異世界転生した俺らの愉快な魔王軍

喜多朱里

文字の大きさ
66 / 75
第二章:城塞都市クレイル

冒険者(9)

しおりを挟む
 ――ああ、これはもう助からへんな。

 レネ・フィルギヤは首元から流れ落ちる血が床に広がっていくのをぼんやりと見詰めていた。
 ブランカが治癒魔法の使い手を呼ぶ叫び声が遠くに聞こえる。
 アルフレッドは応急処置を続けてくれている。そのお陰でまだ意識を繋ぎ止められているが、治療は間に合いそうにない。そもそも瀕死の状態から回復させられるような高位の魔術師がクレイルには居るとは思えなかった。

 やはり死の運命からは逃れられないようだ。
 レネは間近に迫った死を前にして、スピカの言葉を思い出す。

『避けることはできるんだけど、でも避ける気がないような不思議な死相。もしかしたら納得尽くの死だったりするのかも』

 お気に入りの冒険者であるアンを見付けて声を掛けた時、一緒に居たのがスピカだった。一人で活動するアンには珍しく同行者が居たので最初から気になっていたが、初対面の相手に「死相が見える」と口にするような変人ですぐに気に入った。
 
 それでもアンが同行を許す相手で、死相が見える件についてアンは咎めはしても否定はしなかったことから、レネは真剣に受け止めるべきだと判断した。

 フィルギヤにとってレネの死は一つの状態変化に過ぎないが、また王都からクレイルまで移動するのは面倒である。それにブランカとは命を大切に扱う約束をしているので抗いもせず死を受け入れるわけにはいかない。
 レネは城塞都市まで連れてきた予備の私兵をすぐさま動員して、都市内の監視を強化した。護衛も倍の人数に増やして徹底的に守りを固めた。
 しかし事前交渉で再びスピカを顔を合わせると、死相が変わりなく見えていると改めて告げられたのだ。

 普通の行動、常識的な判断で崩せない運命であるのならば、普段は絶対にしないようなことをすればどうだろうか、と考えた結果、酒に酔っ払って突拍子もないアイディアを練ろうとしてみたりしたが、ロゼに白い目を向けられるだけで死相も気分も晴れることはなかった。
 ここまでやって回避できない死の運命とは果たしてどんなものなのか。
 むしろ楽しみにすらなってきた。
 そしてその時がやってきて――レネはようやく事前交渉の時にスピカから聞かされた言葉の意味を理解した。

 レネは顔を上げて、ロゼに目を向けた。
 顔面蒼白で罪悪感に塗れている。
 しかし無事だ。体のどこにも怪我は見当たらない。

 ロゼの生き残る結末こそが、レネの避けられない死だった。
 これは無駄死にではない。それを伝えるためにも最期の時間の使い道は決まった。

(すまんね、レナーテ……情報の抱え落ちして。次に会う時、ウチをあんまり怒らんでやってな、なんも覚えとらへんやろうし……)


    *


 襲撃を受けて最初から最後まで何もできなかった。
 そして今もロゼは何ができるわけでもなく、レネの傍に座り込んでいる。
 治療の心得がないのでアルフレッドの応急処置を手伝うこともできない。無力感に打ちひしがれて、段々と呼吸の浅くなるレネを見詰めるだけだ。

 床に広がるレネの血が、ロゼのスカートに染み込んでいく。
 あの時、室内に駆け抜けた突風――目には見えない風の刃が狙っていたのはロゼだった。
 レネが致命傷を負った原因は自分にある。その事実を直視するだけで罪悪感に押し潰されてしまいそうだ。

「ごほっ、ごほっ!」

 レネの口から濁った咳と共に血が吐き出される。
 凄惨な光景にロゼは体を丸めて頭を抱え込みそうになるが――最後の意地でそれを堪えた。責任から逃げてしまえば本当に何もかも失ってしまう。

「……ロゼ様」

 レネの手がロゼに向けて伸ばされる。
 その血塗れの手を取るのに躊躇いはなかった。血で汚れるのを気にせず両手で包み込むように握り締めた。

「レネさん、私のせいで……!」
「ちゃうで、敵はヘタこいたんや。長くはもたないし、しんどいんで手短に伝える。ローウェルも十分や」

 アルフレッドは短く嘆息すると、治療の手を止めてしまった。

「治療を続けてください! まだ治癒魔法が間に合えば――」
「ロゼ様、見てみい?」

 レネの身体が白緑びゃくろく色に淡く輝いていた。
 それは魔力光だった。その光景を目にしてようやくレネとレナーテの魔法について思い出した。

「言うたやろ、【双体魔法】で肉体を作っとるって。せやからなんも悲しむ必要はないで。ちょっとばかしお休みするだけの話や」
「肉体の死は、レネさんが亡くなるわけではないのですね」
「そういうこと、ほな時間がないからぱぱっと遺言を伝えるで」

 レネはいつもの胡散臭い微笑みを形作った。
 ロゼの強張っていた体から力が抜ける。
 致命的な失敗だったのには変わりない。大いに反省しなくてならないが、庇ってくれたのがレネだったのは不幸中の幸いだった。もしもリーサやアルフレッドであれば本当に命を落ちしていた可能性が高い。

「この襲撃は最初からウチ狙いやった。ロゼ様を庇おうと動くウチが本命ちゅうことや」
「……ですが、レネさんは殺しても死にません。厳戒態勢の城塞都市に忍び込む手練れにしては妙ではありませんか」
「問題はそこや、ウチが一時退場になるだけで十分やったとしたら?」

 ロゼは目を見開いた。

「すぐに次の動きがある、ということですね」
「大正解や。ウチはレナーテと繋がっとるから、すぐに情報を王都に伝えられる。それを避けたかったのかもしれへんな」
「待ってください。そうなると敵は目的を果たしたことになります。何も失敗していません」
「あちら視点ではその通りやな、せやけど最初から目標設定を誤っとったら成功しようがないんやで」
「どういう意味ですか?」

 レネは穏やかに微笑んだ。
 両手で握ったレネの手から力が抜けていく。
 仮初の肉体であると分かっても、死の気配に不安が込み上げてきた。

「この襲撃で確信したで……世界はまだロゼ様に気付いてへん……だから、どうぞご存分に」

 いつになく力強く見詰められて動揺する。
 その目には見覚えがあった。

「どうして、ですか?」

 戸惑いの言葉が口を衝いて出る。
 その目が意味することは分かっても、その目が自分に向けられる理由が分からない。

「ウチは知ってるんや……ロゼ様が才気を発揮した僅かな時間を……あの日々で目にしたロゼ様は輝いておられた。ウチはその光に王国の未来を視たんや」

 玉座に君臨する国王を見上げる臣下の目だ。
 父や兄弟姉妹が向けられるのを何度も見たことがある――その忠誠心を第三王女という肩書しか持たないロゼがレネ・フィルギヤに捧げられている。そして自らの命を厭わず庇う行動で嘘偽りがないことは証明されていた。

「……私は何も成し遂げていません」

 幼少期、神童と呼ばれていた――らしい。
 何故そう呼ばれていたのか本当に思い出せなかった。

「歳を重ねて失われる程度の才能ではございません。あれだけの才覚を失い、ほんで自覚できひんようなら、それも含めてロゼ様の計画やと思うとります」

 自分の記憶に答えを探そうとするが、やはりフィルギヤ商会が手を貸してくれる理由なんて一つも見当たらない。しかし、レネが命懸けで救ってくれた事実や、レナーテが最初から協力的だった理由に説明がついてしまう。
 ロゼはまるで長い夢の中に囚われているような気がした。
 王城のバルコニーから流星を目にしてから、これまでの代わり映えのない日々が嘘のように思える。

「最初の一歩はロゼ様自身のものだった。だからウチは協力者になったんや」

 レネの言葉にはっとする。
 そうだ。それだけは嘘ではない。
 誰に言われたから動いたのではなかった。
 理由もまともに説明でできないあやふやなものだけれど、ロゼ自身の意志で流星事変に関わった。未だに何ができるかは分からないが、これは自ら始めたことだ。

「レネさん、レナーテさん……私は最後まで自分の意志で進みます。あなた達の献身と忠誠に改めて感謝を致します」
 ロゼの覚悟が伝わったのか、レネは満足そうに微笑んだ。

「レネ嬢、私は貴女を誇りに思う」

 ブランカが跪いて、ロゼが握るレネの手とは反対の手を握っていた。

「あっははー、今回も大号泣してもええんやで」
「ふっ……この後、独りで小娘のように泣くとしよう」
「ブランカちゃんの泣き顔を見れないことだけが心残りやなぁ」

 握っていたレネの手が白緑の魔力光を放ち出した。
 魔力光は全身に広がっていき、床や服に染み込んだ血も光を帯びていく。やがてレネの体は完全に光に覆われた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

葉泪秋
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3) 「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

処理中です...