溺愛王子と髪結プリンセス

水城ひさぎ

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セオの髪結になるということ

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 セドニー王国は5つの国から成る統一国家である。

 セドニー王国が建国される以前、5つの国はそれぞれに栄えていた。

 そのうちもっとも豪華絢爛に輝いていたのは、赤の民が暮らすフィンだった。彼らは不思議な力を自由自在に操り、聖なる民として畏怖されていた。

 フィンの民は力を振りかざし、他の民を愚弄し、いつしかセドニー大陸を牛耳るようになっていった。

 それはもう300年も前の話だ。多種多様な種族はセドニー王国建国に伴い、長い年月をかけて交わりあった。今やフィンの民に生粋の血は存在しないとされていた。

 しかし30年ほど前、赤鷹の暮らす谷に細々と生活するフィンの民が、赤鷹討伐に繰り出したカルによって発見された。

 あの日から全ては始まった。始まったものを終わらせるのは、生粋の血を汚した忌まわしい血だろうか、とベリルは手のひらを眺めて思う。

 インカの暮らす屋敷は赤と金に彩られた玲瓏たる宮殿だった。陛下すら近づけない閉塞的な空間は、むせるほどの香が焚かれ、判断能力を奪っていく。

 ベリルはこの空間が苦手だった。できることならすぐに立ち去りたい。そんな思いを胸に秘めて赤いじゅうたんの上を歩んでいく。

「ようやく来たか」

 ベリルの到着に合わせて、廊下の突き当たりにある大きな赤い扉が内側から開く。

 足を止めることなく部屋へ踏み込むなり、そう声をかけてきたのは、金の椅子に悠然とかまえる赤い髪の女だった。

 セドニー王国でこれほどまでに美しい赤髪を持つ人物は、インカの他にいない。床に這うように伸びる長い髪は毛先まで艶めいていて、その美貌は衰えることを知らない。

 母の悪評は黙っていても耳に入ってくる。しかし嫌うことができないのは、愚かで放っておけない弟に似ているからだろう。ベリルは母に会うたびにそう実感する。

「お待たせしました。マリンとセオの仲睦まじい姿を確認してからと思いまして」

 正午過ぎに起き出した真凛は、彼女に会いたくてたまらないと笛を鳴らすセオのもとへ向かった。挨拶もそこそこに、セオは真凛を抱きしめて「身体は大丈夫か?」と尋ねた。

 セオは母に似ず、優しい青年に育った。人知れず王宮を離れ、逞しく生きて欲しいと願ったこともあるが、真凛に出会ってしまった今はもう、それも叶わないだろう。

「そうか。仲睦まじいか」

 インカは唇の端をわずかにあげる。

「セオのためにマリンには手を出されないでください」
「もちろん。あの黒毛の娘には生きてもらわねばならぬ」
「アウイ陛下の命が何者かに狙われたと聞きました。マリンは正式に王の子と認められてはいません。たとえ陛下の身に何かあったとしても、マリンが王になることはないのです」
「その事実を知るものはどこにいる?」

 依然と皮肉げな笑みを浮かべたまま、インカは立ち上がる。長い髪が重たそうに揺れる。その髪を後ろで持ち上げる髪結もまた、赤髪の娘たちだった。

 ベリルは目がくらむのを感じた。ガーネも元はインカの髪結だった。

 幼少の頃、母に会うのが楽しみだったのは、母の側にガーネがいたからだ。ガーネを想うと身体の内側から悲しみがあふれ出す。小さな幸せを願っただけなのに、母はそれさえも許さなかった。

「アウイ亡き後、セオは国王になる。マリンという娘との結婚を条件にな。タンザの愚行を知らしめる必要もなく、正当な王が誕生する好機ではないか」
「そうやって陛下の側近たちを丸め込んだのですか」
「のう、ベリルよ。フィンの民は青の愚者に虐げられてきた。そろそろセドニーはフィンが支配してもよかろう」

 青の民はその昔、ギルという名の小さな国で暮らす平和を好む民族だった。

「青の愚者などどこにいましょうか。生粋のギルの民はもういません。青い髪、青い瞳を持つものはアウイ陛下のみ。しかしながら陛下の死がもたらすものはギルの消滅ではありません」
「そうであるな。おまえの血にもギルの血が流れる。その青の目を見るたびに吐き気がするわ」

 嫌悪をむき出しに吐き捨てたインカはベリルをにらみつける。

 母が王位にこだわるのは今に始まったことではない。赤髪の子を生み、王位継承権のない赤鷹の刻印を受けた我が子の瞳が青だったと知った時の嫌悪と失望は想像を絶する。母は孤独だっただろう。そして、孤独が卑屈な未来を創造させた。

「セオは王に向きません」
「大きな問題ではない。マリンの存在がセオに輝かしい未来を与えた。そうは思えぬのか、ベリルは」
「民を欺いてまで、セオは王になろうとは思わないでしょう」
「それを決めるのは民だ。いずれマリンはセオの子を産む。そうすればタンザの血は守られるではないか」

 ベリルはぎゅっと拳を握りしめた。

「ならばなぜ、ガーネを殺したのです。ガーネは私の子を宿していた。あの子も父王の血を受け継ぐ者だった」
「ガーネは賢いがゆえに愚かだった。私が殺したのではない。殺されても仕方のない生き方をした愚かな女だった。それだけだ」

 人の死を簡単に切り捨てられるインカとの話し合いは無理だろう。それはここへ来る前からわかっていた。だからサンを突き放した。サンと過ごす平和な日々はもう二度と戻らないとわかっていた。

 インカはベリルに歩み寄り、スッと白い手を伸ばす。真っ赤に塗られた爪がベリルのほおを滑る。

「ベリルはよくやった。マリンを連れ帰らねば、セオと出会うこともなかった。そなたの功績は大きい」

 真凛をアウイから助けたのは母の野望を叶えるためではなかった。それでもセオと真凛が出会ったことに後悔はない。

「私と同じような悲しみをセオに負わせる気はありません」

 たとえ離れていても、とサンは言った。生きていればまた必ず会うことはできる。それを教えてくれたのは、ガーネだった。
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