佐藤くんは覗きたい

喜多朱里

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更衣室を覗きたい(前編)

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 渡り廊下で有村さんのパンチラを堪能して以来、僕は帰宅部で持て余した時間を費やして校内の更なる覗きスポットを探し回っていた。
 幾つか候補地は見付かったが、隠れるのに難があったり、覗く先をほとんど人が通らなかったりと実用的ではなかった。

「体操着死すべし」

 教室棟二階のベランダに戻ってきた僕は、渡り廊下を通る女子生徒のパンチラで萎えた心を癒そうとしたが空振りに終わっていた。
 秋も真っ盛り、制服のプリーツスカートでは耐えられない寒さを体操着のハーフパンツを穿くことで防ぐ――中学時代から続く悲しい光景だ。
 バレた時のリスク、確実ではないリターン――パンチラを拝めるかどうかは博打に近い。それも分の悪い賭けだ。

「……未知にこだわり過ぎている気がする」

 果たして偶然を覗くことにこだわる必要があるのだろうか。
 見たいものが見れる場所を覗けばいいのでは?
 僕は覗きの原点に立ち返り考えてみた。

「――更衣室」

 学校には着替えを必要とする授業や部活動があり、それぞれに更衣室が用意されている。
 当然、そこでは制服を脱ぐだろう。
 下着姿になるし、もしかしたら一糸まとわぬ姿になるかもしれない。
 有村さんの着替えを想像して、僕は思わずニヤけてしまう。

「いや、冷静に考えよう」

 体育の時は、皆揃って着替えているので抜け出して覗きをする余裕はないし、男子生徒もやっていることだが大抵の女子生徒も事前に制服の中に体操着を着ているので期待するような『着替え』は拝めないだろう。
 かといって体育以外で着替えのタイミングを考えると、運動系の部活動に所属するぐらいだろうか。万年帰宅部である僕が、覗きのためだけに運動部の扱きに耐えられるとは思えない。

「もう帰るか」

 冷たい風とパンチラの空振りに心を折られた僕は、今日のところは帰宅することにした。


    *


「有村さんっ!」

 駐輪所に向かう有村さんの背中に呼び掛ける。
 普段ならそんな大それた真似はしなかっただろう。でも項垂れてとぼとぼと歩く後ろ姿は、今にも風に吹き飛ばされてしまいそうなほど弱々しくて無視できなかった。

「あっ……やっほー! 佐藤くんも今から帰るところー?」

 僕に気付くと、有村さんはすぐに笑顔で手を振ってきた。

「有村さんも?」
「うんっ、折角だから一緒に帰ろうよ。駅までだけど、佐藤くんは?」
「僕は駅の先に家があるから、同じ道で大丈夫」

 本当は駅を経由すると遠回りになるのだが、自転車でのパンチラを期待した僕は流れるように嘘を吐いた。もちろんさっきの様子から独りにするのは心配だったのもある。

「それじゃあ帰ろうか」

 自転車に跨って二人並んで校門を抜ける。
 校門前は緩やかな坂道が続いているので、ペダルに足を置くだけでのんびりと進んでいく。

「最近よく放課後に見掛けるけど、今日も締め出しくらっちゃった?」

 悪戯っぽく笑う有村さんに、僕は顔を強張らせる。
 言い訳を考えるのを忘れていた。確かに帰宅部で委員会の仕事もない僕が一人で放課後に校舎内をふらついでいれば何をしているのか気になるのは当然だ。

「えーと、実はその……そう! 写真にはまっててね!」
「だからあちこち歩き回ってるんだ! 撮影スポットは見付かった? 良い写真が撮れたら是非見せてね」
「ちょっとした暇潰し程度だから、あんまり期待しないでおいて」

 探しているのは覗きスポットだし、撮ったとしても盗撮写真だ。
 しかし咄嗟に出た嘘だったけれど、それほど悪くない言い訳な気がした。
 ただのお遊び程度の趣味であれば、一眼レフなんて使わなくてもスマホの性能で十分だ。カメラはお金が溜まったら買うつもりとでも言っとけば怪しまれない。実際に覗きの構図確認で写真は撮っているのだから偽装としてはうってつけではないだろうか。

「時間があるなら佐藤くんも誘えば良かったなー」
「誘う?」
「今日は図書室で中間テストの勉強会してたの」
「そういえばテストがもう近いもんね」
「おおっ? さては佐藤くん勉強は得意だなー?」
「そんなことはないよ」

「それじゃあ明日も開催予定だから……ああ、ごめん、明日と明後日は委員会の仕事で参加できないんだった」
「美化委員って忙しいんだね」
「ちょうど春の球根を植える時期だからね、仕方ないよ。そんな話よりも佐藤くんの話を聞かせて! 前から一緒に話して見たかったんだ」

 聞き上手の有村さんに乗せられて僕は色々と話をした。
 放任主義の家族の話や、小学生の頃から仲の良い幼馴染とのお馬鹿エピソード、最近読んだ本、土日にやっていること――電車を一本見送ってまで有村さんは僕の話を聞きたがった。

 帰宅後、ベッドで寝転がりながらスマホを見てニヤついていた。
 別れ際に折角だからと連絡先まで交換してしまった。家族や幼馴染以外で初めて登録された女子の連絡先だ。

「……放課後に歩き回ってること、有村さんはよく気付いてたな」

 自分なりにはこそこそとしていたつもりだけど、逆に挙動不審で怪しく映ってしまっていたのかもしれない。
 今度はもうちょっと周りをよく見るようにしよう。

「そういえば僕の話はしたけど……有村さんの話は聞けなかったな」

 もし次に話す機会があれば僕の方から有村さんの話を聞いてみよう。
 今すぐに連絡する手段はあるけど、ここで積極的にアプローチを掛けられるなら陰キャなんてやってない。
 でも放課後に残っていたことを切っ掛けに、有村さんとここまで仲良くなれるとは思っていなかった。
 勝手にパンツを堪能させてもらった立場として、教室で姿を見ているだけなんとなく背徳感もある。制服姿を凝視していると透けるんじゃないかという馬鹿な妄想を授業中に何度もしていた。

「ん? 制服姿……?」

 あの日、パンチラを見た時の有村さんは制服を着ていた。
 学校で制服なんて普通だ。それなのに引っ掛かりを覚える。
 場所にヒントがあるだろうか、とカーテンを開けてベランダを確認する。
 取り込み忘れていた洗濯物が夜風に揺れていた。

「洗濯……体操着……そうか、そういうことか!」

 園芸を制服姿のままでやるとは思えない。
 きっと作業中は体操着とか汚れても問題ない服に着替えていた筈だ。
 明日と明後日、有村さんはまた美化委員の仕事があると言っていた。当然その時は着替えを行うだろう。ひょっとしたら、着替えを覗くチャンスがあるんじゃないだろうか。

 洗濯物を取り込みながら、明日の作戦を組み立てる。
 制服を押し上げる有村さんの豊満な胸を想像すると、夜の冷え込みに負けないぐらい熱い感情が込み上げてきた。
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