溺愛王子と髪結プリンセス

水城ひさぎ

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俺の髪結になる?

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 ベリルの王宮は、アウイの王宮とはずいぶんと雰囲気が異なっていた。質素な外観はもちろんのこと、兵士の数もアウイのそれとは違う。

 質素といっても、真凛が育った小さなアパートに比べたらじゅうぶんに豪勢なのだが、敷地の広さは比べものにならない。 

 未来を期待された王子とそうではない王子の差が、建造物にも現れているのか。

 そうは思ったが、ベリルの王宮にはセオ王子も暮らしている。もしかしたらベリルは落ち着いた外観と広すぎない屋敷を好んでいるのかもしれないなどと憶測をめぐらす。

「兄上は華やかでないと落ち着かないようですが、私にはじゅうぶんなものです。マリンの長く暮らす王宮です。気に入るといいのですが」

 真凛の思いを裏付けるように、ベリルは言う。

「私もここで暮らすの?」
「もちろんです。髪結は、常に主とともにあるものです」
「別の家から通うわけじゃないのね」

 小さな住まいを与えられて、王宮へ通うのだと思っていた真凛は、改めて王宮を眺める。現実離れした屋敷に暮らす自身が想像つかない。髪の手入れだけでは一日潰せないだろう。

「髪結って、毎日何をしてるの?」
「細かなことはサンから説明させましょう」
「サンって?」
「サンは私の髪結です。長く私に仕えている女性ですので、マリンも安心でしょう」

 サンという名を口にするベリルの表情がひどく柔らかい。よほど信頼を寄せているのだろうと、ひとまずほっと胸をなで下ろす。

「優しい人だといいけれど」
「さあ、それはどうでしょう」

 くすりとベリルは笑い、続ける。

「昔はたくさんの髪結がいましたが、今はサンだけです。なぜ去ったか、真実はわからないでしょう」
「つまり表向きの理由はあっても、実はサンが追い出したってこと?」
「そうは言いません。王になれない王子に仕える意味がないと見限っただけかもしれませんね」
「そんな部下ならいらないじゃない」

 やめてもらって良かったのよ、と真凛が言えば、ベリルはわずかに目を細める。

「髪結は特別なんですよ。王子の妻になることもあるので、それなりの期待をして自慢の娘を王宮へ寄越す親もいるでしょう。しかし有事を除き、王宮から出ることは許されていませんので、厳しいと感じる娘もいるでしょう」
「やっぱり王妃になれないなら苦労したくないだけのわがままな人たちだったのよ」
「慰めてくださってるのですか? マリンは優しいですね。サンもすぐにマリンを気に入るでしょう」

 裏切りというものが日常にある世界にベリルは生きている。それは悲しいことだけれど、背負うものの大きさが違うのだろう。

 そう思った真凛は、少しでもベリルの笑顔を誘おうと問いかける。

「仲良くできたら嬉しい。サンは私のこと知ってるの?」
「ええ。この王宮でマリンの素性を知るのは私とサンだけです。くれぐれも他の者に真実を話してはなりませんよ」
「ベリル王子とサンだけ? でもここにはセオ王子も暮らしてるんでしょう?」

 首を傾げる。陛下や王妃を始め、王子たちは皆、知っているとばかり思っていたのだ。

「セオは知りません。マリンがいなくなった後に生まれましたので、二十年前のセドニーのことは何も知らないのです」
「じゃあ、隠していた方がいいのね」
「隠すというより、話す必要はありません。それを知ったことでセオの身にまで危険が及ぶようなことがあってはいけません」

 具体的にどんな危険があるのかは全く想像つかないが、ベリルがそう言うのだからと、従う意志を示すように真凛は神妙にうなずいた。
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