溺愛王子と髪結プリンセス

水城ひさぎ

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俺の髪結になる?

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 アウイの住まいである王宮は、青を基調として程よく金を散りばめた装飾に彩られていた。廊下や天井、調度品のすべてがきらびやか。まるで物語の世界へ飛び込んだような、現実的ではない豪華さに満ちている。

 青いじゅうたんが敷き詰められた廊下を歩くベリルの赤い髪は、青の世界に強烈な印象を植え付ける。異物とまでは言わないまでも、彼の存在はこの空間で異質だ。

「アウイとは仲が良くないの?」

 前方を歩くベリルの背中に声をかける。真っ直ぐ腰まで伸びた長い赤髪を揺らして振り返る彼の瞳の色は青く、その対象的な色味の美しさに息を飲む。

 さっきは気が動転していて気づかなかったが、ベリルの瞳はアウイに似ている。父親譲りなのだろう。

 兄弟だから当然なのかもしれないが、真凛の脳裏におぼろげに浮かぶのは、父であるタンザ国王の想像の姿だ。もう会うことはできない父の面影を彼らの中に見つけることで、ほんの少しだけ癒やされる気がした。

「仲がいいとか悪いとかではありませんよ。兄上には次期国王としての自覚を持って頂きたい。それだけです」
「ベリルの方がお兄さんみたい」

 そう言って笑うと、ベリルはわずかに眉をひそめる。気を害すようなことを言ってしまっただろうか。

「マリン、あなたは異国の地から招かれた、とても大切な来賓です。皆の前では王子と」

 そうだった。血を分けた兄妹であることは公表できない。なぜ命を狙われるのか、誰に命を狙われているのか全く想像はつかないが、今の真凛には身寄りのない異国人として扱われる道しか許されていない。

「……あの、ベリル王子、私はこれからどうしたら?」
「私の王宮へ」
「それはわかってるわ。聞きたいのは、王子の王宮でどういう扱いを?」

 真凛が不安げに胸元へ手を当てて問うと、ベリルはますます眉をひそめる。

「兄上があなたに何を要求したかは知っています。兄上はほんの少しからかったつもりなのかもしれませんが、私はあのような冗談が嫌いです」
「じゃあ、……その、さっきみたいなことはしない?」
「さあ、それはわかりません」

 しれっと答えるベリルの口角がわずかにあがる。

「……へ?」

 気の抜けた変な声が出てしまう。

「妹であろうとも、マリンの身が危険にさらされると判断した時は、私の妻にします」
「でもそれって、あの……」

 そんなことが許されるのかと、真凛は困惑する。

「先のことはわかりません。ですが今、私が言えることはそれだけです」

 ベリルは「行きましょう」と言うと、また歩き始める。真凛は仕方なくついていく。

 長い廊下の角にさしかかった時、反対側から花瓶を持った阿留間が現れて、真凛はアッと声をあげた。

「店長ー、どこに行ってたんですかっ。もう、ひどい……っ」
「これはこれはベリル王子、このようなところまでおいでになるとは」

 阿留間は駆け寄る真凛を素通りして、ベリルへ敬礼する。

「マリン、アルマンは近衛隊長です。先ほども注意しましたが、敬称には気をつけてください」

 真凛が阿留間を店長と呼んだことをやんわりとたしなめると、ベリルはアルマンに視線を移す。

「アルマンがいながら、兄上の愚行を止められないとは思いませんでした。少々のんびりし過ぎたようですね」
「アウイ王子のお側に仕えるのが、真凛様の幸せかと」
「一理あります」

 ベリルは小さくうなずいて、アルマンの胸についた青い勲章を眺める。

「近衛隊長の任は解かれたのですか?」
「アウイ王子が生まれたその日に解かれています」
「そうでしたか」
「20年も経つと記憶は優しいものになりますね。ずっとアウイ王子の髪結として生きております」

 アルマンは穏やかな笑みを浮かべたまま、胸に手を当てて礼をする。

「本職から離れた仕事を任せられていたようですが、健やかならば何も言いません。それはそうと、髪結の腕は鈍ったのでは?」
「いいえ、あちらの世界にも髪を結う仕事はございます」
「……ああ、そうか。マリンのそれは髪結の道具ですか」

 ふとベリルの視線が真凛の腰元に下がる。美容師の道具が、エプロンのポケットに入っている。

「あちらから持ってきてしまったようですね。処分なさいますか?」
「いや、特に問題はありません。しかし、その衣装はいささか目立ちますね。着替えが必要です。すぐに用意させましょう」

 美容院の制服を身につけた真凛を眺めてベリルはそう言うと、ふたたび歩き始める。

「ベリル王子、真凛様をどちらへ?」
「私の王宮へ連れていきます」
「王子の? お言葉ですが、それはいささか早計かと。どう扱うおつもりです?」

 アルマンはあきらかに怪訝そうにするが、ベリルは余裕のある笑みを見せる。

「兄上もアルマンも、私を信用してないのですね。ならばこうしましょう。今日からマリンは私の髪結です。その技術、見せていただくことにしましょう」
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