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破折
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そんなこと言って、先生の高校生時代はどうだったんですか?幸せだったんですか?よく、学校の先生って、恩師からのすすめとか、親が教員だったから自分もって人が多いですよね?
あーうん、そうだね。
先生はそうだったんですか?
違うよ。私は、全くの反面教師。恩師はいないし、両親だって普通の会社員。まあ、親が教員になれって言ったのと、私は大学受験失敗して一年浪人したから、その浪人を許してもらうときの条件として、大学入ったら教職課程取れって言われてたから。
やべえ親御さんっすね。まあね。知ってる職業が教員とか医者とか堅気なもんしかなかったから。私の親、高卒なんだよ。というと、私は自分の分のペットボトルのお茶を一口飲んだ。
それに、私の高校生活は、決して恵まれたものではなかった。
ねえ、君は、ネットとかで「自称進学校」って見たことある?
「自称進学校」ですか?まあたまにありますね。根性論とかで無理やり生徒を押さえつけたりAO入試とかさせない学校ですよね。
うん、まあそんな感じかな。
その自称進学校がどうしたんですか?
私、そういう学校だったの。自分が出た高校が。でも、レベル的に言ったら自称進学校というより「自称学校」って言ったほうがしっくりくるかもしれないな。
えっ。うん。私、小、中学生の時いじめられてて学校に馴染めなかったし、その影響であんまり勉強できなくてさ。あんまり良い高校に行けなかったのよ。
ついでに言えば、そのことも生徒にバカにされたのだけど。
何事も、暗いものやマイナスなものができるには筆舌し難い悲しみや苦しみがあるということを彼らは知っているのだろうか。みんな、私を能力不足とかバカだとか笑うけど、その裏には血を吐くような苦しみや、人には相談できない大きな違和感、理想と現実のギャップ、思ってもいないところで行われていた理不尽があってのことなのに。
その苦しみの正体が、「広汎性発達障害」通称、「自閉症スペクトラム」ということが分かったのは、実はこの病院に入院してからだった。
私は、手首を切って、睡眠薬や安定剤、抗うつ剤をたらふく飲んでこの病院に救急搬送された。自殺念慮が強いということで、保護入院の扱いだった。
そして、しばらく閉鎖病棟で過ごしてから、開放病棟に移った。その時に私は医師から心理検査を受けないかと言われていくつかの検査を受け、その結果判明したのだ。
自閉症スペクトラム、と結果が出たときは心底驚いた。そして、これまでの苦しみはすべて、自分の能力不足や努力不足ではなかったことを知って、これまで自分を縛っていた何かが解けた。まるで、終身刑を言い渡された無実の人が、冤罪を証明された時のような開放感があった。
だけど、高校生の時の私は、自分がまさか発達障害だなんて知る由もなく、ただ目の前の理不尽に苦しめられていた。
私の学年は、なぜか教師陣が異常に厳しく、一般常識のある子どもならうんざりすることまでいちいち学年集会のたびに注意された。
服装を正せ、時と場合をわきまえた行動をしろ、5分前集合、赤点を取るな、高校生としての自覚を持て・・・。そんなこと、言われなくても分かっている。
私は、他の生徒がそうだったように制服を着崩したり髪を染めたり化粧をしたりするなんてことはしなかった。授業中、隠れてこそこそ漫画を読んだり小型ゲーム機でゲームをすることもなかった。学校は勉強するところで、遊ぶところではないと思っていたし、昔から親にそう説かれていたからだ。
しかし、世間一般的に見えるその姿こそ、その高校では異質なものだった。異質なものの寄せ集めで成り立っている世界では、逆に常識こそが非常識と思われてしまう。
私はすぐクラスから爪弾きにされた。だけど、別にそれはそれで良かったかもしれない。私はやっぱり大学受験に向けて勉強したかったし、それに伴って友達付き合いで頭を悩ませることはしたくなかった。どうせ悩むなら勉強のことで頭を一杯にしたかった。しかし、実はこの高校生の時こそ、友達のことで頭を悩ませたり、勉強するだけでなく、色んなところに出かけて色んな遊びを経験することが重要であると気がついたのは、社会人になってからだった。
学生は勉強することが仕事である。だけど、その「勉強」は、机上の理論だけではなかった。外に出て、色んなものに触れて、色んな人と話して、色んな本を読んで・・・。10代だからこそ感じられる感性がある。その感性は、歳を取ってしまうと、再現することはほぼ不可能だ。無知で多感だからこそ、吸収する権利がある。それに、世の中には、知らなかったではすまされないこともある。そのことをいち早く知っておくのは、どんな学問を理解することよりも重要だ。
だから、先生は写真部とか授業で、土日は部活ばっかやってないで外に出なさいって言ってたんですね。彼は言った。
そうだよ。社会人になったら、趣味を見つけることも難しくなるから、比較的時間のある今のうちに探しておいてほしかったの。そうすれば、ちょっと嫌なことがあってもそれに逃げれるじゃない。それに、好きなことが多ければ多いほど、興味の幅も、関わる人の幅もすっごく広がる。ひょっとしたら、今はこんな趣味を持って恥ずかしい、って思ってたり、誰かに馬鹿にされてもう封印しようかなって思っちゃってたりする趣味があるかもしれないけど、それは絶対やめちゃダメ。その趣味は、大人になってから開花するから。周りの友達なんかより、それに長けた大人の方が良く評価してくれるし、知識も深い。そっちのほうが絶対良い友達になる。だから、好きなことは自分で絶やしちゃダメだよ、って言ってたの。
確かに、今のほうがソシャゲとか写真とか充実してます。まあ、SNSの普及に伴って、だと思いますけど、それでも高校生の時より行ける場所の範囲や交流する友達の年齢層や地域は広くなりましたね。
でしょ?でも、昔の私は本当に勉強馬鹿だったから、そんなこと分からなかったんだよね。無知は怖い。
そういえば・・・。
ん?
彼はふと天井を仰いだ。
シェークスピアの言葉に、「暗闇は無く、無知があるのみ」ってのがありますけど、本当にそうですね。
シェークスピアなんてよく知ってるね、君。そんな趣味あったの?
いや、たまたまアニメで見ただけです。
何だアニメか。私は苦笑いした。知識とは、真正面から勉強すること以外の方法でも得られることがある。それにしても、アニメとは滑稽なものだった。
しかし、当時の真人間な私には、そんな馬鹿な話は通じなかっただろうし、多方面から物事を捉えるということもできなかった。
だから私はその高校で、苦くて悲しい青春時代を送ることになってしまったのだ。
私がクラスから爪弾きにされたあとも、「自称進学校」の暴挙は止まることなく続いた。
しかもその暴挙は、運の悪いことに私が進級した理系クラスを中心に行われた。他の文系クラスが自由に補習を選択できるのに対し、こちらは、ありとあらゆる手段で補習を強制され、授業のスピードも段違いで加速していた。当時の担任は、「有名進学校と同じ授業をしている」と粋がっていたが、実際のところ、本当の有名進学校はそんな横暴な授業はしない。むしろ生徒がきちんと理解できるように手を尽くした丁寧な授業をするため、受験シーズンギリギリまで授業が続くこともあるのだとか。
しかし、そんなことはお構いなしに、教師陣は私達に理不尽をしまくった。高校の理系教科は、ただでさえ熟考が必要なものもあるのに、それを脇目も振らず淡々と進め、まだほとんどの生徒が理解できていないのにも関わらず勝手に閉じていった。
例えば、理系学徒の大いなる悩みのタネのひとつ、数学に関して言えば、まだ三角関数や指数・対数関数でさえ足元がおぼつかないレベルなのに、そこを突き抜けて数学Ⅲの微積分を無理やり詰め込ませる、といったものだった。
話を極論すれば、高校数学は、最悪理論が分からなくても、出てきたものの解き方、機械で言うところの大まかな操作方法さえ分かっていれば、何とかなる。
しかし、この理論が通用するのは、ある程度の知識を理解した者に限られるため、そもそもの数学の基礎がなっていない私達のクラスでは、実現することが不可能なものだった。でも、私達の数学担当の教師は、私達ができないことに関して、すべて私達のせいにして憤った。彼には、自分にも非があるのではないか、と自分の行いを振り返ることや、私達に何が分からないのかなど、そういった類の問いかけをする慈愛の心はなかった。そして、私達のレベルにも悩みにも何にも寄り添わない、自分本意な授業が日々展開されていくだけだった。
だけど、この理不尽こそが、私が教員になる志望動機になった。散々舐め尽くした辛酸を、未来の子どもたちに舐めさせたくない。色々暗い世の中だし、親だって頼りにできない事が多い。それならせめて、学校にいる時間は幸せに過ごしてもらいたい。それに、時代が変わった今でも、種類は違えど教員から生徒への理不尽は後をたたない。そういった理不尽による苦しみを分かってあげられるのは、同じような理不尽を受けて苦しんだ者だけだ。教員だからと言って、必ずしもすべての人の気持ちが分かるかといえばそんなことはない。恵まれた環境で過ごした人は、いじめられてつらい思いをしている人の気持ちが分かることはないし、何となく勉強ができてしまった人は、勉強が分かりたくても分からない人の気持ちは理解できない。
また、教員だからといって、無条件に子どもが好きか、と言われれば、そんなことはない。どんな人間だって、気が合う人・合わない人がいるように、教員だって苦手な子どもはいる。それを「無条件に愛せ」というのは、教員がひとりの人間として見られていないことではないのか。先述した、「先生は何でもできて当たり前」の偏見のように。
いじめや理不尽で苦しい思いをしている子どもはたくさんいる。だけど、一番の被害者は、そういった神話のような偏見で迫害される教員たちなのではないか。
私は、一気に話し終えると、どっと疲れが出て大きく息を吐いた。
なかなかエグかったんすね。彼も、大きく息を吐いた。
先生って、みんななんか充実した学生生活を送ってたイメージがあったけど、そうでもなかったんですね。
まあ、人によるけどね。大体の先生は、ここまで酷くないと思うよ。基本的にみんな根明だし、頭もそこそこ良かっただろうし。
実際、教員の研修で私の過去の話をすると、場が凍っちゃったんだよね。これまでみんな、恩師がー、とか、親がーって和やかな雰囲気になってたのが一変、みんな感情が無くなってたからさ。何か、恵まれた人達からすると、いじめとか学校不信って、アニメとかドラマとか、フィクションでしかないって思えちゃうんだろうね。本当は、すぐ隣で起こっていたかもしれないのに。
見て見ぬ振りとか、してたのかもしれないですね。いじめとかはダメだって知ってるけど、自分が当事者じゃないから、別にいいやって。
そうだったのかもね。私は頷いた。
それに、色々聴いて思ったんですけど、世の中って意外と、「自分さえ良ければいい」って考えの人多くないですか?いじめの傍観者にしろ、理不尽する人にしろ、自分が幸せだったら他の人達は他の人達だしって。
その通りだよ、君。私は言った。
世の中、先行きが見えないし暗いから、せめて自分だけは幸せになりたいって思いが強いんだろうね。そもそも人は、幸せになるために生きているんだし。だけど、与えられるだけが幸せじゃないと私は思う。与えることも、幸せなんじゃないかなって思う。
どういうことですか?
例えば、誰かにこれをあげたら喜ぶかなって、相手のことを考えて物をプレゼントする。私は今日、と言うと、私は、テーブルの上に広げたチョコレート菓子を指差した。今日、君がここに来るから、私は君が学校にいた頃、よく食べてたアルフォートとキットカットとブラックサンダーを買ってきた。それは、君が遠路はるばるここまで来て、お腹すいてないかな、とか、喜ぶかなって思って、それで用意した。自分勝手な人だったら、他人の好きなものなんて注目しないし、何のもてなしや差し入れもないと思う。
確かに、空腹ではありましたね。でも、欲を言えば塩っ気のあるものも欲しかったかも。
クスッと笑えた。確かにそうだったかも。箸休めに、ポテトチップスとかポップコーンも用意しておけばよかった。ごめんね。と私は謝った。
別にいいですけどね。彼は言った。
まあ、こうやって、お互いが完璧じゃないことを理解し合うことも必要だと思う。人間だし。ごめんなさい、がどんな人にも言えると良いね。
確かに、大人になればなるほど、ごめんなさいって言わなくなりますよね。嘘だってたくさんつくし。だから汚職とか横領とか詐欺とかあるんでしょうね。
謝ることが負けだって思う人が多いからね。そして、謝ることで「あいつは能無しだ、弱いやつだ」ってバカにすることも変だと思う。謝れる人って、謙虚で一生懸命だと思うよ。ちゃんと自分の非を認めれるもん。そっちの方が強いと思う。弱い人は、隠そうとするからね。
いじめられっ子より、いじめっ子の方が弱いって言いますしね。
そういえばね。と私は言った。
だけど、物をあげるだけが与えるじゃないよ。物じゃなくても、人に提供できるものってあるんじゃない?
何でしょうか?誠意とか?
まあ、それも入るな。良い線いってる。
正直でいるとか、話を聞く時間を作るとか・・・ですか?
うん、それもある。だけど、もっと簡単なこと。
彼は、首を傾げた。
ありがとう、って言うことじゃないかな。どんな人にも、どんなことにも、感謝の気持ちを忘れない。まあ確かに、私だって、いじめやパワハラや理不尽をしてきた人たちを許しているわけではない。許せるはずがない。病気になったのは、彼らが原因だし。だけど、病気にならないと分からないこともあった。普通に生きてるだけじゃ分からない感情とか、経験とかできた。だから、そういった部分では、いつか、感謝できる自分になりたいなって思うよ。それに、どんなに苦しい環境下にいても、誰かから「ありがとう」って言われると、救われたような気がするんだよね。そういうことって、ない?
うーん、と言うと、彼は考え込んだ。
自分には、まだ無いですね。そっか、じゃあ、まだまだこれからだね。先が楽しみだ。
え、でも理不尽とかパワハラは嫌っすよ。その時は、また連絡すればいいじゃない。こんなに理不尽を背負った人間なんてそうそういないわよ。
ある意味、人生ガチャのSSRですかね。まあ、そんなところかな。
彼の、彼らしい比喩に笑いがこみ上げてきて、私は笑った。そういえば、今日は久しぶりに笑った。
笑いは健康に良いらしいですね。そうだね。君が一役買ってくれたのかな、ありがとう。
いつの間にか吹き抜けから射していた陽の光の射す角度が変わって、光の色もオレンジ色になっていた。
あーうん、そうだね。
先生はそうだったんですか?
違うよ。私は、全くの反面教師。恩師はいないし、両親だって普通の会社員。まあ、親が教員になれって言ったのと、私は大学受験失敗して一年浪人したから、その浪人を許してもらうときの条件として、大学入ったら教職課程取れって言われてたから。
やべえ親御さんっすね。まあね。知ってる職業が教員とか医者とか堅気なもんしかなかったから。私の親、高卒なんだよ。というと、私は自分の分のペットボトルのお茶を一口飲んだ。
それに、私の高校生活は、決して恵まれたものではなかった。
ねえ、君は、ネットとかで「自称進学校」って見たことある?
「自称進学校」ですか?まあたまにありますね。根性論とかで無理やり生徒を押さえつけたりAO入試とかさせない学校ですよね。
うん、まあそんな感じかな。
その自称進学校がどうしたんですか?
私、そういう学校だったの。自分が出た高校が。でも、レベル的に言ったら自称進学校というより「自称学校」って言ったほうがしっくりくるかもしれないな。
えっ。うん。私、小、中学生の時いじめられてて学校に馴染めなかったし、その影響であんまり勉強できなくてさ。あんまり良い高校に行けなかったのよ。
ついでに言えば、そのことも生徒にバカにされたのだけど。
何事も、暗いものやマイナスなものができるには筆舌し難い悲しみや苦しみがあるということを彼らは知っているのだろうか。みんな、私を能力不足とかバカだとか笑うけど、その裏には血を吐くような苦しみや、人には相談できない大きな違和感、理想と現実のギャップ、思ってもいないところで行われていた理不尽があってのことなのに。
その苦しみの正体が、「広汎性発達障害」通称、「自閉症スペクトラム」ということが分かったのは、実はこの病院に入院してからだった。
私は、手首を切って、睡眠薬や安定剤、抗うつ剤をたらふく飲んでこの病院に救急搬送された。自殺念慮が強いということで、保護入院の扱いだった。
そして、しばらく閉鎖病棟で過ごしてから、開放病棟に移った。その時に私は医師から心理検査を受けないかと言われていくつかの検査を受け、その結果判明したのだ。
自閉症スペクトラム、と結果が出たときは心底驚いた。そして、これまでの苦しみはすべて、自分の能力不足や努力不足ではなかったことを知って、これまで自分を縛っていた何かが解けた。まるで、終身刑を言い渡された無実の人が、冤罪を証明された時のような開放感があった。
だけど、高校生の時の私は、自分がまさか発達障害だなんて知る由もなく、ただ目の前の理不尽に苦しめられていた。
私の学年は、なぜか教師陣が異常に厳しく、一般常識のある子どもならうんざりすることまでいちいち学年集会のたびに注意された。
服装を正せ、時と場合をわきまえた行動をしろ、5分前集合、赤点を取るな、高校生としての自覚を持て・・・。そんなこと、言われなくても分かっている。
私は、他の生徒がそうだったように制服を着崩したり髪を染めたり化粧をしたりするなんてことはしなかった。授業中、隠れてこそこそ漫画を読んだり小型ゲーム機でゲームをすることもなかった。学校は勉強するところで、遊ぶところではないと思っていたし、昔から親にそう説かれていたからだ。
しかし、世間一般的に見えるその姿こそ、その高校では異質なものだった。異質なものの寄せ集めで成り立っている世界では、逆に常識こそが非常識と思われてしまう。
私はすぐクラスから爪弾きにされた。だけど、別にそれはそれで良かったかもしれない。私はやっぱり大学受験に向けて勉強したかったし、それに伴って友達付き合いで頭を悩ませることはしたくなかった。どうせ悩むなら勉強のことで頭を一杯にしたかった。しかし、実はこの高校生の時こそ、友達のことで頭を悩ませたり、勉強するだけでなく、色んなところに出かけて色んな遊びを経験することが重要であると気がついたのは、社会人になってからだった。
学生は勉強することが仕事である。だけど、その「勉強」は、机上の理論だけではなかった。外に出て、色んなものに触れて、色んな人と話して、色んな本を読んで・・・。10代だからこそ感じられる感性がある。その感性は、歳を取ってしまうと、再現することはほぼ不可能だ。無知で多感だからこそ、吸収する権利がある。それに、世の中には、知らなかったではすまされないこともある。そのことをいち早く知っておくのは、どんな学問を理解することよりも重要だ。
だから、先生は写真部とか授業で、土日は部活ばっかやってないで外に出なさいって言ってたんですね。彼は言った。
そうだよ。社会人になったら、趣味を見つけることも難しくなるから、比較的時間のある今のうちに探しておいてほしかったの。そうすれば、ちょっと嫌なことがあってもそれに逃げれるじゃない。それに、好きなことが多ければ多いほど、興味の幅も、関わる人の幅もすっごく広がる。ひょっとしたら、今はこんな趣味を持って恥ずかしい、って思ってたり、誰かに馬鹿にされてもう封印しようかなって思っちゃってたりする趣味があるかもしれないけど、それは絶対やめちゃダメ。その趣味は、大人になってから開花するから。周りの友達なんかより、それに長けた大人の方が良く評価してくれるし、知識も深い。そっちのほうが絶対良い友達になる。だから、好きなことは自分で絶やしちゃダメだよ、って言ってたの。
確かに、今のほうがソシャゲとか写真とか充実してます。まあ、SNSの普及に伴って、だと思いますけど、それでも高校生の時より行ける場所の範囲や交流する友達の年齢層や地域は広くなりましたね。
でしょ?でも、昔の私は本当に勉強馬鹿だったから、そんなこと分からなかったんだよね。無知は怖い。
そういえば・・・。
ん?
彼はふと天井を仰いだ。
シェークスピアの言葉に、「暗闇は無く、無知があるのみ」ってのがありますけど、本当にそうですね。
シェークスピアなんてよく知ってるね、君。そんな趣味あったの?
いや、たまたまアニメで見ただけです。
何だアニメか。私は苦笑いした。知識とは、真正面から勉強すること以外の方法でも得られることがある。それにしても、アニメとは滑稽なものだった。
しかし、当時の真人間な私には、そんな馬鹿な話は通じなかっただろうし、多方面から物事を捉えるということもできなかった。
だから私はその高校で、苦くて悲しい青春時代を送ることになってしまったのだ。
私がクラスから爪弾きにされたあとも、「自称進学校」の暴挙は止まることなく続いた。
しかもその暴挙は、運の悪いことに私が進級した理系クラスを中心に行われた。他の文系クラスが自由に補習を選択できるのに対し、こちらは、ありとあらゆる手段で補習を強制され、授業のスピードも段違いで加速していた。当時の担任は、「有名進学校と同じ授業をしている」と粋がっていたが、実際のところ、本当の有名進学校はそんな横暴な授業はしない。むしろ生徒がきちんと理解できるように手を尽くした丁寧な授業をするため、受験シーズンギリギリまで授業が続くこともあるのだとか。
しかし、そんなことはお構いなしに、教師陣は私達に理不尽をしまくった。高校の理系教科は、ただでさえ熟考が必要なものもあるのに、それを脇目も振らず淡々と進め、まだほとんどの生徒が理解できていないのにも関わらず勝手に閉じていった。
例えば、理系学徒の大いなる悩みのタネのひとつ、数学に関して言えば、まだ三角関数や指数・対数関数でさえ足元がおぼつかないレベルなのに、そこを突き抜けて数学Ⅲの微積分を無理やり詰め込ませる、といったものだった。
話を極論すれば、高校数学は、最悪理論が分からなくても、出てきたものの解き方、機械で言うところの大まかな操作方法さえ分かっていれば、何とかなる。
しかし、この理論が通用するのは、ある程度の知識を理解した者に限られるため、そもそもの数学の基礎がなっていない私達のクラスでは、実現することが不可能なものだった。でも、私達の数学担当の教師は、私達ができないことに関して、すべて私達のせいにして憤った。彼には、自分にも非があるのではないか、と自分の行いを振り返ることや、私達に何が分からないのかなど、そういった類の問いかけをする慈愛の心はなかった。そして、私達のレベルにも悩みにも何にも寄り添わない、自分本意な授業が日々展開されていくだけだった。
だけど、この理不尽こそが、私が教員になる志望動機になった。散々舐め尽くした辛酸を、未来の子どもたちに舐めさせたくない。色々暗い世の中だし、親だって頼りにできない事が多い。それならせめて、学校にいる時間は幸せに過ごしてもらいたい。それに、時代が変わった今でも、種類は違えど教員から生徒への理不尽は後をたたない。そういった理不尽による苦しみを分かってあげられるのは、同じような理不尽を受けて苦しんだ者だけだ。教員だからと言って、必ずしもすべての人の気持ちが分かるかといえばそんなことはない。恵まれた環境で過ごした人は、いじめられてつらい思いをしている人の気持ちが分かることはないし、何となく勉強ができてしまった人は、勉強が分かりたくても分からない人の気持ちは理解できない。
また、教員だからといって、無条件に子どもが好きか、と言われれば、そんなことはない。どんな人間だって、気が合う人・合わない人がいるように、教員だって苦手な子どもはいる。それを「無条件に愛せ」というのは、教員がひとりの人間として見られていないことではないのか。先述した、「先生は何でもできて当たり前」の偏見のように。
いじめや理不尽で苦しい思いをしている子どもはたくさんいる。だけど、一番の被害者は、そういった神話のような偏見で迫害される教員たちなのではないか。
私は、一気に話し終えると、どっと疲れが出て大きく息を吐いた。
なかなかエグかったんすね。彼も、大きく息を吐いた。
先生って、みんななんか充実した学生生活を送ってたイメージがあったけど、そうでもなかったんですね。
まあ、人によるけどね。大体の先生は、ここまで酷くないと思うよ。基本的にみんな根明だし、頭もそこそこ良かっただろうし。
実際、教員の研修で私の過去の話をすると、場が凍っちゃったんだよね。これまでみんな、恩師がー、とか、親がーって和やかな雰囲気になってたのが一変、みんな感情が無くなってたからさ。何か、恵まれた人達からすると、いじめとか学校不信って、アニメとかドラマとか、フィクションでしかないって思えちゃうんだろうね。本当は、すぐ隣で起こっていたかもしれないのに。
見て見ぬ振りとか、してたのかもしれないですね。いじめとかはダメだって知ってるけど、自分が当事者じゃないから、別にいいやって。
そうだったのかもね。私は頷いた。
それに、色々聴いて思ったんですけど、世の中って意外と、「自分さえ良ければいい」って考えの人多くないですか?いじめの傍観者にしろ、理不尽する人にしろ、自分が幸せだったら他の人達は他の人達だしって。
その通りだよ、君。私は言った。
世の中、先行きが見えないし暗いから、せめて自分だけは幸せになりたいって思いが強いんだろうね。そもそも人は、幸せになるために生きているんだし。だけど、与えられるだけが幸せじゃないと私は思う。与えることも、幸せなんじゃないかなって思う。
どういうことですか?
例えば、誰かにこれをあげたら喜ぶかなって、相手のことを考えて物をプレゼントする。私は今日、と言うと、私は、テーブルの上に広げたチョコレート菓子を指差した。今日、君がここに来るから、私は君が学校にいた頃、よく食べてたアルフォートとキットカットとブラックサンダーを買ってきた。それは、君が遠路はるばるここまで来て、お腹すいてないかな、とか、喜ぶかなって思って、それで用意した。自分勝手な人だったら、他人の好きなものなんて注目しないし、何のもてなしや差し入れもないと思う。
確かに、空腹ではありましたね。でも、欲を言えば塩っ気のあるものも欲しかったかも。
クスッと笑えた。確かにそうだったかも。箸休めに、ポテトチップスとかポップコーンも用意しておけばよかった。ごめんね。と私は謝った。
別にいいですけどね。彼は言った。
まあ、こうやって、お互いが完璧じゃないことを理解し合うことも必要だと思う。人間だし。ごめんなさい、がどんな人にも言えると良いね。
確かに、大人になればなるほど、ごめんなさいって言わなくなりますよね。嘘だってたくさんつくし。だから汚職とか横領とか詐欺とかあるんでしょうね。
謝ることが負けだって思う人が多いからね。そして、謝ることで「あいつは能無しだ、弱いやつだ」ってバカにすることも変だと思う。謝れる人って、謙虚で一生懸命だと思うよ。ちゃんと自分の非を認めれるもん。そっちの方が強いと思う。弱い人は、隠そうとするからね。
いじめられっ子より、いじめっ子の方が弱いって言いますしね。
そういえばね。と私は言った。
だけど、物をあげるだけが与えるじゃないよ。物じゃなくても、人に提供できるものってあるんじゃない?
何でしょうか?誠意とか?
まあ、それも入るな。良い線いってる。
正直でいるとか、話を聞く時間を作るとか・・・ですか?
うん、それもある。だけど、もっと簡単なこと。
彼は、首を傾げた。
ありがとう、って言うことじゃないかな。どんな人にも、どんなことにも、感謝の気持ちを忘れない。まあ確かに、私だって、いじめやパワハラや理不尽をしてきた人たちを許しているわけではない。許せるはずがない。病気になったのは、彼らが原因だし。だけど、病気にならないと分からないこともあった。普通に生きてるだけじゃ分からない感情とか、経験とかできた。だから、そういった部分では、いつか、感謝できる自分になりたいなって思うよ。それに、どんなに苦しい環境下にいても、誰かから「ありがとう」って言われると、救われたような気がするんだよね。そういうことって、ない?
うーん、と言うと、彼は考え込んだ。
自分には、まだ無いですね。そっか、じゃあ、まだまだこれからだね。先が楽しみだ。
え、でも理不尽とかパワハラは嫌っすよ。その時は、また連絡すればいいじゃない。こんなに理不尽を背負った人間なんてそうそういないわよ。
ある意味、人生ガチャのSSRですかね。まあ、そんなところかな。
彼の、彼らしい比喩に笑いがこみ上げてきて、私は笑った。そういえば、今日は久しぶりに笑った。
笑いは健康に良いらしいですね。そうだね。君が一役買ってくれたのかな、ありがとう。
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