溺愛王子と髪結プリンセス

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俺の髪結になる?

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 ベリルと王宮の入り口で別れた真凛は、衛兵に連れられて赤い部屋に通された。

 赤いじゅうたん、赤い生地に金糸で模様の描かれたカーテン、閉塞感のある小さな部屋だったが、真凛の育ったアパートの部屋よりは広い。

 この部屋で暮らすのだろうかと、窓際のベッドや簡素なドレッサーを眺めていると、入り口とは違う壁に面した茶色の扉が開く。

「はじめまして、マリン。髪結のひとりとして接するようベリル様から仰せつかっています。呼び捨てでごめんなさいね」

 扉から現れた茶色の髪の女性が穏やかに微笑む。美しい形の唇には真っ赤な紅。優しい丸い瞳も茶で、肌は抜けるように白い。

「あなたがサン?」

 すぐにぴんと来て問うと、肯定するようにますます女性は目尻を下げて微笑んだ。

「変わった召し物ですね。ベリル様が異国の娘を連れ帰ったと衛兵が騒ぐのも無理はありません」
「騒ぐ? そんな騒ぎに?」
「心配はいりません。異国の娘であると印象づけた方が良いでしょう。ベリル様が気に入って連れ帰ったと思わせるにはじゅうぶん、マリンは美しいわ」
「そんなに綺麗じゃ……。サンの方が魅力的」

 柔らかく結い上げた髪から覗くうなじも、長く細い指も繊細で、佇まいそのものが優雅な大人の女性だ。

「経験の差でしょう」

 サンはくすりと笑い、クローゼットへ向かう。

「け、経験っ?」

 彼女のしなやかな腰つきを眺めて、感嘆のため息を吐く。

 サンはベリルに愛されたのだろうか。それとも別の誰かか。サンからあふれる女性的な魅力の差は男を知っているかいないかの違いのような気がしてしまう。

「何か勘違いを。私の方が年上ですから、という話ですよ」

 真凛のため息に反応して、サンが笑う。

「か、か、勘違いなんてっ。最初からそう思ってましたっ」

 真っ赤になって否定するが、サンにとっては取るに足らない会話のようで、クローゼットから取り出したシンプルな赤いドレスを手に真凛にあてがう。

「サイズは大丈夫そうね」
「このドレスは?」
「髪結が身につけるドレスです。王子の身の回りのお世話をしますから、華美な装飾はいっさいありません。そして赤い勲章が一つ。これはベリル様の髪結であることを示すもの。何があっても外してはいけませんよ」

 そう言うサンの胸にも小さな赤い勲章が一つついている。それはドラゴンの形をしている。アルマンがつけていたものと同じデザインだと、真凛はすぐに気づく。

「アルマンは青い勲章だったわ」
「アルマンはアウイ様にお仕えしていますから」
「アウイ王子に仕えていると青いの?」
「王子にはそれぞれシンボルカラーがございます。アウイ様は幼少の頃から青がお好きだったようですが、ベリル様も自らを象徴する赤をお選びになりました」

 ベリルの赤い髪は忌むべき色だと聞いていた真凛は、サンがベリルを象徴する色だと答えたことに納得していた。決して好きな色ではないが、ベリルから切り離せない生涯背負う色なのだろうと。

「じゃあ、セオ王子は何色?」
「セオ様は銀を」
「銀?」
「お会いになればわかりますよ。ではマリン、ドレスに着替えて髪を結いましょう。髪結の格はすべてデザインで決まります。美しく結える者ほど王子から高い信頼と寵愛を得ることができるのです」

 どうやら髪結は、技術力によってその地位が決まるらしい。サンは髪結としての優れた働きを認められて、側近として仕えているのだろう。その実、サンの髪型はとても品があって美しい。

 サンはいつかベリル王子の妃になるの?

 真凛はそう思ったが、口に出すことはしなかった。




「まあ、素敵。髪をあげるとますます大人っぽくなるのね」

 あみ込んだ髪をくるっと回してピンで留めただけのヘアースタイルを見て、両手をそっと合わせたサンは少女のように瞳を輝かせる。

 セドニー王国では珍しいヘアアレンジなのかもしれない。サンのようなしなやかさと品はないけれど、崩れにくさから真凛が好んでする仕事用の髪型。

 王女である自覚は全くない。ベリルのもとで働いて生きていくのだという気概を見せるために選んだヘアアレンジだ。

「マリンの黒髪はとても艷やかね。何か付けていて?」

 髪型だけでなく、サンは毛先まで手入れの届いた真凛の長い黒髪に興味を示す。

「あー、シャンプーやトリートメントにはこだわってたけど、セドニーにはないわ。あるのは……、つげ櫛ぐらい」

 仕事道具の入ったバッグを探る。出てくるのは、いくつかのはさみと櫛ぐらいだ。

「つげ櫛ならありますよ」

 サンは胸元から品の良いつげ櫛を嬉しげに取り出す。

「椿油をつけてもいいとは思うけど、……あるかしら?」
「すぐに取り寄せましょう。ベリル様には誰よりも輝いていただかなくては」

 椿油もあるのだと、素直に驚く。セドニー王国は風土も日本に似ているのだろう。

 サンはあれこれと真凛に質問する。真凛が生業としていた美容師の仕事から髪の手入れ、さらにはドレスのデザインに合わせたヘアアレンジなど。

 とても一日では語れないほどの質問攻めに、サンの仕事熱心な様子が見えて真凛は驚嘆する。

「サンはベリル王子に仕えて何年?」
「14の頃からですので、もう11年になります」
「そんなに。一人では大変でしょ?」
「いいえ。ベリル様に仕えることができて幸せです。大変なことは何も」

 苦労より幸せなことの方が多い。そんな風には思えなかったが、サンの笑顔を見ているとそんなこともあるのかもしれないと思う。

「アウイ王子の髪結はアルマンだけじゃないと聞いたわ」
「アウイ様は式典参加なども多いですし、アルマンは護衛を兼ねての髪結。無用な争いを防ぐため髪結に位はありませんが、近衛隊長を務めていたアルマンはある意味特別ね」

 特別な存在のアルマンと20年も過ごしてきたことに驚くが、特別だからこそ王女の護衛を任されていたのだろう。

「アウイ王子の髪結って、アルマン以外はみんな女性なの?」
「いえ、男性の髪結もおりますよ。ですが男性の方が珍しいわね。アウイ王子は次期国王ですから、待遇が他の王子とは違います」
「じゃあ、セオ王子の髪結も女性?」
「気になりますか?」

 茶目っ気のある言い方をするからどきりとする。

「そ、そういうんじゃないの。ただ髪結のことが知りたいだけで……」
「大丈夫ですよ、マリン。セオ様の髪結は母親ほど年の離れた方お一人。ベリル様の王宮に住まう髪結は、私とマリン、そしてセオ様の髪結ルベだけです」

 内心ホッとする。女の争いは苦手だ。ライバルにはならないのに、色恋沙汰に巻き込まれたことは何度となくある。無用な争いを好まない髪結だからこそ、サンは安心するように言ったのだと気づく。

「ルベとも仲良くできたらいいわ」
「そうですね。マリンなら、大丈夫ではないかしら?」

 マリンなら、という言い方は気になったが、サンの笑顔に真凛は大丈夫だろうと思えた。
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