異世界転生した俺らの愉快な魔王軍

喜多朱里

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第二章:城塞都市クレイル

冒険者(8)

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「ロゼ様に社会勉強してもらおう思うてちょろっと味見を頼むだけのつもりやったんやけど、脱げない鎧にお喋りな魔導書、胸焼けするぐらいの大盛りが出てくるとは思わんかったな」
「お陰様でくたくたです」
「アンちゃんって一匹狼気取っとるのに周りはいつも賑やかでほんまに飽きひんわ。ロゼ様にもそんな雰囲気感じとるんよね」
「そんなもの欲しくはないですよ!?」
「あっはっはっはっはっ!」
「笑い事ではないですよ、もう……」

 ロゼは頭を抱えて溜息を吐く。
 酔いは覚めている筈なのにレネの笑いはもうしばらく収まりそうになかった。
 しかし、今のクレイルでは彼女の奇行が目立つことはない。

「賑やかですね」

 冒険者ギルドを出ると、外はすっかり日が暮れていた。
 平時であれば見張りの衛兵を残して寝静まる頃合いだったが、【流星魔法】によってクレイルの夜は一変していた。
 都市の中心部である大通りは、魔導式の街灯を惜しみもなく使用して、賑やかに行き交う冒険者達の赤ら顔を明るく照らしている。『流星事変』以前であればありえない光景だった。
 
 金儲けあるいは未知を求めて多くの冒険者が訪れるようになり、その数は日に日に増えている。
 マルクト丘陵に流星が降り注ぐ光景は、遥か遠くからでも目にできたので、これからしばらくは人の足が途絶えることはないだろう。

「流星特需やなー、多めに運び込んだお陰でウチの商会は大儲けや」

 レネは商売人の顔に悪い笑みを浮かべる。

「こんな状況でも逞しいですね」
「ロゼ様も皮肉が達者になってきたようやね」
「そんなつもりはなかったのですが……本当に、そう思ったのです」

 夜空を見上げれば、地上の明かりで星々の輝きは陰っていた。文明の光は遂に夜の世界すらも手中に収めようとしている。

「いつかは星々を渡るようになるかもしれませんね」
「そのためにも落っこちてきた星の謎を解き明かさんと」

 ロゼはつい先程まで交渉をしていた癖の強い冒険者パーティの面々――アン、スピカ、グリム――を思い出す。

「あの方々にお願いして本当に大丈夫なのでしょうか?」
「今更やね」
「冒険者としての能力を疑うつもりはないのですが、色々と、その……」
「アンちゃんが信用しとるから大丈夫とまで言わへんけど、悪意は感じへんかった。隠し事はあるみたいやけど、そら誰だってそうやしな」

 悪意を感じなかったというのはロゼも同意するところだった。
 良くも悪くも素直過ぎるスピカ。
 これまでに十分過ぎる実績を持つアン。
 優れた知性を持ち、言えないことは言えないと誠意を示したグリム。
 見た目は怪しさの塊でも言葉を交わせば見えてくるものはある。

「レネさんは、あの魔導書……グリムさんのことはどう思われますか?」

 これまで饒舌だったレネが考え込む様子を見せる。

「あの魔導書の魔力、知っとるような気がするんやけど……どこの誰やったかなー?」

 グリムと名乗った後、魔導書は簡単に身の上話を聞かせてくれた。

『わたしはこの通り魔導書ではあるが、自らを人間であると定義している。少なくとも人間と思われたいと考えている。そのように扱って頂けると嬉しい限りだ』

 気付けば魔導書になっていた。
 自らを証明する記憶も記録も何もないが、人間であるという自覚だけが残っていた。
 そしてある日、グリムの居る書斎――その場所は教えられないと言われた――にやってきたスピカに拾われて、こうして自分の過去を求めて旅に同行しているのだという。

「魔導書は本当に元人間だったのですか?」
「ウチが覚えとったってことは価値があった。せやけど忘れてもうたゆうことは――もう覚えとく必要がなくなったゆうことや」
「それは……」
「ウチの人物鑑定眼は確かのつもりやけど、どれだけ実力を持った魔術師も死ぬ時は死ぬ。何からの方法で魔導書になって延命しようとしたが記憶の引き継ぎに失敗したとか、逆に何者かに魔導書の中に封じ込められたとか色々と考えられるけど、いずれにしろ知らん魔法やな」

 魔術研究者として好奇心に瞳を爛々と輝かせていた。
 死という言葉に、ロゼはもう一つ訊くべき話題を切り出した。

「死相について、スピカさんに訊いていましたね」
「嫌やな、盗み聞きしてたん?」
「魔導書を抱える鎧姿は他にいらっしゃるとは思えませんので」
「あっはー、それもそうやな」

 交渉を終えた後、レネから先に退室するように促された。
 内緒話と茶目っ気のある言い訳をされたが、残されたのがアンではなくてスピカだったので話題に察しがついたのだ。
 廊下に出たアンとグリムに事情を説明すると、部屋内の様子を確かめるのに協力してくれた。これまでも振り回されてきたのか、魔導書なのに気苦労が伝わってくる様子に苦笑を浮かべるしかなかった。
 グリムの施した魔法によって、ロゼは壁越しにレネとスピカを透視できた。二人のやり取りも不思議と耳元で響くように聞こえてきた。

『死相ってまだ見えたりするん?』
『うーん、さっきからルートを外すように頑張ってるんだけど、もしかして自殺志願者? それとも不治の病だったりする?』

 レネは返答の代わりに、おかわりを注いだジョッキを高々と掲げた。
 長生きはできそうにないが、死んだ姿を想像するのは難しかった。

『酔っ払って転んで死ぬ未来があっても、そんな強固になる筈がないんだけどね。まあオイラの視る死相ってそのままにしたら絶対だけど、知った後なら回避できないわけじゃないからさ、しばらく事故とか襲撃に気をつければ良いんじゃないかな』
『いつも通りやな、せいぜい気ぃ付けることにするで』

 その後、部屋から出てきた二人と何食わぬ顔で合流して、酒場に戻るスピカ達に別れを告げて、こうしてレネと二人で冒険者ギルドを後にしたのだ。

「死相が見えるって、どんな人生を送ったらそない特異な固有魔法に目覚めるんやろうな。あーでも、もろに死に掛けたんやっけ」
「レネさんの警備を増やしましょう」
「それよりも気にするべきは、どこの誰が狙っとるかや」
「心当たりはありますか?」
「多過ぎて困ってるところや」

 あっけらかんと笑うレネに、ロゼは大きな溜息を吐いた。
 スピカの素直さを考えると不謹慎な冗談を口にするとは思えなかったので、本人は気にしていない様子だが、護衛の増員についてブランカと勝手に相談することにした。


    *


 城塞の執務室に向かっていると、王立魔法研究所に貸し出されていた簡易研究室からちょうどリーサとアルフレッドとが出てくるところだった。 ロゼが目を向けると、アルフレッドは首を横に振った。
 マーテルの森で採取した植物を調べていたのだが、どうやら目ぼしい成果は得られなかったようだ。

「詳細はまとめてあるので、これから執務室で助手から報告させて頂きますが、よろしいでしょうか?」
「はい、冒険者ギルドの交渉結果を報告するので、合わせて共有してしまいましょう」

 都市長の執務室に入ると、ブランカは執務机に齧り付くようにまだ仕事を続けていた。

「ここから数日は何が起こるか予想できません。今の内に事務仕事を片付けておこうかと思ったのです」
「ご自愛くださいね」
「お言葉ですが、ロゼ様もくれぐれもご無理はなさらぬように。臣を想うのであれば、どうぞご自愛くださいませ」

 心配して声を掛けると、優しくも厳しい諫言が返ってきた。

「ブランカちゃんも、ロゼ様の前でも、ぼちぼち肩の力を抜いてもええんちゃう?」
「貴女は抜き過ぎですよ、レネ嬢」

 レネのからかいをブランカが窘める。
 気安い二人のやり取りは、やはり長年の友情を感じさせた。

「皆様、紅茶の用意ができましたので一息つきませんか」

 応接間に集まってリーサの注いだ紅茶を味わいながら情報共有を行った。
 冒険者との交渉結果はレネの口から報告されて、やはりスピカとグリムの存在は大きな驚きを与えることになった。ブランカとアルフレッドから大き過ぎる不確定要素に難色を示されたが、直接交渉したロゼが受け入れているので、最終的には予定通りアンのパーティに『燈火』の救出を託すことになった。

「マーテルの森の植物には【流星魔法】の影響は見られませんでした。ただそれは周辺の魔素に対する影響が小さかったことを意味しています。アルフィ主任の推測の裏付けができただけではありますが、やはり術者の魔力に大きく依存する術式の可能性が高いです」

 素人のロゼには理解できない内容だったが、レネは興味深そうにリーサのまとめた報告書を読み込んでいた。

「なるほどなー、あの規模を個人で発動するからには、周囲の魔素に大きな爪痕を残すものと考えたくなるけど、術者の大き過ぎる魔力と技量で抑え込んでいると。アホらしい術式を組んどるんがますます分かる人にだけは伝わるメッセージやと考えたくなるな」

 リーサの報告は、研究者にとっては興味深い内容であるが、現在の状況を打開する材料にはなりえないというものだった。
 続いてブランカからは城塞都市の状況について報告された。

「治安悪化に関してです。今のところ許容範囲に収まっていますが、荒くれ者の多い冒険者に行儀の良さを期待するのは贅沢というものでしょう。またこれに乗じて良からぬ企みを持った者が侵入をされる可能性があります。監視と護衛の体制は既に組み直してありますが、どうかお気を付けください」

 一通りの情報共有を終えて、明日は正念場となるため早目の就寝をしようと解散となった。
 リーサが食器を片付けて、アルフレッドは広げた報告書をまとめて、ブランカは残した仕事を片付けようと執務机に向かい、レネは体の凝りを解沿うと伸びをして――ロゼはその様子を眺めてぼんやりとしていた。

 何かが砕ける音がした。
 カーテンが大きくはためくのを目にして、窓ガラスが割られたのだと気付いた。絨毯の上に散乱したガラス片が照明を反射してきらきらと輝いている。

 違和感を覚えた。
 ガラス片が薄過ぎる。
 都市長の執務室にここまで安っぽい窓ガラスを使用するだろうか。

「ロゼ様っ!」

 気付いた時には、ロゼはレネに突き飛ばされて床に転がっていた。
 駆け抜ける突風に髪が舞い上がる。
 顔を上げれば、レネの首元がぱっくりと開いて血飛沫が迸っていた。まるで目に見えない刃物で切り裂かれたようだった。
 状況を理解できずに呆けている間にも容赦なく時間は流れていく。

「――構うな!」

 叫んだブランカは足元に纏わり付いた水に動きを封じられており、見る見るうちに這い上がってくる水が大きな水球を作り上げて閉じ込めてしまった。
 アルフレッドはロゼの元へ駆け寄る途中でリーサの肩を力強く叩いた。

「戻せ!」
「はいっ……!」

 リーサの【片付け魔法】が発動する。
 ブランカを包みこんでいた水球が崩れ去り、水は独りでに床を這っていきガラス片のもとに近付くと、時を遡るように砕けたガラス片が小瓶を形作り、その中に弾け飛んだ水が吸い込まれた。
 更に時は戻っていくと、小瓶は窓の方に転がっていき、やがて窓の外へ飛び去った。揺らめいたカーテンは元の位置に戻り、いつの間にかに開いていた窓が音もなく閉じられた。
 砕けたのは窓ガラスではなく、投げ込まれた小瓶だったのだ。

「衛兵、緊急態勢! 窓の外をすぐに確認しろ!」

 ブランカは騒ぎに気付いて執務室に飛び込んできた衛兵に素早くを指示を出す。
 リーサは魔法を発動したまま、部屋中を見回して次の攻撃に備えていた。
 アルフレッドに肩を揺さぶられて、ロゼはようやく意識がはっきりとした。
 すべては一瞬の出来事だった。

「レネさんっ!」

 ソファの陰――窓から死角になる位置にレネの体は横たわっていた。
 アルフレッドがすぐに応急処置を施すが、深く抉られた首元から流れ出る血は止まらない。
 死相が見える、とスピカは言っていた。
 今まさに目の前でレネの命が失われようとしていた。
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