溺愛王子と髪結プリンセス

水城ひさぎ

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俺の髪結になる?

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 白毛馬が引く馬車から望む光景を、美容師の制服を身につけて眺める日が来るとは想像もしていなかった。

 街を歩く住人のものとは明らかに違う、この世界にちぐはぐな印象を与える制服が、真凛が異世界から来た者であることを証明している。

「なんだか変な気分……」

 無意識に真凛はそう口に出していた。

 向かい側に腰を下ろすベリルは伏せていた目をあげて、無言で真凛を見つめる。

「現実的じゃないことばかりおきると、夢を見てるのかなって思うの。目覚めたら、育った家にいるのかもって」
「アイ様がお亡くなりになったことは聞いていますが、あちらの世界に思い残すことでも?」
「そう言われるとわからないの。お母さんと阿留間店長……」

 ベリルにじろりとにらまれ、わざとらしく咳払いする。

「あ、アルマンとね、三人で仲良く暮らしてきたわ。美容院……、えっと、髪結の仕事って言ったらいいのかしら。髪結の仕事でたくさんの人に会うけど、その誰もが明日いなくなったら困る人だったかと聞かれるとそうでもない。でも確かにあの人たちは私の毎日を支えてて……。友だちだっていたけど、私がいなくなって困る友人がいたのかどうかまではわからない」
「妙な気分としか言えないのですね。ですが、私から言わせていただくことがあるとしたら、マリンはこの世界に必要な方です。私の妹姫としてだけでなく、この世界に」
「この世界に?」
「あなたはいつか国王を救うことになるからです。いや、一度はもう救っているのかもしれません」

 想像もつかなかったベリルの言葉に驚く。

「私が? ……私は生まれてすぐに日本へ飛ばされたのよね?」
「生まれてすぐではありません。一歳の頃だったかと記憶しています。あの頃、兄上が生死をさまよう病におかされて、治世は混乱していましたので間違いないかと」

 真凛は目を見開く。

「兄上って、アウイ王子?」
「ええ、そうです。私の兄はアウイ王子だけです」
「アウイ王子が大病したなんて想像つかない」
「ああ見えてデリケートなお方なんですよ」

 くすくすとベリルは笑うが、すぐに笑みを消すと続けて言う。

「陛下には四人の子がいます。一人はアウイ王子、一人はマリン、そして私と、弟が一人」
「弟がいるの? じゃあ、私の弟でもあるのね? なんて名前なの?」

 好奇心を見せて真凛は矢継ぎ早に尋ねる。

「セオと言います。私の王宮で暮らしていますから、そのうち会えますよ」
「セオね。ほんとに不思議な気分。だってずっと一人っ子だったのに、いきなり兄弟が三人も増えるなんて」

 ベリルはわずかに目尻を下げて優しく微笑む。

「知り合いのいない世界です。さみしいこともあるでしょうが、私たち兄弟の存在がマリンのなぐさめになるなら嬉しいことです」
「あ! でも、ちょっと待って」

 眉間のあたりに指を当て、真凛は悩ましげに眉をひそめる。

「私が一歳の頃にお母さんと一緒に陛下の力で日本へ飛ばされたのよね? その『力』というのもよくわかってないんだけど、お母さんが私と一緒だったなら、セオは……」
「マリンに話さねばならないことはたくさんありますが、私たち兄弟のことをまず説明した方がいいですね」

 そう前置きをして、ベリルは言う。

「アウイ王子とマリンの母親は、第一王妃であるチタ様です」
「チタ? ……お母さんは藍よ」
「ええ、チタ様の姉のアイ様がマリンの育ての親なのです」

 真凛はますます眉をひそめたまま、その表情を凍りつかせた。

「私とセオは第二王妃であるインカ様の子です。王妃はおふたりのみ。異母兄妹ではありますが、私たち四人が陛下の子です」

 真凛の心中など察する様子もなく、ベリルは淡々と続ける。

「セオは二十歳になる、兄上に継ぐ、王位継承順位第二位の王子です。マリンは残念ながら陛下の計らいにより、非嫡出子の扱いを受けていますので、王位継承権は……」
「待って」

 唐突に真凛は声を上げる。

「何か不服でも?」
「私に王位継承権がないのはわかるわ。そうじゃなくて、なぜセオ王子が第二位なの?ベリル王子は……」
「私に王位継承権はありません」

 そう言って、ベリルは長く伸びたさらさらの髪をひとつかみ持ち上げる。燃えるような緋色の髪が真凛の前にちらつく。

「セドニーには赤髪の子は忌むべき者という風習が根強くあります。長い歴史で赤髪の王が誕生したことはありません」

 信じられないほどの非合理な風習に、真凛は眉をピクリとあげる。

「だからなの?」
「だからとは?」
「だからタンザ国王は私だけ日本へ行かせたの? アウイ王子に万が一のことがあっても、ベリル王子は絶対に国王になれないから」

 静かにベリルはうなずく。

「あのとき、兄上が病で命を落としていたら、間違いなく戦乱は起きていたでしょう。セドニーには赤髪の王はおろか、女王すら誕生した歴史はないのです。変化を望まないものは無責任なことを言うものです。健康で優良な王子を、と」
「それでセオが生まれたのね」
「ええ。セオは心優しい青年です。できることならば、王位などというものとは無縁に生きて欲しいと願っています。そのためには、兄上にはやく結婚してもらいたいところですね」
「結婚……っ? ……あ、わ、私は無理よ」

 慌てて両手を目の前で振れば、ベリルはくすりと声を漏らして笑う。

「兄上もそこまで愚かではないでしょう。実の妹に子を産ませることなど……」
「アウイ王子ならやりかねないもの」
「たしかに。マリンは美しいです。私が目にしたどんな娘よりも美しい。傾国の美女とはあなたのような方のことを言うのでしょう。つまみ食いしたくなる兄上の気持ちはわからないでもありません」
「わ、わからないでもないって!」

 胸の前で腕を交差させれば、アウイの触れた身体がうずく。

 兄妹であろうとも、貞操を奪おうとする行為に身体が反応してしまうことを、真凛は身をもって知ってしまった。

「申し上げたでしょう。マリンの身に危険があるときは私の妻にすると。むつみ合ってもかまわないぐらいには、あなたを大切に思っていますよ」

 冗談とも本気ともつかない口調で言い、ベリルはうっすらと笑みを浮かべた。
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