の呼吸で営まれていくルーティーンは、真凛に話しかける隙すら与えない。

「マリン、いらっしゃい」

 寝間着姿のベリルが椅子に腰をおろすと、彼の背後に立つサンが真凛を呼ぶ。待ってましたとばかりに真凛は駆け寄る。

「ベリル様はおやすみになる時は髪を結うのよ。まずはここから」

 そう言って、サンは赤く長い髪を櫛で梳きながら、白いリボンでゆるく一つに束ねる。腰まで伸びる髪が絡まないよう、毛先まで等間隔にリボンをつけていく。

「明日からマリンにやってもらおうと思っているの」

 できるわよね? と、サンに問う目を向けられた真凛は、返事をしないままベリルの首筋を覗き込む。

「マリン……」

 不躾な態度をサンはたしなめようとするが、真凛はかまわずますます顔を近づける。

「ベリル王子は首に刻印があるのね。んー……」

 と言いながら、真凛は首を傾ける。寝間着から半分覗く刻印の模様はアウイのものとはまた違うように見える。

 ふっとベリルが真凛の方へ首をひねらせる。鼻先が触れそうになるほど向かい合う顔に驚いて、真凛は身を引く。わずかにベリルは笑みを浮かべるが、同じぐらいわずかに憂いを見せている。

「真凛は胸にありましたね。見えない場所の方が好都合だったのでしょう」
「まあ、胸に? ベリル様はごらんに?」

 驚きの声をあげたサンは、すぐに両手のひらを口にそっとあてて赤らむ。はしたなく好奇心を見せて恥じている。

「確認しないといけないだろう? 触ってまで確認する必要があるとは思わないが」
「さ、触るだなんて……」
「サンも意外とそういうことに興味があるのだな」

 くすりとベリルが笑えば、サンは真っ赤になってうつむいてしまう。

 サンの好意をベリルは受け止めたことがないのだろうか。しかしそれにしては、ベリルは真凛に対するよりは心を許したようにサンに話しかけている。

 真凛は信頼関係を築いているふたりの関係性に複雑な気持ちになりながら、ベリルの刻印について尋ねる。

「ベリル王子の刻印は……何かの羽?」
「ああ、そうですね。羽というわけではないですが」

 ベリルは寝間着のエリを下げて、刻印の全容が見えるように首を傾ける。そこには赤い鷹の模様があった。

「赤鷹です。吉兆を知らせる鳥ですが、王位を継承する権利のない王の子は赤鷹なのです。マリンは聖なるブルードラゴン。誰に恥じることなく生きていけばいいのですよ」
「ベリル王子は恥じているの?」
「あ……、いいえ。私は私の地位に満足していますよ。陛下は尊敬するに足る人物でした。陛下の子として生を受けたことは誇りに思います」
「私はまだ全然ぴんとこなくて……」

 ベリルは寝間着のエリをサンに直させると、椅子から立ち上がり、真凛に手を差し伸べる。

「それは仕方ありません。今日は疲れましたね。ともに休みましょうか」
「と、ともに休むって……?」

 ベリルにそっと手を握られた真凛は落ち着きなく視線をそらす。その先にはキングサイズのベッドがある。それ以外に休めるようなものはない。

「マリンを一人で休ませるわけにはいきません」
「でもそんな……男の人と同じベッドで寝るなんて。大丈夫よ。サンの部屋だって隣なのだし、私はサンと同じ部屋で……」

 王宮へ来て最初に通されたサンの部屋とベリルの寝室は扉一枚でつながっている。

「何かあっては困ります。あなたに何かあれば、サンも危険にさらされるのですよ。私のもとで過ごすのが一番なのです」

 厳しい顔つきでそう言われると困ってしまう。アウイの王宮よりは身の安全が保証されるであろうベリルの王宮へ来たのだ。決してこの場所が安全なわけではないと現実を突きつけられたようだ。

「サンはいいの……?」

 ちらりとサンへ視線を移すが、彼女に決定権があるはずもない。

「ベリル様に従うのが髪結の務めですよ、マリン。けれど……、私の身のことまでベリル様が心配してくださるのは嬉しく思います」

 恥ずかしげにまつげを震わせたサンを優しく見守るベリルの様子に、またもや複雑な思いが湧く。

 真凛が現れる前は、二人の世界は穏やかで清廉潔白なものだった。その均衡を崩していく存在だと真凛が認識するのに時間はいらない。

「じゃあ、今日はベリル王子とともに……」

 手を引かれるままに真凛はベッドへ向かう。明日はアルマンに会いに行こうと心に決めて。

 ベリルも兄なのだから気にすることはない。それでも落ち着かない気持ちになるのだから仕方ない。

 ベッドへたどり着く頃には、背後で扉の閉じる音がした。サンが出ていったのだ。

 序列のない同じ立場の髪結でも、王子の寵愛を受ける女性だけベッドに呼ばれても嫉妬しない世界なのだろうか。それとも真凛がベリルの妹だからゆえの安心か。

「マリン、この部屋へ訪れることができる人物がいるとしたら、兄上とセオのみ。しかし油断はできません。私が眠る間に部屋を抜け出してはいけませんよ」

 見透かされている。まさか夜中にアルマンに会いに行ったりはしないけれど。

「セオも瞬間移動できるの?」

 真っ白で、しわ一つないベッドに横たえるベリルの脇へ、真凛も横になる。彼は指一本どころか、腕も触れない距離で仰向けになる。

「セオには兄上のような力はありませんが、ただここへ訪れることはできるのですよ」
「ふーん……」

 と真凛はうなずいて、すぐにまぶたを落とす。

 思えば日本から連れて来られたのは今朝のこと。真新しい世界に気が張って、疲れすら感じていなかったのは脳だけで、全身は悲鳴をあげるほどに疲弊している。

 明日になったらアルマンに会いに行こう。それだけを強く胸に秘めて眠りに落ちようとした時、不意に腰に回された腕に抱き寄せられていた。

 ビクッとして目を見開くと、青い瞳が真凛をじっと見つめていた。アウイに似た青い瞳だが、全く別の優しい瞳だ。

「ベリル王子……?」
「もう少し身を寄せて寝よう。人のぬくもりの温かさを久しぶりに感じた気がする」

 ますます抱き寄せられて、真凛のひたいはベリルの胸にうずまる。そう言われて気づくのは、真凛にとっても優しいぬくもりは久しぶりのことで、母のものでも恋人のものでもない、兄という存在が与えるぬくもりに安堵する。

「ベリル王子にはこうして過ごす相手がいたの?」

 久しぶりだというから尋ねたら、ベリルは複雑そうに眉を寄せて真凛の髪を撫でた。

「そうか……、マリンはガーネに雰囲気が似てるのか……」
「ガーネ?」
「かつて私の髪結だった女性です。いつも明るくて、天真爛漫で、私にとっては太陽のような存在でした」
「……好きだったの?」

 だからサンはベリルの妻になれずにいるのだろうか。11年もベリルに仕えているのだから、サンもガーネのことは承知だろう。好きな男が同じ立場である髪結の女性のみを愛する夜、サンはどんな気持ちでいたのだろう。

 そう思ったら、ますますベリルとこうして同じベッドで過ごすのは、妹だとしても良くないように思えてくる。

「ええ、好きでした。赤い髪の王子を叱った唯一の女性でしたから」
「叱る? ベリル王子を叱ったの?」
「ガーネに出会う前は王位に執着する気持ちもありました。それがどれほど浅はかで愚かなことか教えてくれた女性です」

 ベリルがサンと共に穏やかに暮らせるのは、ガーネという女性のおかげなのだろうか。

「マリンは、ガーネの代わりにはなりません」

 さみしげにベリルは言い、ほおをすり寄せてくる。

「それはもちろん……」
「それでもぬくもりに触れると、ガーネを思い出したくなるものなんですね」

 それは唐突だった。

「ベリル……」

 王子、という言葉を言わせないとばかりに、いきなり唇をふさがれた。ガーネはベッドの中で、彼をベリルと呼んでいた。それを証明するような力強いキスに襲われる。息をつく間もないほどに激しく。

「……あ、……キスは……ダメ……」

 ベッドの中でもがく。キスはいけないと言ったからか、2度目のキスはない。その代わり、胸元に大きな手が差し込まれてくる。

「ベリル王子……」
「ほんの少しだけ、あの頃を思い出させてください」

 まぶたを伏せたまま、目を合わせようとせずにベリルは手のひらで真凛の胸を優しく覆う。ガーネの思い出を探すのだろう。優しく優しく胸をもみしだいていく。

「あ……っ、ん……」

 シーツをつかむ。アウイにそうされたよりも、愛情の込められた愛撫に戸惑う。

 ベリルはガーネを抱こうとしている。それを受け入れられるはずもないのに、抵抗する力が出ない。

 ベリルの親指が乳房の先端を軽く押す。アウイに感じることを教えられた乳房はすぐに主張して、ぷるんと揺れる。崩れた前身から覗くそれを、ベリルは愛おしげに口に含む。

 身体がしびれるほどに強く吸われ、真凛は身をのけぞらせる。

「……だめ……、ああ……んっ」

 それは甘い吐息にしかならない。胸の谷間に這っていく舌先が次第に下がっていく。アウイの時よりも性急に求められている気がする。

 指でいじられる乳房とお腹の上を這う舌が次に求めるものから逃れようと腰を上げれば、まんまと思惑にはまったかのように、腰の下に差し込まれたベリルの腕によって引き寄せられてしまう。

「ベリル……、それは……だめ……」

 お腹の上を滑った指が、下着の中へ差し込まれ、柔らかな秘められた場所を探る。まだ誰にも触れられたことのない場所へ与えられる刺激で涙が溢れてくる。

 ひとすじの涙が目尻からこぼれ落ちる。初めては好きな人としたいなんて、子供じみた思いだってことはわかっているけれど、まだベリルを受け入れる心はできていなかった。まして相手は兄なのだ。

「……マリン。……ああ、いけない。これ以上触れたら止められなくなりますね。泣かせるつもりなどなかったのです」

 ただ触れて、優しい記憶に満たされていたかった、とため息を吐き出したベリルは、真凛の涙をぬぐって、ふたたび優しく抱き寄せると静かにまぶたを落とした。
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