アプロディーテの大殺界

佐藤ののり

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アダルベルトについて調べる

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ライラを見送ってから、ノートと貼って剥がせるメモパッドを持って皇城内にある図書館に向かう。本当は蔵書数が帝国一の帝国立中央図書館に行きたかったのだが、城外なので護衛をつけなくてはいけなくなるので断念した。
過去の新聞はありがたいことに電子化されているうえにOCRで内容を読み込んで検索できるようにインデックスが作ってある。過去200年分の新聞の内容が図書館内の端末で瞬時に検索可能なのだ。一枚ずつ新聞の内容を読んでいくとなると果てしない時間がかかるので現代の技術に感謝だ。
検索の前に“サルニア帝国貴族大全”を確認する。マーキュリー侯爵家を中心に内容を読んでいく。
「ん?バルテノクス?」
衛星アルネ計画の中核となる重工業を営む家門だよね?
続いて検索システムを利用する。この検索システムは誰が検索したのかは分からないが、何を検索したかはログが残る。図書館の入館記録からログを照合されると個人を特定されてしまうので、下手なことは検索できない。
ここでもアダルベルト様の家門のマーキュリー家に関連したことを調べる。
「アダルベルト様とフィリーナ様が従兄弟同士なのは知っていたけど・・・。バルテノクス侯爵家かぁ・・・。」
私は継嗣けいしではないし、貴族との婚活をしていなかったのであまり貴族の家門について詳しくない。シオンに聞けば大全に載っていない内容も聞けるかもしれない。
調べたことをノートに書いていく。
気付けばもう16時を回っていた。18時に司書が退勤するので、その前に部屋に戻ろう。司書が帰ってからの出入りは手続きが面倒だった。
歴史書2冊とサルニア帝国貴族大全の貸し出し手続きを終えて私の部屋に戻る。

間諜が入っているらしいので、アークトゥルス宮に戻ってからの行動には注意が必要だ。私が何かに気がついて調べていることを隠さなくてはいけないので私はあくまで資料を作るために調べ物をしているように振る舞うことにした。
私はまず、シオンに渡す提案依頼書の草案を作成した。侍女や使用人が夕飯の用意と入浴の準備をしに部屋に出入りするため、書いている内容を見られても不自然じゃ無いように。
貴族家門のことを調べているなんていかにも怪しいものね。
夕飯が終わって下げてもらう時に入浴はシャワーのみにする旨とお茶は自分で淹れる旨を伝えて部屋の鍵を閉めた。
急いでシャワーを浴びて髪と肌のケアをしてから、夜着ではなくてゆったりとしたサマーニットのワンピースを着る。
書類を書き終え、検索して書き殴ったノートの内容を一つの資料としてまとめる。資料がまとめ終わったときにコンコンとドアがノックされた。
「はい。」
「俺だ。少し良いかな?」
レオンハルト殿下は聞きたいことがあったら答えてくれると言ったし、私を信用していると言ってくれた。だから、今疑問に思ったことを聞いても良いんだけど・・・
「今は夜着を身につけていまして、少しだけ待ってもらってもいいでしょうか。」
「わかった。」
確信が持てないのに闇雲に質問する内容じゃない気がして、今日は調べていたことを誤魔化すことにした。
書斎の奥の寝室のドアを開ける音をたて、音を立てないように出来たばかりの資料を持って寝室の奥に隠した。書斎の机の上に太陽国の歴史書を今まで読んでいたかのように開く。歴史書の近くにシオンに渡す提案依頼書を置いて、音を立てて寝室のドアを閉めた。
「お待たせしてすみません。」
鍵を開錠してドアを開ける。
「取り込み中だったかな?」
「いいえ、ちょうど休憩しようと思っていたところです。お茶を淹れますね。」
時計を見るともうすぐ22時。あまり好きじゃないけどカフェインが入っていない飲み物のほうが良いだろうからハーブティーにしておく。
「ハイビスカスとローズヒップのハーブティーでいいですか。」
「あ、ああ。」
レオンハルト殿下は机の上の資料が気になるようだ。
「今日は何をしていたんだ?」
「ライラが帰ってから図書館に行って、その後は部屋でマクレガーとワイマールの提案依頼書を書いていました。今は太陽国の国史を読んでいます。来週からシノ大陸史に関する妃教育の電子化した教材を作り始めますので。」
提案依頼書RFPをリリーシアが作るの?」
「小さなプロジェクトなら私の裁量でできるようにしてもらっているんです。一応、私もマクレガー製薬の執行役員ですしね。」
「ふーん。ところで、太陽国は2000年以上続く国家だから国史もボリュームがあるよね。どのへんまで読んだの?」
「・・・老中・梅平の財政改革のところです。」
しまった。そこまで想定してなかったので思いついた内容をあげてしまった。
「ああ、封建制度の終わりのほうね。成戸幕府中後期だね。」
「ええ、封建制度の保守のトップの人がリベラルの考え方を持っているのが面白いですね。」
レオンハルト殿下は一瞬、机の上を見た。
「我が国は保守派に対峙するのがリベラルじゃなくて“貴族派“だからね。」
誤魔化せたようでホッとする。
国益を守ることにより民を豊かにしようという保守、民の利益が国を潤すという思想のリベラル、貴族の利権を守り統治することが国を安定させるという貴族派。貴族派の思想は現在の世界の常識から外れてきているので彼らは自分たちの主張をリベラル派だと名乗るようになっていた。
次期皇帝は貴族派をあまり良く思っていないようだ。
「ふーん。」と言って机の上の太陽国の歴史書を半眼で見ている。
(しまった。しくじったわ!私の言った梅平の改革は300年ほど前の話なので本の後半のほうだった。今開いてるページは多分、さらに300年ほど前の内容だろう。)

私はこの瞬間、レオンハルト殿下に知略で勝つことはできないだろうと悟った。彼から信を得るには、今は誤魔化さないほうがいい。
「はは、殿下のことは謀れませんね。ちょっと調べ事をしていました。」
「・・・そう。」
彼は突っ込まないでいてくれるようだ。
「近々、覚悟を決めて殿下に質問しに行くと思います。」
「わかった。調べている内容を間諜にわからないように隠したのは正しいよ。これから行動しやすいようにこちらで把握している間諜のリストは渡そう。」

「ところで、何かあったのですか?」
「何も来てはいけないの?」
「いえ・・・そんなことはないです。」
いや、やっぱり部屋で二人きりはまずいかも。私は気まずさを隠すように目線を外す。
「ごめん、ちょっと意地悪な言い方だったね。今日、ウィローブロック家に行ったら百貨店の外商が来ていてこれを買ったんだ。」
レオンハルト殿下は小さなジュエリーケースを差し出して開けた。中にはシンプルな金とサファイアのピアスがあった。
「かわいい・・・。」
「ああ、そんなに高価なものじゃないから負担にならないだろう?つけてみてもいい?」
「あ、えっと、はい。」
レオンハルト殿下の顔が近くて、耳に触れられてドキドキする。元々着けていた寝る時用のピアスを外して、新しいピアスをつけてもらった。
ピアスをつけてもらって、レオンハルト殿下を改めて見つめる。
「ありがとうございます。」
鏡を見なくても自分がデレデレとしているのがわかる。
「そういう無防備なところに腹がたつ。」
「はい?」
彼は私の耳たぶを触って「あいつもこんな風に触れているのかな・・・と思っただけ。」と言ってピアスのキャッチを軽く押した。
私はどうしたらいいのか分からなくて何も答えられない。殿下とシオンが本当に互いが嫌い合っているがよく伝わってくる。

コンコン、とドアがノックされた。私は「はい」と答えた。
「皇太子殿下にお客様がいらっしゃっています。」
レオンハルト殿下は下を向き眉間を抑えてから、「はぁ、今行く」と答えた。
「戻らなくてはいけなくなってしまった。夜遅くにすまなかったね。おやすみ。」
レオンハルト殿下は私の髪を耳にかけてそう言った。
「おやすみなさい。ありがとうございました。」
彼は入り口まで歩いて行ってから立ち止まって振り返った。
「未来について大きな決断をするときに、勢いに身を任せるな。」
指を指して冗談っぽく言っていたけれど目は真剣だった。
私は曖昧に笑って返した。そんなことを言われても私は勢いをつけないと決断できない。
この優柔不断な性格は誰よりも自覚している。

1人になって心臓を落ち着かせるように深呼吸する。
(さて、切り替えて最後の作業!)
私は3色の貼って剥がせるメモとサルニア帝国貴族大全を持って再び机に向かう。作業が終わったのは夜中の3時だった。明日は10時まで寝ると心に決めて、泥のように眠った。心も体も自分が思っているよりもずっと疲れているみたいだ。
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