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お風呂を覗きたい(前編)
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雨に濡れた有村さんを放っておけず、僕は自分の家に連れて行くことにした。
家出したとは言っていたが行く宛は無かったらしく、代わりにボストンバッグを抱えて歩き出すと、僕の袖を掴んだまま黙って付いてきた。
「すぐにタオルを持ってくるから、とりあえず入って」
玄関で待つ有村さんにバスタオルを渡すが、手に持ったまま動かない。
「有村さん?」
「家に帰りたくないのはね、わたしが――」
「無理に理由を説明しなくてもいいよ。まずは身体を拭いて、風邪引いちゃうからさ」
「……うんっ」
有村さんはバスタオルを頭に被ると、弱々しい手付きで濡れた髪を拭き始めた。
「お風呂を沸かしてるから、良ければ入って」
「……佐藤くん」
「他にも必要なものがあるなら用意するよ」
「どうしてここまでしてくれるの?」
「僕ってそこまで薄情に見えるかな」
「ごめん……助けてくれると思ってた……」
バスタオルで隠れた目元から一筋の涙が零れ落ちる。
僕は都合の良い妄想はしないと決めている。こんな状況になっていても、僕だからこそ有村さんは縋ってくれたという考えはしなかった。平等に接することを心懸けて何も期待しない――それが僕の思うぼっちの在り方だ。
だからこそ、有村さんがすべて計算尽くでこの状況を作ったとしても軽蔑しない。寧ろ人間味が出ていて親しみを感じられる。仮面を被っていると知ってから普段の完璧過ぎる振る舞いを見ていると不安になるのだ。
「意地悪を言うつもりはないんだ。逆に訊きたいけど、どうして僕に助けてもらおうと思ったの?」
「佐藤くんは、自由にしてたから憧れてたの」
「えぇぇ、憧れ?」
「もう、真面目に言ってるんだからね」
くすくすと少しだけ笑ってくれた。
でも理由はどうあれ、中学時代から付き合いのある遠藤さんや荒谷ではなく僕を選んだということは――意識的なのか無意識的なのかは分からないけれど、有村さんも周囲の不穏な気配を察知しているのかもしれない。
もしそうだとしたら、有村さんは学校にも家にも居場所がないことになる。
「……仲良くなりたくて、たくさん声を掛けたの。最近は放課後も楽しそうにしてたから一緒に何かできたらいいなって思ってた」
僕が遅くまで残っていることを知っているというのは、有村さん自身も放課後に残っているということだ。
委員会の仕事や勉強会があるから疑問に思っていなかったが、考えてみれば、どちらもそこまで頻繁にあるわけではない。
考え方が逆だった。何か居残る理由があるのではなくて、有村さんはただ家に帰りたくなかったのだ。
*
「もう一枚バスタオルを用意したから、お風呂を出た時はこっちを使ってね。着替えはあるんだよね?」
脱衣所をノックして、有村さんに呼び掛ける。
シャワーの音が止まり、風呂場から返事が聞こえた。
「うん、用意してあるよ!」
脱衣所に入ると、自然と視線は風呂場に向いてしまった。
バスチェアに座る肌色の人影が見える。磨りガラスでぼやけているけれど、人影の正体が有村さんだという事実だけで緊張してしまう。
有村さんの着替えはボストンバッグの横に置いてあった。幸いにも雨が染み込まず中身は無事だったようだ。
今日の下着は何度か目にしている桃色のブラジャーとビニキショーツの上下セットだった。下着単品に興奮しないと思っていたが、実際に着ているのを目にしたことがあり、これから着られることを考えると――伸びた手を逆の手で慌てて掴んだ。
壁に頭突きを行って煩悩を打ち払った。
「すごい音したけど大丈夫っ!?」
「悪は去った」
「んん? うん……?」
「バスタオルは、着替えの側に置いたから」
「……う、うん、ありがとう」
口に出してから失態に気付く。
着替えの側になんて言葉にしたら、下着を見たと暴露しているようなものではないか。
その証拠に有村さんの声は羞恥のためか上擦っていた。
僕はすぐに脱衣所を後にしようとするが、有村さんに呼び止められた。
「佐藤くんのご両親はお仕事中?」
「出張で明後日までは帰ってこないんだ。だから気兼ねしなくていいよ。ああ、別に居たとしても迷惑がったりしないよ。うちの両親は良くも悪くも適当だから」
「……それじゃあ今は佐藤くんだけ?」
「そうだね……あっ、いや、その……僕に有村さんをどうこうする気概なんてないから! 安心して!」
「そんな堂々と言わなくても……でも残念」
「えっ……いやいや、からかわないでよ。それじゃあ、お風呂場のシャンプーとかは好きに使っていいからね!」
「あはは、ごめんね……それに、ありがとう」
シャワーの音がまた聞こえ出す。
考えてみれば、扉の向こうに居る有村さんは当然だけど裸だ。
すっかり落ち込んでいた有村さんに遠慮をしていたが、今は元気も取り戻してきた。少しぐらいお礼を頂戴しても問題ないのではないだろうか、と自己正当化する。
ここは自宅という完全有利なフィールド。
そして目の前には裸の有村さん。
僕はお風呂を覗くために、全力で思考を回転させた。
*
我が家の風呂場には小さな窓がある。
覗き対策なのか高い位置に取り付けられており、身長が高い人でも背伸びをしたり跳躍をしなければ中を見ることはできない。
しかし高さの問題は物置から脚立を持ってくれば簡単に解決できる。
一番大きい問題である施錠についてだが、これについては問題にすらならない。
何故ならば鍵は既に開けられているからだ。
弁明するが、あそこまで憔悴した有村さんの風呂を覗くために先回りをして鍵を開けたわけではない。もとから鍵を開いたままになっているのだ。
その理由を説明しようすると、僕は運命を感じてしまう。
初めてまともに有村さんと話をしたベランダでの会話を思い出す。あの時に僕が有村さんに語った締め出しの件が切っ掛けなのだ。
あの日、僕は鍵を持ってくるのを忘れて家に入れなくなった。両親は共働きで家を開けており、連絡を入れたらなんとか帰ってきてくれることにはなったけれど、面倒なので、もしも鍵を忘れたとしても家に入れる方法を考えることになった。
考えた末に出た結論が風呂場の鍵を開けておくことだった。
風呂場の窓は目立たない位置にあるが、いざ入ろうとすると家前の通りからよく目立つ場所なので空き巣が侵入するのには適していない。小柄な僕がやっと潜り抜けられる狭さなので、大人が荷物を抱えて出入りするのは難しいだろう。
僕はこの家の人間なので、脚立を設置して風呂場の窓の前に立っていても何も怪しまれない。
偽装用に工具箱まで用意してあるので、何か作業をしているのだろうと勝手に納得してくれる筈だ。
ドライバーを片手に構えながら耳を澄ませる。
風呂内からはシャワーの音が聞こえてきた。これなら視線は窓に向けられていない筈だ。
「よし、始めよう」
準備を終えた僕は窓枠に手を掛けて、音を立てないようにゆっくりと開いていく。
僅かな隙間から覗き込むと、有村さんの白く眩しい裸体が飛び込んできた。真横からの角度で見るのは初めてなので新鮮な眺めだ。
バスチェアに腰掛けて、シャンプーで泡立った髪を洗い流しているところだった。泡が目に入らないように瞼を閉じているので、気付かれる心配をせずにじっくりと観察できる。
前屈みになったことで重力に従い胸は垂れ下がるが、ほとんど形を崩さずお椀型を保っていた。
丸く張りのある横乳はシャワーを浴びてより艶めかしく輝いている。大きさも相まって高級メロンやスイカのように、今すぐかぶり付きたくなるような魅惑を振り撒いていた。
家出したとは言っていたが行く宛は無かったらしく、代わりにボストンバッグを抱えて歩き出すと、僕の袖を掴んだまま黙って付いてきた。
「すぐにタオルを持ってくるから、とりあえず入って」
玄関で待つ有村さんにバスタオルを渡すが、手に持ったまま動かない。
「有村さん?」
「家に帰りたくないのはね、わたしが――」
「無理に理由を説明しなくてもいいよ。まずは身体を拭いて、風邪引いちゃうからさ」
「……うんっ」
有村さんはバスタオルを頭に被ると、弱々しい手付きで濡れた髪を拭き始めた。
「お風呂を沸かしてるから、良ければ入って」
「……佐藤くん」
「他にも必要なものがあるなら用意するよ」
「どうしてここまでしてくれるの?」
「僕ってそこまで薄情に見えるかな」
「ごめん……助けてくれると思ってた……」
バスタオルで隠れた目元から一筋の涙が零れ落ちる。
僕は都合の良い妄想はしないと決めている。こんな状況になっていても、僕だからこそ有村さんは縋ってくれたという考えはしなかった。平等に接することを心懸けて何も期待しない――それが僕の思うぼっちの在り方だ。
だからこそ、有村さんがすべて計算尽くでこの状況を作ったとしても軽蔑しない。寧ろ人間味が出ていて親しみを感じられる。仮面を被っていると知ってから普段の完璧過ぎる振る舞いを見ていると不安になるのだ。
「意地悪を言うつもりはないんだ。逆に訊きたいけど、どうして僕に助けてもらおうと思ったの?」
「佐藤くんは、自由にしてたから憧れてたの」
「えぇぇ、憧れ?」
「もう、真面目に言ってるんだからね」
くすくすと少しだけ笑ってくれた。
でも理由はどうあれ、中学時代から付き合いのある遠藤さんや荒谷ではなく僕を選んだということは――意識的なのか無意識的なのかは分からないけれど、有村さんも周囲の不穏な気配を察知しているのかもしれない。
もしそうだとしたら、有村さんは学校にも家にも居場所がないことになる。
「……仲良くなりたくて、たくさん声を掛けたの。最近は放課後も楽しそうにしてたから一緒に何かできたらいいなって思ってた」
僕が遅くまで残っていることを知っているというのは、有村さん自身も放課後に残っているということだ。
委員会の仕事や勉強会があるから疑問に思っていなかったが、考えてみれば、どちらもそこまで頻繁にあるわけではない。
考え方が逆だった。何か居残る理由があるのではなくて、有村さんはただ家に帰りたくなかったのだ。
*
「もう一枚バスタオルを用意したから、お風呂を出た時はこっちを使ってね。着替えはあるんだよね?」
脱衣所をノックして、有村さんに呼び掛ける。
シャワーの音が止まり、風呂場から返事が聞こえた。
「うん、用意してあるよ!」
脱衣所に入ると、自然と視線は風呂場に向いてしまった。
バスチェアに座る肌色の人影が見える。磨りガラスでぼやけているけれど、人影の正体が有村さんだという事実だけで緊張してしまう。
有村さんの着替えはボストンバッグの横に置いてあった。幸いにも雨が染み込まず中身は無事だったようだ。
今日の下着は何度か目にしている桃色のブラジャーとビニキショーツの上下セットだった。下着単品に興奮しないと思っていたが、実際に着ているのを目にしたことがあり、これから着られることを考えると――伸びた手を逆の手で慌てて掴んだ。
壁に頭突きを行って煩悩を打ち払った。
「すごい音したけど大丈夫っ!?」
「悪は去った」
「んん? うん……?」
「バスタオルは、着替えの側に置いたから」
「……う、うん、ありがとう」
口に出してから失態に気付く。
着替えの側になんて言葉にしたら、下着を見たと暴露しているようなものではないか。
その証拠に有村さんの声は羞恥のためか上擦っていた。
僕はすぐに脱衣所を後にしようとするが、有村さんに呼び止められた。
「佐藤くんのご両親はお仕事中?」
「出張で明後日までは帰ってこないんだ。だから気兼ねしなくていいよ。ああ、別に居たとしても迷惑がったりしないよ。うちの両親は良くも悪くも適当だから」
「……それじゃあ今は佐藤くんだけ?」
「そうだね……あっ、いや、その……僕に有村さんをどうこうする気概なんてないから! 安心して!」
「そんな堂々と言わなくても……でも残念」
「えっ……いやいや、からかわないでよ。それじゃあ、お風呂場のシャンプーとかは好きに使っていいからね!」
「あはは、ごめんね……それに、ありがとう」
シャワーの音がまた聞こえ出す。
考えてみれば、扉の向こうに居る有村さんは当然だけど裸だ。
すっかり落ち込んでいた有村さんに遠慮をしていたが、今は元気も取り戻してきた。少しぐらいお礼を頂戴しても問題ないのではないだろうか、と自己正当化する。
ここは自宅という完全有利なフィールド。
そして目の前には裸の有村さん。
僕はお風呂を覗くために、全力で思考を回転させた。
*
我が家の風呂場には小さな窓がある。
覗き対策なのか高い位置に取り付けられており、身長が高い人でも背伸びをしたり跳躍をしなければ中を見ることはできない。
しかし高さの問題は物置から脚立を持ってくれば簡単に解決できる。
一番大きい問題である施錠についてだが、これについては問題にすらならない。
何故ならば鍵は既に開けられているからだ。
弁明するが、あそこまで憔悴した有村さんの風呂を覗くために先回りをして鍵を開けたわけではない。もとから鍵を開いたままになっているのだ。
その理由を説明しようすると、僕は運命を感じてしまう。
初めてまともに有村さんと話をしたベランダでの会話を思い出す。あの時に僕が有村さんに語った締め出しの件が切っ掛けなのだ。
あの日、僕は鍵を持ってくるのを忘れて家に入れなくなった。両親は共働きで家を開けており、連絡を入れたらなんとか帰ってきてくれることにはなったけれど、面倒なので、もしも鍵を忘れたとしても家に入れる方法を考えることになった。
考えた末に出た結論が風呂場の鍵を開けておくことだった。
風呂場の窓は目立たない位置にあるが、いざ入ろうとすると家前の通りからよく目立つ場所なので空き巣が侵入するのには適していない。小柄な僕がやっと潜り抜けられる狭さなので、大人が荷物を抱えて出入りするのは難しいだろう。
僕はこの家の人間なので、脚立を設置して風呂場の窓の前に立っていても何も怪しまれない。
偽装用に工具箱まで用意してあるので、何か作業をしているのだろうと勝手に納得してくれる筈だ。
ドライバーを片手に構えながら耳を澄ませる。
風呂内からはシャワーの音が聞こえてきた。これなら視線は窓に向けられていない筈だ。
「よし、始めよう」
準備を終えた僕は窓枠に手を掛けて、音を立てないようにゆっくりと開いていく。
僅かな隙間から覗き込むと、有村さんの白く眩しい裸体が飛び込んできた。真横からの角度で見るのは初めてなので新鮮な眺めだ。
バスチェアに腰掛けて、シャンプーで泡立った髪を洗い流しているところだった。泡が目に入らないように瞼を閉じているので、気付かれる心配をせずにじっくりと観察できる。
前屈みになったことで重力に従い胸は垂れ下がるが、ほとんど形を崩さずお椀型を保っていた。
丸く張りのある横乳はシャワーを浴びてより艶めかしく輝いている。大きさも相まって高級メロンやスイカのように、今すぐかぶり付きたくなるような魅惑を振り撒いていた。
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