佐藤くんは覗きたい

喜多朱里

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勉強会を覗きたい(後編)

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 有村さんが図書室を出て少し経ってから僕も席を立った。近くに座っていたクラスメイトに有村さんの荷物をお願いして、図書室を後にする。
 一先ず勃起は収まっていたが、一度すっきりしておかないと今後の戦いを生き残れる自信がなかった。
 密着勉強会は心臓にも股間にも悪い。忍んで覗きをする僕が正面からの誘惑に耐えられる訳がなかった。

 見れるなら見たい。寧ろがっつりガン見する。
 先程も危なかった。周りの目を忘れて後先考えずにパンツ観賞を続けるところだった。
 トイレから出て時刻を確認すると17時を回っていた。

「この調子だと図書室から直帰になるかな」

 教室に持ち帰る荷物を置いたままになっていたので、図書室に戻る途中で立ち寄ることにした。
 二年A組の教室に近付くと話し声が聞こえてきた。

「こんな時間までまだ教室に残っている奴が居るとはね」

 話し声の中に「佐藤」と聞こえて耳を澄ます。

「有村が最近やたらと佐藤に構ってるのは一人で居るからだろう。あいつは昔からそういう奴さ。それで佐藤が勘違いしちまってると思うと可哀想だけどな」
「でもあんなふうにされたら誰だって鼻の下を伸ばしちまうよな」
「うんうん」

 荒谷の言葉に二人の取り巻き男子が同調する。

「ころっと惚れちまって、それで告白しては玉砕する姿も何度見たと思ってんだ。まあ付け上がるようだったら一度締めとくか? 佐藤の目、なんか気に入らねーし」

 ぎゃははと下品な笑い声が廊下まで響き渡った。
 僕は嘲笑されてもなんとも思わなかった。
 勘違いしてるのは彼らの方だ。これまで有村さんに優しくされて喜んではいるが、心のどこかでいつも美人局のようなものだと思って警戒している。最初から他人に期待なんてしていない。だから僕はぼっちなのだ。


    *


 図書室に有村さんはまだ戻ってきていなかった。
 勉強する気分にはなれなかったので、背表紙を目で追いながら本棚の間を歩いていく。
 ぼんやりとしていると、教室で聞いた会話が頭の中でぐるぐると回り出す。
 有村さんの僕に対する態度や、先程の意図の掴めない謝罪が謎として残っている。喜ぶのも絶望するのもその謎を解いてからでも遅くはないとは思っているが、感情はやっぱり思うように制御できないものだ。

「ん……?」

 どさどさと何冊かの本が落ちる音が聞こえて顔を上げる。
 考え事に集中している間に随分と奥まで来ていた。

 我が校の数少ない自慢である図書室は、広大な面積と膨大な蔵書数を誇っている。奥に進めば進むほど貸出回数の少ないジャンルの本が増えてくる。
 合理的な配置の結果、最奥は生徒がほとんど寄り付かなくなっていた。読むために手に取られる回数よりも、清掃のために本棚から出し入れされる回数の方が多いのではないだろうか。

「珍しいな」

 どうやら僕以外にも奇特な人物が居るようだ。
 最近練習している忍び足を試すのには良い機会かもしれない。
 気付かれないことが重要である覗きにおいて、忍び足は必須スキルである。
 そろりそろりと歩を進めて、本が落ちた通路から本棚を挟んだ反対側に立つ。屈み込んで何冊か音を立てないように本を抜き出す。図書室の本棚は背板がないタイプなので、これで向こう側を覗くことができる。

(……有村さん?)

 落ちた本を拾って本棚に収めようと頑張って背伸びをしている。
 どうやら先に戻ってきていたようだ。僕が席を外していたので本を読んで時間を潰していたのかもしれない。
 ここで覗きを続けていても大したものは見れないと思うので、顔を出して声を掛けようとして――すぐに思い直す。

 有村さんの様子が妙だった。
 上段に本を片付けると緊張した様子で周囲を見回した。
 流石に僕の存在には気付かなかった。本棚の向こう側、しかも低い位置から覗かれてるとは思わないだろう。

(何をそんなに警戒しているんだ? 本を落としてしまったのを気にしているのだろうか? 奥の方は貴重で高い本が多いから……いや、でも順序が違うな。もしも本を落としたことを見られたくないのであれば、見回すのは落としたタイミングだ。片付けで証拠隠滅に成功した後に怪しい挙動をしたら逆効果になる)

 冷静ではなかったと言われればそれまでだが、それにしては有村さんに落ち着きがない。
 顔は赤くなっているし、誰も居ないのに何度も周囲を確認している。

(それこそ逆だったのか? これから何かをするから――)

 僕の思考は途中で真っ白になった。
 その後に見た光景は、スローモーションでコマ送りされたように一つ一つの動きを鮮明に覚えている。

 有村さんが意を決したように表情を引き締めてスカートの裾を掴んだ。
 まるでカーテシーをするように裾を軽く持ち上げた。黒のニーハイソックスが生み出す絶対領域。むにっとした太腿が眩しく映る。
 更にスカートは持ち上げられて、遂にパンツまで露わになった。

(んんん――!?!?!?)

 テーブルの下で目にした水色のパンツ。詳しく観察すれば、初めてのパンチラで拝んだ水色のビキニショーツと同じだった。
 有村さんの顔がこれまで以上に真っ赤に染まる。

(一体何が起きているんだ!?)

 僕は他に誰も居ないか確認するが、やはり僕と有村さん以外に人の気配は感じられない。
 どうしてこんなところで、有村さんは下着を見せつけるようなことをしているんだろうか。僕に気付いているのかとも思ったが、ここに僕が来ることを予想できるとは思えない。そもそもここに来たのは単なる偶然だった。

「はぁはぁはぁ」

 有村さんの呼吸が乱れていく。
 羞恥と緊張で一杯一杯なのが分かる。

(まさか誰かにいじめられていて、命令で強制されている?)

 罰ゲーム路線で考えてみたが、やはりしっくり来ない。
 有村さんはクラスの中心人物であり、いじめられる要素が見当たらない。
 誰かにやらされているわけでも、何か事情があるわけでもない――だとしたら自らやっている?

「ふぅぅ…………んっ」

 有村さんの右手がたくし上げたスカートを離して、たどたどしい手付きで胸元から腰へと滑り落ちていく。
 壊れ物を扱うように恐る恐る下着越しに秘部へと触れた。

「あぅ、うう、んぅ」

 下腹部を不器用な手付きで撫で回す。まるで不慣れなオナニーを見ているようだ――いや、そのものだった。
 僕は考えることをやめた。今は目の前の有村さんが見せる痴態を余さず記憶したかった。

「ふぅ、ふぅ……」

 有村さんがまた周囲を見回す。
 そして遂に右手がショーツのウエストに差し込まれた。
 本棚を背もたれに股をきゅっと閉じる。クロッチが手の甲の形に膨らんだ。

「ぁぅ……ぁっ、ん、んん、はぁはぁ……んっ」

 左腕で口元を覆うが、喘ぎ声が漏れ聞こえた。
 必死になって下着の中をまさぐる姿は、普段の天真爛漫な振る舞いとのギャップを相まって、見ているだけでおかしくなってしまいそうなほど扇情的だった。
 僕は耐えられずズボンのチャックに手を掛ける。

(不味い……! 誰か来る!)

 最後に残った一欠片の理性が近付く足音に気付かせてくれた。
 反射的に上履きを床と擦り付けて甲高い擦過音を立てた。
 有村さんは即座にショーツから右手を引き抜いたが、バランスを崩して尻餅をついた。背中を預けていた本棚が雪崩を起こして、有村さんに本が降り注いだ。

「有村さん!? 大丈夫!?」

 音で気付いて駆け付けたのだ、と自分に言い聞かせながら有村さんに駆け寄る。
 髪や呼吸はまだ乱れていたが、有村さんは動揺を滲ませながらも微笑みを浮かべた。

「あの、佐藤くん……その、わたしが……ううん! ごめんね、探しに来てくれてありがとう!」
「僕も勉強で疲れてたからね。息抜きは大事だよ」
「息、抜き」
「ええと?」
「ううん、なんでもない!」

 立ち上がるのに手を差し出すと、それを掴もうとした有村さんの手が不意に止まった。
 その理由に僕は気付けてしまった。右手だったからだ。さっきまでオナニーに使っていた指がぬらぬらと淫靡に湿っている。
 ぱっと手を引っ込められた。
 笑顔が引きつる有村さんに、僕は大袈裟に声を上げる。

「ああ、転んだ時に手を捻っちゃった? 反対の手なら大丈夫?」
「う、うん! そうなの!」

 左手を確りと繋いで引っ張り起こす。

「保健室まで付いていこうか?」
「ほ、保健室!?」

 有村さんの声が裏返った。
 その理由も察しはついたが、分かっている素振りをするわけにはいかないので首を傾げる。

「ちょっと捻っただけで、歩くのは問題ないから一人で大丈夫ぅぅぅぅ!!」

 呼び止める間もなく、有村さんは走り去っていった。
 僕は背中が見えなくなるまで呆然と見送った。
 先程まで目にしていた衝撃的な光景を思い出して振り返る。

「……片付けるか」

 散らばっていた本のことは有村さんも考える余裕はなかったのだろう。
 僕は本を拾い集めながら、これは夢なのではないかと疑った。
 勉強会で疲れ果てて、そのまま居眠りしてしまったのではないか。その方が現実的に思えた。

「いてっ」

 頬をつねってみたが痛みが走る。
 事実は小説よりも奇なり――どうやらこれは現実らしい。
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