アプロディーテの大殺界

佐藤ののり

文字の大きさ
31 / 72

アマニール侯爵の詭謀 (1/3)

しおりを挟む
翌朝は10時半に起きた。シャワーを浴びて、ワイマール公爵家に行くのにふさわしい上品なダークブラウンとベージュの細かい千鳥模様のワンピースを選ぶ。髪の毛はマルティナさんが実家に帰っているので、ベテランの使用人に捕まえて整えてもらった。そしてせっかくなので昨夜もらったピアスを着けてみた。
アクセサリーを見たら急にレオンハルト殿下を思い出した。
(お部屋に伺って昨日のお礼を言ってもいいわよね。それで、忙しくなさそうだったらお昼を共にして・・・)
私はレオンハルト殿下の部屋に向かう。ドアの前で警備の職員が困ったような顔で言った。
「マクレガー令嬢、今は中に入れません。」
「あ、そうなのですか・・・」
その時、ガチャッとドアが開いた。つぶらな可愛い目の愛嬌のある堅太りの男性が出てきた。
(あ!この人がレオンハルト殿下の噂の恋人?)
このところレオンハルト殿下と甘い雰囲気になることが多かったので忘れかけていたが、彼には恋人がいるんだった。
マッサージ師は私の顔を見てハッとして気まずそうな顔をした。
「殿下に拝謁はいえつできるのはシャワーを浴びた後なので30分後くらいになると思います。」
「・・・わかりました。急ぎの用事では無いので結構です。」
何とか声を絞り出して返事をして、部屋に戻る。

ワイマール家に向かいながら考える。
わかっていたことでも実際に慕っている人の恋人に対峙するとショックだった。
(深みにハマる前に現実に引き戻されて良かったわ。)
嬉しくて舞い上がったり、悲しかったり、怒ったり・・・人を好きになるとこんなにも感情が激しく揺れてしまうのね。
世の中の人達はどうやって自分を律しているのだろう。
(でも、恋愛体験も今日でおしまいだ。殿下の恋人に会えたのは神様が私に引導を渡してくれたんだわ。)

考えているうちにワイマール家についたようだ。ワイマール家の執事が応対してくれて、すぐにシオンが来た。
「帰りはうちの護衛が送りますので迎えは不要です。」
レオナルドさんは「我々が預かっている令嬢なので迎えに来る」と伝えたが再度断られて了承した。レオナルドさんはワイマール家の侍従に荷物を渡した。
シオンは執事にお茶を頼み、私を彼の書斎にエスコートする。
「いつ来てもワイマール家は絢爛豪華ね。皇城と同じくらい華やかだわ。」
「そうかもね。でもしばらく暮らせば何とも思わなくなるよ。」

書斎に着いて、お茶を淹れてもらいながら仕事の依頼をする。
「一つは製薬事業のシステム。いよいよ、再来年からアルーノ・ユニオンと太陽国で新薬の電子申請が始まるの。紙にすると4トントラック2台分の膨大な文書を一つの仮想文書として全ての関係者が同時に作業できるようにしてほしい。あと編纂へんさんもできるようになったらなお良いわ。」
提案依頼書を説明する。まだこの依頼書は草案の段階だが大筋は変わらない。
「正式なRFPはいつごろ?」
「再来月の初めにシステム部から出せそう。コンペになるんだけど、アルーノ・ユニオンと太陽国のIT企業にも提案依頼書を出すわ。」
「もう、他の先進国で導入が始まっているならノウハウがほぼ無いWBMは先進の企業と共同提案するしかないかな。」
「共同提案だとしても外国企業はあくまで下請けにしたいの。ここで負けると他の分野でも一気に攻め込んでくるからね。この資料は、後でできちんと処分してね。」
もう一つの事業提携のレントゲンの画像診断を説明した。
「資料を確認して、質問があったら連絡して。」

「さて、人も下がったし本題を聞こうか。」
シオンは長い足を組んでお茶を飲みながら私を見つめる。私は一度、微笑んでから口を開く。
「えーとね、私の今の状況っておかしいじゃない。」
「パリシナの法科大学院行きが延期されたこととか皇城に住んでる事とか警察庁の護衛がついてること?」
「そう。何でここまで保護されないといけないんだろうって。」
「理由は分かったの?」
「それはまだ。でも、ある時からアダルベルト・マーキュリー様のことが気になって仕方なくなって・・・」
「アダルベルト殿が?」
「うん。侯爵家の次期当主なのに法学部出身だし、家業や領地管理じゃなくて警察官僚に従事しているのにも違和感があるでしょ。それに殿下の護衛なのに殆どそばにいないのよね。毎日、報告には来ているんだけど。」
「殿下の側にいるためっていうのが定説でしょ?2人は恋人なんだから。」
「恋人に見せかけているのはカモフラージュだと思うわ。」
「そうなの?」
「昨日ね・・・」
昨日、レオンハルト殿下とアダルベルト様に試した内容を話す。
「ハァ。もっといいやり方がいくらでもあったでしょ?!」
「そうね・・・アダルベルト様にも怒られた。」

「話を戻すけど、アダルベルト様のマーキュリー家を調べたのだけど、特に変な動きはないのよね。」
「昔から肥沃な土地のおかげで農業と酪農業が盛んで、漁業も漁獲高が帝国で一番多い。今は食品メーカーの最大手の堅実な領だな。あんまり政治的には強く無いけど。」
「アダルベルト様の母方の生家バルテノクス侯爵家はかなり色々あるようなのよね。」
「バルテノクス侯爵家か。家業のバルテノクス重工業は、宇宙・航空事業、発電プラント事業と造船を扱う多角企業だね。顧客は国と大手企業だから安定している優良企業。」
「12年前、直系からの血の遠さを考えると、普通だったら後を継げない傍系から当主が就いたの。」
「ああ、そうだったな。でもあまり記憶にないな。」
「私達8歳だったからね。」
「これを見て。長い期間をかけて直系や他の傍系の人たちは、フェードアウトしていったのよ。最初に直系の継承権第2位の方が交通事故で亡くなったのが31年前。そこから、19年間で前当主を含めた直系の4人と傍系の6人が亡くなったり、失脚したり、日常生活が送れなくなったりしている。直系のうちの1人はアダルベルト様のお母様で12年前に病死とされているの。」
私は年表にした事件を書いた紙をシオンに渡した。
?事実が隠蔽されているような言い方だね。」
「大衆週刊誌に自死だったという記事があったの。亡くなる5年前から心身衰弱状態で精神を病んでいたそうなの。抗不安薬と医療用大麻を摂取していたそうよ。」
「それにアダルベルト様の従兄弟フィリーナ・ウィローブロック様のお母様はバルテノクス直系で酒に酔って階段から転落して脳死状態だそうよ。」
「ウィローブロック夫人のは公表されている内容と少し違わない?」
「検索システムのおかげで入手した情報よ。ウィローブロック公爵夫人は酒の吸引器と言われるほどお酒をたしなまれていたらしくて、スポーツドリンクを飲むようにアルコール摂取をしてもケロッとしてるくらい酒が強かったらしいの。彼女を知る人は酔って転倒するなんて想像できないと言っていたみたい。」
「・・・そうか。」

「それでも期間も長いし、全員が死んだわけでもないからそこまで話題に上がらなかったらしいわ。」
「らしい、か。話題にあがらないように報道機関を黙らせたのかもね。」
「そうね。でも当時のバルテノクスはやっと宇宙開発の受注を取れたところで新聞や週刊誌を黙らせるほどの力も財力もなかったはず。現当主になってから急成長したのよね。」
「協力者がいるんだな。」
「お金も力もあるね。」
「心当たりはあるの?」
「今まで特に気に留めていなかったけど現バルテノクス侯爵はアマニール侯爵家のパーティに行くと必ずいたわ。伯父様とずいぶんと懇意にしているみたい。それだけで断定はできないんだけど。」
「アマニール侯爵とバルテノクス侯爵と・・・他にも誰かいた?」
「あと3人いたのよね。1人はフォードオークス伯爵。あと2人は外国人よ。その時の様子から推察する限りシノ大陸中央部の国のリディアム教の人。」
「リンド聖皇国かな?」
「わからないけど、あの独特の立ち振る舞いからしてリンドの周辺国出身だと思う。容姿はサルニア帝国南部の領民達に似ていてパッと見じゃわからない。」

「実はアマニール侯爵は仮想財閥を作って、何かを企んでいるようなんだ。」
「仮想財閥!業務提携じゃなくて?」
財界における業務提携には、やりかたによって事実上の財閥になってしまうようなグレーな部分がある。

60年ほど前、アルーノ大陸ドゥリッヒで銀行を中心にした財閥が利益を求めて起こした戦争が世界を巻き込む大戦に発展した。戦争は10年続いて世界の人口のおよそ2割が失われた。それ以降、世界協定で財閥を解体して再結成させないことが条約となっている。
「彼が結成しているのは仮想財閥だ。独占・寡占に引っかからなければ事業提携は許されているからグレーゾーンだね。」
「事実上の財閥結成への動きは国が常に監視しているのだろうけど・・・。バルテノクス家の件とは何か関係するのかしら。」
「まだ何とも言えないけど、殿下とマーキュリー小侯爵とウィローブロック令嬢はバルテノクス家の事を調べているんだろ?」
今の状況の輪郭がほんの少し見えてきたが、未だに五里霧中だ。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...