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勉強会を覗きたい(前編)
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窓から見える景色が気になって足を止めた。
スマホを横持ちで構える。
長方形に切り取られた風景を写真に収める。
なんとなくしっくり来なかったので、構図を変えるためにスマホを下に傾けると、有村さんの顔が画面一杯に広がった。
「うわぁぁっ!?」
「ひゃぁー!? ご、ごめんね! そこまでビックリするとは思わなかった」
カシャリとシャッター音が鳴る。
目を真ん丸にした驚き顔の有村さんが撮れていた。幸運にも手ブレはしておらずくっきりと写っていた。
「え、ええっ!? 今撮ったよね! 絶対にブサイクになってる!」
「写りたかったんだよね」
「……うっ、こっそり近付いて驚かせようとして、ごめんなさい」
有村さんは素直に謝ってきたので、僕はスマホのアルバムから撮ったばかりの写真を見せる。
「綺麗に撮れてるでしょ」
「恥ずかしいから、削除ー!」
有村さんの手がゴミ箱マークをタップして、驚き顔の写真を削除した。
「でも本当に写真が好きなんだね」
「……そうかもね」
純真無垢な瞳を向けられて、目を背けるためにスマホに視線を落とす。
確かに写真を撮るのは好きになってきたけど、目的はあくまで盗撮の技術磨きなので誇れたものではない。廊下の途中で足を止めたのも、覗きスポット候補を見付けたから記録したかっただけだ。
それに、有村さんを見ていると、あの日――保健室で目にした光景が鮮明に蘇ってしまう。
靴下だけを残した生まれたままの姿。
そしてあの僅かに漏れた声。
『んっ……』
秘部へと伸ばされた手。
忘れたくないし、忘れる気もない、このまま童貞を極めたら一生涯お世話になるであろう特級オカズだ。
僕は首を横に振って、有村さんのあられもない姿を脳内から追い出す。
「今日もこれから美化委員のお仕事?」
「ん? ああ、違うよ、伊藤先輩と図書室に行く途中で、たまたま顔を合わせて話してたの」
伊藤先輩が何故かニヤニヤ笑いながら頷く。
「たまたまだよ。それよりも、きみが噂の彼氏くん?」
「えっ……!?」
「違いますよー、佐藤くんに悪いじゃないですか」
返答に困っている内に有村さんがさらりと流していた。こういう対応は慣れたものだろう。少しも恥ずかしがったり、戸惑ったりした様子がないのは悲しいけど。
「いや、七江ちゃんの彼氏だったら誰だって喜ぶと思うよ。ねー?」
伊藤先輩の追撃に僕は「あはは」と笑って誤魔化した。
「それじゃあ七江ちゃん、佐藤くん、勉強を頑張りたまえよー」
立ち去る伊藤先輩の言葉に首を傾げる。
それに大きな引っ掛かりをあった気がする。
「勉強……?」
「わたしが図書室で勉強会をやるから、そのことだと思う」
「中間テストが終わったばかりなのに?」
「だからこそかな。期末の対策は早目にしておかないと、危うい成績の人が何人かね」
なるほど、有村さん自身の問題ではなく成績が悪いクラスメイトのために勉強会を開くのか。
「あのね、無理にとは言わないけど」
「うん?」
「勉強会、佐藤くんも参加してほしいの」
「えっ」
「ダメかな?」
潤んだ瞳で上目遣いは卑怯だと思う。
*
有村さんの呼び掛け効果のお陰か、勉強会には二年A組の帰宅部はほとんど参加していた。
いじめを受けてはいないが、僕はクラスの中では意図してぼっちを貫いているので正直に言えば浮いている。そんな奴が仲良し小好しの勉強会に参加したらどうなるか――それはもう居心地が悪い。
図書室に並べられた六人掛けのテーブルに、それぞれ仲の良い友達同士で固まって座る。僕に友達は居ないので当然あぶれる。
適当に座ってみれば、相席にすることになったのだが、乗りが合わないので会話は生まれない。ただ僕との間に会話が交わされないだけならば何も問題はないのだが、僕の生み出す空気がそうさせるのか、同じテーブルに着いた全員が黙り込む。
控え目に言って申し訳ないしひたすらに気不味い
黙々と勉強する姿は正しい姿かもしれないが、まるで電車やバスで他人同士が並んで座っているような空気感は勉強会と呼んでいいのだろうか。
宿題を終えたらさっさと帰ろうと思った。
「なんだお前らお通夜でもやってんの? 集まってる意味ねーじゃんか」
席を動き回っていた荒谷くんが、僕の座るテーブルの前で立ち止まった。
発言には完全に同意するけど、面倒な奴が来てしまった。ウェイ勢の代表格で僕とは対極の位置に居る男子生徒だ。
僕は教科書で顔を隠して勉強に意識を向けた。
「おい、佐藤! 他の奴らに教えてやれよ。お前って成績良いんだろう? 答案返された時に褒められてんの知ってんぞ」
「できるのと教えられるのは違うよ。数学教師の田辺先生、昔は数学オリンピックに出たとか自慢してたけど授業は分かりにくいでしょ」
「できもしない奴よりはマシだろう」
「それはそうだけど」
「んじゃ、決まりな!」
気前の良い笑顔でバシバシと肩を叩いて去っていった。
僕はテーブルに座る他の四人に目を向ける。六人掛けなのに五人しか座ってないのは、僕の隣が空いているからだ。
「どの教科を勉強してるの?」
頼まれたからには仕方ないと愛想笑いを全開に訊いてみたが、四人の愛すべきクラスメイトはそれぞれに理由をつけてそそくさと帰っていった。
「…………まあいいか」
僕は精神的苦痛を味合わず、四人は楽しくもない勉強会から抜け出せた。
貧乏くじを引かされた気がするけど、こういう日もある。
「佐藤くん! テーブルを独り占めなんてズルいよ!」
ニコニコと笑顔の有村さんに癒やされる。テーブルを渡り歩き、あちこちで勉強を教えていたようだ。
「領土拡大は戦争の結果だから」
「んん? なんの話?」
「戦争は悲しみがつきまとうよねって話」
「あはは、歴史の勉強をしてたんだ」
「………………んー????」
「そんなに首を曲げてどうしたの? ストレッチ?」
有村さんが流れるような自然さで隣に座ったからです。
「やっぱり、あれだけ豪語してただけあって中間テスト余裕だったね」
「誤解だからね」
「うんうん、一杯頑張ったってことだよね。……わたしね、実は数学が苦手なんだ」
「そうなんだ」
「そうなの」
「ええと、期末は頑張らないとね」
「だからね、佐藤くんに教えてもらいたいなって」
「…………」
「ダメ……?」
やっぱり上目遣いは、絶対に法律で禁止するべきだと思う。
スマホを横持ちで構える。
長方形に切り取られた風景を写真に収める。
なんとなくしっくり来なかったので、構図を変えるためにスマホを下に傾けると、有村さんの顔が画面一杯に広がった。
「うわぁぁっ!?」
「ひゃぁー!? ご、ごめんね! そこまでビックリするとは思わなかった」
カシャリとシャッター音が鳴る。
目を真ん丸にした驚き顔の有村さんが撮れていた。幸運にも手ブレはしておらずくっきりと写っていた。
「え、ええっ!? 今撮ったよね! 絶対にブサイクになってる!」
「写りたかったんだよね」
「……うっ、こっそり近付いて驚かせようとして、ごめんなさい」
有村さんは素直に謝ってきたので、僕はスマホのアルバムから撮ったばかりの写真を見せる。
「綺麗に撮れてるでしょ」
「恥ずかしいから、削除ー!」
有村さんの手がゴミ箱マークをタップして、驚き顔の写真を削除した。
「でも本当に写真が好きなんだね」
「……そうかもね」
純真無垢な瞳を向けられて、目を背けるためにスマホに視線を落とす。
確かに写真を撮るのは好きになってきたけど、目的はあくまで盗撮の技術磨きなので誇れたものではない。廊下の途中で足を止めたのも、覗きスポット候補を見付けたから記録したかっただけだ。
それに、有村さんを見ていると、あの日――保健室で目にした光景が鮮明に蘇ってしまう。
靴下だけを残した生まれたままの姿。
そしてあの僅かに漏れた声。
『んっ……』
秘部へと伸ばされた手。
忘れたくないし、忘れる気もない、このまま童貞を極めたら一生涯お世話になるであろう特級オカズだ。
僕は首を横に振って、有村さんのあられもない姿を脳内から追い出す。
「今日もこれから美化委員のお仕事?」
「ん? ああ、違うよ、伊藤先輩と図書室に行く途中で、たまたま顔を合わせて話してたの」
伊藤先輩が何故かニヤニヤ笑いながら頷く。
「たまたまだよ。それよりも、きみが噂の彼氏くん?」
「えっ……!?」
「違いますよー、佐藤くんに悪いじゃないですか」
返答に困っている内に有村さんがさらりと流していた。こういう対応は慣れたものだろう。少しも恥ずかしがったり、戸惑ったりした様子がないのは悲しいけど。
「いや、七江ちゃんの彼氏だったら誰だって喜ぶと思うよ。ねー?」
伊藤先輩の追撃に僕は「あはは」と笑って誤魔化した。
「それじゃあ七江ちゃん、佐藤くん、勉強を頑張りたまえよー」
立ち去る伊藤先輩の言葉に首を傾げる。
それに大きな引っ掛かりをあった気がする。
「勉強……?」
「わたしが図書室で勉強会をやるから、そのことだと思う」
「中間テストが終わったばかりなのに?」
「だからこそかな。期末の対策は早目にしておかないと、危うい成績の人が何人かね」
なるほど、有村さん自身の問題ではなく成績が悪いクラスメイトのために勉強会を開くのか。
「あのね、無理にとは言わないけど」
「うん?」
「勉強会、佐藤くんも参加してほしいの」
「えっ」
「ダメかな?」
潤んだ瞳で上目遣いは卑怯だと思う。
*
有村さんの呼び掛け効果のお陰か、勉強会には二年A組の帰宅部はほとんど参加していた。
いじめを受けてはいないが、僕はクラスの中では意図してぼっちを貫いているので正直に言えば浮いている。そんな奴が仲良し小好しの勉強会に参加したらどうなるか――それはもう居心地が悪い。
図書室に並べられた六人掛けのテーブルに、それぞれ仲の良い友達同士で固まって座る。僕に友達は居ないので当然あぶれる。
適当に座ってみれば、相席にすることになったのだが、乗りが合わないので会話は生まれない。ただ僕との間に会話が交わされないだけならば何も問題はないのだが、僕の生み出す空気がそうさせるのか、同じテーブルに着いた全員が黙り込む。
控え目に言って申し訳ないしひたすらに気不味い
黙々と勉強する姿は正しい姿かもしれないが、まるで電車やバスで他人同士が並んで座っているような空気感は勉強会と呼んでいいのだろうか。
宿題を終えたらさっさと帰ろうと思った。
「なんだお前らお通夜でもやってんの? 集まってる意味ねーじゃんか」
席を動き回っていた荒谷くんが、僕の座るテーブルの前で立ち止まった。
発言には完全に同意するけど、面倒な奴が来てしまった。ウェイ勢の代表格で僕とは対極の位置に居る男子生徒だ。
僕は教科書で顔を隠して勉強に意識を向けた。
「おい、佐藤! 他の奴らに教えてやれよ。お前って成績良いんだろう? 答案返された時に褒められてんの知ってんぞ」
「できるのと教えられるのは違うよ。数学教師の田辺先生、昔は数学オリンピックに出たとか自慢してたけど授業は分かりにくいでしょ」
「できもしない奴よりはマシだろう」
「それはそうだけど」
「んじゃ、決まりな!」
気前の良い笑顔でバシバシと肩を叩いて去っていった。
僕はテーブルに座る他の四人に目を向ける。六人掛けなのに五人しか座ってないのは、僕の隣が空いているからだ。
「どの教科を勉強してるの?」
頼まれたからには仕方ないと愛想笑いを全開に訊いてみたが、四人の愛すべきクラスメイトはそれぞれに理由をつけてそそくさと帰っていった。
「…………まあいいか」
僕は精神的苦痛を味合わず、四人は楽しくもない勉強会から抜け出せた。
貧乏くじを引かされた気がするけど、こういう日もある。
「佐藤くん! テーブルを独り占めなんてズルいよ!」
ニコニコと笑顔の有村さんに癒やされる。テーブルを渡り歩き、あちこちで勉強を教えていたようだ。
「領土拡大は戦争の結果だから」
「んん? なんの話?」
「戦争は悲しみがつきまとうよねって話」
「あはは、歴史の勉強をしてたんだ」
「………………んー????」
「そんなに首を曲げてどうしたの? ストレッチ?」
有村さんが流れるような自然さで隣に座ったからです。
「やっぱり、あれだけ豪語してただけあって中間テスト余裕だったね」
「誤解だからね」
「うんうん、一杯頑張ったってことだよね。……わたしね、実は数学が苦手なんだ」
「そうなんだ」
「そうなの」
「ええと、期末は頑張らないとね」
「だからね、佐藤くんに教えてもらいたいなって」
「…………」
「ダメ……?」
やっぱり上目遣いは、絶対に法律で禁止するべきだと思う。
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