アプロディーテの大殺界

佐藤ののり

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アマニール侯爵の詭謀(2/3)

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「殿下が学校に訪ねてきたときに、私とマクレガー家を守るって言ってたわ。」
「つまり、マクレガーもバルテノクスのように狙われてるって事だよね。シアだけを皇城で保護する理由はわからないけど。」
「製薬事業の乗っ取りか・・・。まるでミツバチが集めた蜜を乱暴に舐め尽くす熊みたいね。」
新薬は開発するのに長い時間と莫大な開発費がかかる。どんなに早いプロダクトでも7年はかかるし長いものだと20年近くかかる。プロダクトによっては採算が見込めなくて途中で開発中止したり、競合があれば他社に研究データを有償譲渡することもある。
開発を始めて22年でマクレガー製薬は来年からやっと新薬をリリースできる。そこからは矢継ぎ早に4種の薬をリリース予定だ。
「リリースされる製品でドル箱になりそうなのものはあるの?」
「抗がん剤とリウマチの薬がかなり期待されてるの。再来年には申請して市場に出るよ。」
「確かに売れそうだけど、人を殺したり貶めたりするリスクを負ってまで略奪するだろうか。」
シオンは目を瞑って考える。そんな姿もイケメンだ。
「製薬って公共性が高いけど、法人税は優遇されたりしないよね?」
「うん、他の産業と変わらないよ。法人税は国に10-15%が収められ、それに加えて領税。」
「脱税の温床でもない、と。」
「「うーーーん」」

ぬるくなったお茶を飲む。一度、頭の中をリセットする必要がある。
「ねぇ!これボーン・チリマじゃない!?」
「そうだよ」
「ボーン・チリマって使うものじゃなくて飾るものなんじゃないの?」
「たくさんあるからいいんだって。」
「え・・・さすがワイマール家。」
「チリマのれい王朝がグレート・ビリア帝国の傀儡になってから骨董の値段も下がり続けているらしくて、今は相当安いらしいよ。」
「黎・・・か。チリマのアヘン戦争から48年ね。」
半世紀前まで強力な商圏を持っていた黎は、グレート・ビリア帝国に圧倒的な貿易黒字を出していた。ビリア国内の不満が高まり、グレート・ビリア側は回復剤としてアヘンを輸出して貿易赤字額を大幅に減らした。当初はどんなに働いても疲れないと重用されていたが、中毒者の被害が徐々に問題になった。アヘンが蔓延まんえんした黎はグレート・ビリア帝国に抗議したが聞き入れられず、交易停止しようとする派閥と輸出企業が後ろ盾の交易続行の派閥で内乱が起きた。結局、グレート・ビリア帝国が交易停止派を制圧して、チリマを統治する黎はグレート・ビリア帝国の傀儡国になった。
「「・・・」」
「アヘンかな?」
「アヘンかもね。」

「アヘンが黎で蔓延したときに、中毒者の治療で医療用大麻を使ったの。」
当時の黎の隣国である太陽国は、夏服に麻布を着ることが多かったから大量に麻を生産していたが、ちょうど繊維が綿や麻から化繊への転換期だったこともあって麻生産を衣類用の品種から医療用の品種へシフトした。
「太陽国は大麻の摂取は違法だから黎への輸出限定で医療用大麻を生産できるように50年の時限立法で認めたのよ。」
昨日持っていた太陽国史を以前読んだ時に近代の章にそんなことが書いてあった。
「あと4年で時限立法の期限だったな。でも他の国からも輸入はできるだろう?」
「太陽国はアヘンの治療者のみに使用することを条件にほぼ無償で提供したのよ。当初は同盟国の黎を助けられなかったことへの罪滅ぼしと国民も大半が同情的だったようで医療用大麻の提供には寛容だったらしいの。」
「内乱から2年後に各国の介入でアヘンの輸入は完全停止したわけだし、50年経ったなら医療用大麻もいらないよな。」
「そうね。太陽国側ももう医療用大麻の生産を止めたいけれど50年間一定量を準備すると法律で決めてしまったから勝手に生産停止できない。麻布用の麻とは種類が違うから転用できないし、そもそも化学繊維に替わって麻の需要が激変した。しかも海外で味をしめた大麻ファンが国内で使わせろとデモを起こしたり農家に泥棒が入ったりしてるみたい。何よりも何の利益がないから国民も不満を持っているのよね。」
「待って。アヘン中毒者がいなくなってきてるなら太陽国云々は関係なくない?」
「マクレガー領では、どっちも作ることができるの。医療用の大麻の他に麻酔用のケシも栽培しているから。ケシの栽培は国内の製薬の中でマクレガーしか認可されていないの。」
サルニア帝国の医療用大麻の使用可否は領主の判断に任されている。しかし、生産できる企業は3社しか国に認可されていない。
「マクレガー領でアヘンを作って、また黎に蔓延させる。さらに、医療用大麻も売りつける。弱ったところをシノ大陸中央部最大のリンド聖皇国が黎を侵略する、ってこと?」
「今、蔓延させるならアヘンではなくてヘロインかモルヒネでしょうね。憶測でしかないけど・・・でも理屈は合う。国内生産はリスクが高いからマクレガー製薬の技術だけ使って生産と製造は他国でするのかもね。」

シオンにサルニア帝国の大きな地図を出してもらった。私はサルニア帝国の貴族のことは、本に書いてあることしか知らないので、もう少し内情などを調べてみることにした。
昨日、家門名を3色のメモに記入してきた。青色には保守派、赤色はリベラル派、黄色は中立派。
「中立派は保守派寄りかリベラル派寄りを教えて。」
48領の家門のメモを全て貼った。爵位数は現在100、家門数は84家門でそのうち領地があるのは48だ。領地が無い家門は保有している古参家門の下に貼った。
「主要産業も書いて貼ってみようか。貴族家門が営んでいるものを白、貴族以外が興した大手のものを緑にしてみるね。」
白と緑の貼って剥がせるメモパッドに主要産業を書いて本拠地の場所に貼っていく。こうやってみてみるとそれぞれ国中に色々な事業があるのだと実感する。小さな会社も合わせればもっとすごいことになる。
サルニア王国が大戦に勝利して帝国と冠してから50年ほど経過すると各領はそれぞれ豊かになっていった。貴族の殆どは戦争の功労者で、当初は贅沢をしても国民は戦後の褒美だと考えていた。しかし、だんだんと領民から搾取するだけ搾取して、贅沢三昧で傲然たる態度の貴族達に対して国民の不満が高まった。そんな状況の下で当時のワイマール公爵が領民から徴収した税は全て領に還元し、ワイマール家の支出はワイマール家の事業の収益から出すことにした。
徴収される税金が安くなり、福祉が充実したことでワイマール領への移住希望者が増えワイマール領はますます栄えた。
そこから、他領も追従して現在では領の税収と家門の収入を分けるのが慣例となっていった。皇家も例外なく鉄道と銀行業と電力事業を営んでいる。
事業をうまく展開できなかった貴族は商人と婚姻するなどして実質的に爵位を売り払った。全ての貴族が独自の収益を十分確保できるようになった後、帝国暦162年に当時の宰相であるアリアテーゼ・ワイマール女公爵が中心となって法人税法を施行した。                                                                                          「ところで仮想財閥ってどういうことなの?事業提携とどう違うの?」
「いや、ただの事業提携で仮想企業をモジった通称だよ。でも通常の事業提携はアマニールがやっているような包括的な提携は行わない。現在、7家門が実質的にアマニール家の配下にある。ピロットノブ子爵家、クリードモール男爵家、ハイレン男爵家、バーグハー伯爵家、クラウソン子爵家、マーロン男爵家、リーズ男爵家。」
「みんな順調な企業ばかりね。化学工業、自動車産業、家電メーカー、商社、軍事産業、鉱業、バイオ工業。バランスよく色々な分野が集まっているわね。」
「全部、アマニール銀行がメインバンクだ。今でこそ事業は順調だけど、以前はどこも焦付きかけてたみたいで、現在のジャスティン様が当主になってからアマニール銀行が破格の値段で社債を発行させて借金を相殺したんだ。」
「何だか悪辣あくらつ感がにじみ出ているわね。グレーゾーンなの?」
「そうだね。で、アマニールから人を派遣して上層部に据えて実権を取った。その後、国内外からコンサルを入れて事業を軌道に乗せた。」
「事業を軌道乗せるのも犯罪ギリギリのことをしてそうね。」
「でも事業にテコを入れた人たちはみんな優秀だったみたいだ。時価総額が上がって社債は買った時より格段に高くなっていて、7家門は実権を取り戻せないようだ。」
「買い戻せないような価格を社債につけてるの?それって総務省の公正取引委員が取り締まってくれるんじゃない?」
「7家門は訴え出てないんだよね。何かの弱みを握られているのかもね。」       何かスッキリしないけれど、今のところはこれ以上深追いしても仕方がなさそうだ。
ぼんやりと付箋を貼った地図を見た。
「そういえば、大きく分ければ保守、リベラル、中立だけど派閥があって一枚岩ではないのよね?」
貴族の中の3割を占める中立派は原則的に政治的にあまり深く関与したがっていない立場にある。逆に言うと国にあまり干渉されたくないというスタンスだ。ということで彼らは派閥を作っていない。
「現在のアマニール侯爵家は中立派を名乗っているものの実質的には貴族派だろうな。リベラル派じゃなくて貴族派ね。一応、歴代のアマニールの立場を踏襲して中立派を宣言しているだけ。それに対しマクレガー子爵は近年、保守派に寄ったね。」
リベラル派は1割程度の勢力だ。保守の反対だからリベラルと言っているが実際にはリベラルとは思想が違う貴族最優先の復権を狙っている。
「どういうこと?」
「メインバンクを変えただろう?」
「それが皇室よりになったと?」
「うーん。子爵とよく話すべきだと思うよ。」
「次の休みまで気になってしょうがないじゃない。話せる内容だけでいいから教えて。お願い。」
指を組んでお願いをするとシオンは嘆息する。
「マクレガー製薬の資本金は先代のアマニール侯爵からの生前分与とアマニール銀行からの借り入れだった。マクレガーの事業は攻撃的オフェンシブな経営スタイルだ。儲かった分を繰上げ返済よりも新規投資へ回している。アマニールへの借入金は当初の予定通りに返済が進んでいたし、新規の借入は他の銀行も使っていた。4年前、マクレガーはアマニール銀行からの借り入れ分を皇家のバンク・オブ・ブルマンに借り換えした。」
「それは別におかしくないでしょ?金利がかなり安くなったんだもの。」
「マクレガー製薬は有望だが格付けAAAはさすがに無理がある。AAが妥当だ。それに借り換えているのはアマニールの分だけなんだよね。」
「なるほど、妙ね。」
「これは俺の推測だけど、マクレガー子爵はアマニール侯爵の犯罪まがいの行為に賛同できなくて友人に相談した。その友人は皇后様の実弟で皇室サイドにリークした。皇家サイドはマクレガー製薬の乗っ取りが始まる前に皇家の銀行に借り換えさせて、公安が捜査を開始した。」
公安か。国家反逆のレベルってことなのね。
「お父様はリーク前提で友人に話したのね。」
「直接皇室に接触するとアマニール侯爵に察知される可能性があったんだと思う。」
確かマクレガー製薬の株はバンク・オブ・ブルマンが3割程度を持っている。今の状況なら皇家はマクレガーの経営に口出しできるし、劇薬の扱いを監視できる。でも、ハミルお兄様以外が他界すればハミルお兄様に全ての相続がされてアマニール侯爵家配下となる。バンク・オブ・ブルマンから再度、借入金をアマニール銀行に付け替えれば皇家の関与から逃げられるという目論んでいるのかも。
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